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夢の続き  作者: 中島 遼
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SPS2

「明石先生」

 幸い彼は一人で煙草を吸っている。

「さきほどの話についてのご相談なんですが……」

 明石は煙草を灰皿の上でもみ消した。

「お前は何もしなくていい」

「……は?」

「あんなことは、とうに終わっている」

 あんなこととは、情報収集と最適化のことだろう。

「ありがとうございます」

 明石は何故か不愉快そうに顔をしかめた。

「SPSが導入になったら、楽になっていいだろう」

 珍しく言葉をかけてきた明石を、不思議に思って村山は見つめる。

「と言いますと?」

「ラパコレがなくなればお前は失業だ」

 ラパコレとは、腹腔鏡下胆嚢摘出術(ラパロスコピック コレシステクトミー)の略だ。

 つまり、単孔式は上級医師だけでやると明石は言いたいらしい。

 微妙に寂しいが仕方ないと諦める。

「……はあ」

 間抜けな感じで立つ村山を尻目に、彼は黙って扉に向かう。

 あくまで彼との接触を拒むように。

「……先生」

 思わず魔が差したとしか言いようがない。

 どうしてか村山の口から妙な言葉が滑り出してしまった。

「俺の何がお嫌いですか?」

 明石は振り向きもせずに肩をすくめる。

「嫌いになるのに理由なんていらないさ」

 目の前で閉められた扉は、明石の心の様を表すように硬い音を起て閉ざされた。

 わずかに溜息をつく。

(……馬鹿なことを言ってしまったな)

 明石とエレベーターが一緒にならないように、少し彼は時間をおいた。

 と、再びドアが開き、整形外科の山中医員が顔を出した。年は村山より一つ上だが卒業年次は一緒なので気安い男だ。

 ただし、この病院での経歴は山中の方が数年長かったので彼の方が先輩っぽい立ち位置ではある。

「あれ、村山先生、復帰したの?」

 彼は嬉しそうな顔でポケットから煙草とライターを取りだした。

「年々、煙草人口が減っていくから不安でさ。出戻り大歓迎だよ」

 村山は笑って首を振る。

「俺はまだ禁煙中だから」

「じゃあ、明石先生に用があったとか」

「え?」

「さっきエレベーターですれ違ったし」

 どう言おうか困った彼に、山中は屈託のない顔で笑う。

「何? 話をしにきて彼に無視られた?」

 びっくりして目を見開いた彼の前で、山中は旨そうに紫煙を吐き出した。

「お前ら、仲悪いって有名だからね」

「別に悪いわけじゃ……」

「一方的に嫌われてるだけだとしたら、余計に寂しいじゃないか。お互い嫌ってることにしとけよ」

 言葉に詰まった彼に、山中は笑う。

「それに嫌ってる理由については、妬いてるってのがもっぱらの下馬評だしね」

「……って?」

「お前が来るまでナースの好きなドクター一位はぶち抜きで明石先生だったのが、今、票が割れてるしさ」

 村山はがっくりして肩を落とす。

 そんなくだらないことで、あんな態度は取らないだろう。

 むしろ、嫌いになるのに理由はないという言葉の方が余程しっくりくる。

「残念だったな、新婚で来なければ、お前が一位になったろうに」

 村山はむしろ、新婚で着任して良かったと思っていた。

 以前いた病院では、唐突に受け持ち患者や看護師から交際を申し込まれ、付き合ってる人がいると断っても、それでもいいなど意味のわからないことを言って追っかけてくる怖い女性達がいた。

 さすがに新婚では、そういう目に遭うことはない。

「ま、でも……」

 山中は面白そうに村山の困った顔を眺める。

「どっちが一位になるかはやっぱりわからん。全然タイプが違うしな。イケメンで優しくて、ちょっと頼りなげな感じが母性本能をくすぐる村山先生と、男前で頼もしく、ちょっと強引な感じがたまらない明石先生と……」

 村山は首を小さく振った。

「……とりあえず、俺、戻るよ。ここにいると吸いたくなるから」

「よかったら一本どうだ? 今ならただにしておくぞ」

 村山は苦笑して喫煙所を後にした。

(……面倒くさい)

 嫌われるのは仕方ないし、別段構わないとは思うが業務に差し障りがあるのは困るので、彼はこれでも人一倍気を遣っていた。

 十一月に彼の手技が雑だと父に言われて以来、結ぶのも縫うのも倍の時間をかけてやるように心がけている。

 今泉が腫れた臓器に紛れた総胆管を切りそうになったときは、生意気と言われたくないので口で指摘せずに鉤をうっかり揺らしてしまった振りをして阻止もした。

(……煙草吸いたい)

 最初の一ヶ月はニコチンの禁断症状で本当に辛かった。

 それが終わってからも、煙草を吸っていたときに存在した逃げ場を求めてつい手が伸びそうになった。

 ストレスがかかると、今でも一服したときのあの落ち着いた気分を思い出す。

 この誘惑に勝つのは至難の業だ。

(……タールで真っ黒な肺、何度も見せられたのにな)

 彼はふと眉をひそめた。

 煙草もまた、彼にとっては緩やかな自殺行為ではないのか?

(……逃げるな)

 自分を叱咤する。

 人間関係程度のことなどは問題にならないぐらいの大事が翌日に控えていた。

 本当はそのことを考えたくないから、目の前の苦労にしがみつこうとしているのではないのか?

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