表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢の続き  作者: 中島 遼
2/55

帰り道2

(……最悪)

 その子が悪いわけではない。

 緊張して何を喋っていいかわからなくなる自分が嫌なだけだ。

「家はどこ?」

 町名を言うが、わからないようだったので、概ねどの辺りかを説明する必要に迫られた。

 だが萌は地図が苦手な上に、目印となるものが他の人とは少し違うので、他人にわかってもらえないことが多い。

 その男子生徒も結局、どうせ家まで行くからとさじを投げたようだった。

 それからしばらくはその男子生徒が問いかける質問に、間違いのないよう答えを返すのに萌は全神経を集中させる。

 変なことを間違えて言ったら、大変なことになる。

 小学校の頃は、それでよくいじめられたりからかわれたりしたものだ。

「ところで、ね」

 しばらく歩いた頃に、彼は興味深そうな目でこちらを見た。

「高津とはどうなの?」

「どうって?」

 質問の意味がわからない。

「……神尾さんとは友達ってあいつは言ってたけど」

「うん。そう」

「友達以上で恋人未満とか?」

「……いや、友達」

 友達より恋人の方が上みたいな言い方するなと思う。

「へえ、そうなんだ、端から見てるといい感じに見えるのに」

 萌は心の中で溜息をつく。

(……村山さんもそんなこと言ってたな)

 男子生徒を少し恨む。

 せっかく忘れていたのに、また思い出してしまったではないか。

「じゃ、他に好きな人いるとか」

「えっ!」

 村山のことを考えた瞬間の問いに、考えるより先に手が否定的にひらひらと動く。

 そうして言葉は手の数秒後を追いかけた。

「ま、まさか」

 顔が強ばらないようにするので精一杯だ。

「そう言えば、神尾さんって、高津とは結構話をするのに、他の男子とは喋らないって聞くけど、どうして?」

 変な質問が多くてやっかいな男子だ。

(……こんなことならテレビを諦めて、圭ちゃんを待ってた方が良かったかも)

 後悔先に立たずとはこのことだろうか。

「だ、男子ってほら、何を話していいかわからなくて緊張するの。だから」

「高津は?」

「ええっと、女友達のノリ?」

「……なんだ、そうなんだ」

「変?」

「ううん、ちょっと安心したよ」

 意味のわからぬ会話に辟易する。

 高津とだったら、明日の英単語の出し合いっこをして帰れただろうに。

「じゃ、今、僕と歩いてて緊張してるんだ」

「……うん、ちょっと」

 萌は男子生徒の方を見上げた。かなり限界だ。

「あ、あの、もうこの辺でいいよ?」

「大丈夫、僕も家はこっちだから」

「え、家はどこ?」

「内緒」

 内緒にする意味があるのか。

 それとも……

「あ、わかった。家、こっちじゃないんでしょ。だったら本当にここでいいから」

「いいよ。だって、せっかく神尾さんと二人で歩けるんだし」

「いや、ほんとにもう、あたしと歩いてもつまんないってわかってるし。ホントに……」

「つまらないなんて誰が言ったの?」

「みんな」

 その感覚は小さい頃からずっと萌の中にある。

 小学校では主に女子、中学校以降は知らない女子と全ての男子、それら全てが怖かった。

 今でも男子がこちらを指さして何かを話しているのを見ただけで一日憂鬱になる。

 女子同士の遠くの会話で、神尾や萌という名前が聞こえただけで悪口を言われていると感じて小さくなった。

「誰もそんなこと思ってやしないよ……もちろん僕もだけど」

「そ、そう?」

「だからそんなに緊張しないで欲しいな。同じ人間なんだからさ」

 萌は微かに首を横に振る。

 むしろ相手が喋る岩石だったり、鱗のある青光りしたカンガルーもどきなら却って緊張しないだろう。

「ところでさ、神尾さんはどんな音楽聞くの?」

 少し答えやすそうな質問が来たので少しほっとする。

「まあ、色々」

「一番聞くのは何?」

「まあ、どれも同じくらいかな」

 まあが二回続いた。これは危険信号だ。

「あんまり音楽好きじゃないんだ」

「そう言うわけじゃないけど、多分、あたしが聞くのは親父くさいから知らないと思うよ?」

「まさか、演歌とか?」

「ううん。ビートルズ」

 そんなこんなで家の灯りの見える辺りまで来たときには、萌は思わず嬉しさの余りにガッツポーズをしそうになった。

「別に親父くさくなんてないと思うけどな」

「圭ちゃんはそう言うもん」

「高津なんて放っとけよ」

 萌は立ち止まって、男子生徒を見上げた。

「ありがと、ここ、あたしの家だから」

「そうなんだ」

 喜びが溢れて、思わず知らずに萌はにっこりと微笑んだ。

「じゃあ、ばいばい」

「また明日」

「うん」

 玄関の扉を開いて家に入ると、膝から崩れ落ちそうなぐらいほっとする。

「……ただいま」

 テンション駄々下がりのまま、リビングの母と妹に声をかけて、とりあえず二階に上がって部屋着に着替える。

「……ふう」

 ちっとも勉強がはかどらなかったことが悔やまれる。

(……圭ちゃん、どうしたかな)

 由美は文系科目が好きというより数学嫌いで文系になったようなものだから、高津のレベルからはほど遠い。

 萌以上に数学は不得手のはずだったので、教えるのは大変だろう。

(…まあ、圭ちゃんは普段からできるからいいけど、あたしはこれから大変)

 まだ英語には手もつけていない。

(そもそも英語と数学が同じ日ってどうよ)

 結局見たかったテレビもパスして勉強し、萌は翌日のテストに臨んだが、寝不足もあいまって結果は散々だった。

(明日の世界史と生物は何としても取らないと……)

 高津とはカリキュラムが違うので今日は一人で勉強した方がいい。

(……でも)

 それはそれで問題ないと思ったが、昨日の今日だ。

 一言ぐらい詫びておくのが筋というものだろう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ