個別指導2
「村山さん、内気だからな」
「え?」
「俺だったら何か思いついたら、考えがまとまる前にとりあえず口に出しちゃうよ」
「そういうのは内気じゃなくて慎重って言うんだ」
高津はビールを飲んだ。
「その慎重すぎる村山さんは、今、何を言おうとしたの?」
少しの間の後、仕方なさそうに村山は口を開く。
「わかっていることは、後藤と前川は敵と味方を判別する力は持たないということ。そして恐らく発信型テレパスではないということ」
高津は頷く。
村山が彼を助けに乗り込んできたとき、その二人は特に何の反応もしていなかった。
また、赤尾は高津が村山に奪還されたことを知らなかった。
もちろんそうだったときのプランまで村山はちゃんと考えていたのだが、使わず仕舞いに終わっている。
「テレパシーはリソカリトの九割に、人を判別する力はリソカリトの一割に発現する」
それは萌が黒い人から聞いた話だった。うろ覚えだと言っていたので、多少違うかもしれないが。
「それから考えると、ほとんどの人間はテレパスだ。そして、普通俺が居残り組を襲うとは考えないだろうから、置いておくとすれば受信型テレパスを残す」
「後藤か前川のどっちかがそう?」
「多分」
「じゃあ、赤尾、木村、深崎のうち、誰かが発信型テレパスで、誰かが敵発見センサー機能付きってことか」
「レベルはわからないけどな」
「そうだね、テレパスって言っても色々あるもんな」
高津は少し考えた。
「萌や俺のテレパシーはその九割に入るのかな?」
彼女の力は人の声がしたような気がするレベルのものであり、実際には何の役にもたたない。
高津も少しはましとはいえ、似たようなものだった。
「九割、ってことからすると、お前は絶対に入る。萌も微妙だが入れてもいい、ぐらいな感じだな」
「あと、人を判別する力が一割ということは、相手にその能力者がいたとしても、せいぜい一人ってことだよね?」
「予断は許さない。何にせよ俺たちの持ってる力は全部常識はずれらしいし、相手もそうでないとはなかなか言えないから」
レアな能力の発現確率は、萌が必死で頭を絞って黒い人の言葉を思い出してくれていた。
「確か、百万分の一とか言ってたっけ。」
「萌のサイコキネシス、お前の予知能力、暁と夕貴のウイルスバスター、それらが同時に出現する確率は、百万の四乗だ。」
「それって……」
村山は頷く。
「……ありえない、とほぼ同義」
「そうか、だからさっきは何が起こってもおかしくない、って言いたかった訳なんだね」
村山は頷いた。
「ただ、奴らの我々に対するやり方からすると、さほど力を持ってそうな感じはないけどな」
「それは向こうに村山さんがいないからだよ」
能力がレアだと言っても、萌と暁と夕貴、それに高津の四人ではたいした計画も立てられないし、力をもてあますことだろう。
「ゴマを擂ってもビールは増やさない」
「ちぇ」
仕方なしに二本目、つまり最後の缶のプルタブを開ける。
「話を最初に戻そう。とにかく今わかっていることは、彼らが井上からの連絡で俺たちのことを知ってるってこと」
あのとき、村山の言葉を赤尾が否定しなかったところをみると間違いはなさそうだ。だが、
「どうしてそう思うの?」
「彼らは萌の力を知らない」
「村山さんのことも、ただのテレパスだって思ってるみたいだしね」
井上が役場に電話したと思われる内容のまま、彼らは五人を評価していた。
「でもさ、役場って敵の中枢じゃないか。どうして彼らはそんな大事な情報を知ることができたんだと思う?」
「使役されてたのかもしれない」
「え?」
高津の背に寒気が走った。
「萌が黒い人から聞いた話では、感染発症者はリソカリトを使役することもあるらしいし」
「そう言えば、井上がそんなこと言ってたね。俺と同じ力の……敵を赤と青に見分ける能力のある人間が敵の中にいたって」
高津は息をついた。
「で、何で暁と夕貴?」
「それは……」
村山はわずかに怖い顔をして焼酎を飲み干した。
そしてグラスに再び酒を入れる。
その量はさっきより少し多い。
「それは?」
少し間をおいて村山は口を開いた。
「緑のお化けが撒き散らすウイルスの抗体を作るために暁達を探してるって可能性もある。彼らはこの秋にあの化け物が死んだこと、知らない訳だし」
「そしたら拉致より協力要請だろ? あり得ないよ」
村山は何も言わずに眉を寄せる。多分、彼も心の中ではそう思っているのだろう。
「他にはどんなことが考えられる?」
「……わからない」
嘘をついているとは思ったが、詮索しすぎると逆効果になるのでここはスルーだ。
「じゃあ、また最初の話に戻すけど、あと、わかってることってあるかな?」
「確実ではないけど、可能性が高い話としては彼ら以外にももう一組いるかもしれないってことかな」
「えっ!」
これには高津も驚いた。
「そうなの?」
「俺やお前の行動を見張って、その後をつけた方が確実に彼らは暁達の居場所をつかむことができた。それをしなかったのは時間がないからだ」
彼はグラスにお湯を入れ、その湯気をじっと見つめる。
「何かをするための計画にタイムリミットがあると考えることもできるが、別のグループが暁達を狙っているからと考える方が有り得そうだろ」
「本当に十六人ぐらいリソカリトがいそうだね」
村山は高津の前にある写真に目をやった。
「いずれにせよ、彼らも俺たちと一緒だ。あの夢を見て、そこで出会った自分以外の非発症者を夢の後に捜した」
「あいつらのやったこと、絶対に許せないけどさ……」
高津はオレンジをフォークで刺した。
「俺たちみたいに一所懸命に肩寄せ合って生きていたって思うと、憎みきれないよね」
「そうだな」
村山は酒に口を付けた。
「で、次のターンは彼らの事情についての確認作業になる訳だが」
高津は頷く。
「ここまで絞れてるんだから、それは簡単そう」
「問題は人選だ。口を割りそうな奴を選ばないと」
「俺も村山さんと同じ意見だよ」
高津は前川の写真を手に取った。
「この人は悪い人じゃなさそうだし」
「うん」
「……会いに行く?」
村山は微かに首を振る。
「いきなりだと可哀想な気もするな」
「その方が口を割ると思うよ」
「………手紙はどうだろ」
思わず高津は笑う。
「何でそんなに甘いのさ。こういうのはね、彼が連中と待ち合わせしてる時にわざと親しげに会話しに行って、仲間に疑わせたりするのがいいんだよ」
「悪代官かお前は」
高津は目を細めた。
「悪いのは村山さんだからね」
「何で?」
「俺を信用してくれないから」
彼が黙ってこっちを見たので、高津は肩をすくめる。
「自分が時間なくて前川と接触できないから、手紙なんて迂遠なこと言ってんだろ?」
「圭介」
「俺だってそれくらいできると思うよ」
言いながら彼は少し恥ずかしくなってビールを飲んだ。
「もちろん、安全な方法を村山さんが考えてくれるって前提だけどさ。手紙出すよりもましな働きはできると思うよ」
相手は小さく溜息をつく。
「安全な方法なんて思いつかないから……」
「悪いけどさ、黙って待ってても俺、安全じゃないような気がする。早く片つけた方が絶対いいって」
村山は頷いた。
「お前の言うとおりだな……考えとくよ」
「どうやって病院を休もうかを考える必要はないからね」
苦笑いを浮かべたところを見ると、高津の台詞は当たっていた訳だ。
「とまあ、その話はそんなところにして……」
高津はぎくりとしてフォークを握りしめる。
「無理、今から化学とか数学とか無理!」
「じゃあ、これから朝まで英語で会話しようか」
「早く寝ろって言いたいの?」
村山は小さく首を振り、部屋の隅にあった小ぶりの手提げ袋を手を伸ばして引き寄せた。
「頼みがあるんだけど」
「……村山さんが俺に?」
「これを明日萌に渡して欲しいんだ」
手提げ袋から覗く瀟洒な白い箱と村山を交互に見る。
「……何、これ?」
「ホワイトデー、もう終わっちゃったから間抜けだけどさ」
思わず目を見開く。
「……萌、バレンタインに村山さんに何か渡したの?」
「うん、郵便受けに入れてくれてた」
高津は何だか切ない気持になる。
「……何をもらったの?」
村山は笑った。
「そんなところで妬かれても萌だって困るだろ。義理なんだから」
「中身が俺と一緒かどうか聞きたいんだ」
高津がもらったのは青い定期入れだ。
三年になったら駅前の予備校に通うと言ったらそれをくれた。
「面白いから内緒にしておくよ。でも、多分お前がもらったチョコの余りだと思うけどな」
その不用意な言葉に高津は絶句する。
(……最低)
自分がもらったものが手作りでなかったという事実。それが胸に突き刺さった。
「……で、これをお返しに?」
「うん」
小躍りして喜ぶ萌の姿が目に浮かぶ。
もちろん、本人から直接手渡しという訳にいかないのが気の毒ではあったが……
「村山さんが選んだの?」
「まさか」
「……じゃあ、詩織さんに頼んだの?」
「当たり前だ。俺に女子高生の趣味、わかる訳ないんだから」
高津は小さく溜息をついた。
色んな意味で、本当にこの男は残酷だ。
(……でも)
むかつくからと言って、さすがに萌の気持を勝手に告げることはできなかった。
それに村山が二人をカップルだと思いこんでいる方が、この奇妙な平和が長続きすることもわかっている。
(……何だかなあ)
高津はビールを飲み干した。