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夢の続き  作者: 中島 遼
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奪還7

「う、うわああああっ!」

 不意に高津が大声を上げた。ヘヤピンのドリフトに耐えられなかったのだろうか。

 よい夢を覚まされたような喪失感があったが、村山は速度を落とした。ここまで来れば彼らを相当引き離したはずだ。

 彼は小さく息をつく。頭が少しずつ運転以外の事を考え始める。

「萌、電話貸すから家に連絡しろ。高津はともかく、お前は家の人が心配してるだろう」

「……でも、お母さんに何て言ったらいいか……」

 高津が頷く。

「まさか、誘拐されたなんて言えないよな」

「当たり前よ、そんなこと言ったらどんな騒ぎになるか」

 村山は少し考えてから口を挟む。

「俺としては警察ざたにしたいんだけどな」

「でも村山さん、凄く気になることを言ってたわね。井上がどうとかって」

「そう、それに俺に気配を消せって」

「それに同じリソカリト同士ってどういうこと?」

 立て続けに言われて村山は困った。彼にもわからないことだらけだったのだ。

 もう車は山を下りている。

(……奴らの隠れ家を見に行くか)

 そこで一人でも拉致して、話を聴くことができれば……

 後ろの車との相対的な平均時速差から考えると、この山道の走りで稼げた時間はおよそ十分程度。

 県道を今のペースで走るわけにはいかない。

 どこかに逃げるつもりなら問題ないが、隠れ家に行くとするとその時間差がそのまま彼らの持ち時間だ。

「……何にせよ、家には無事を連絡しておいた方がいいんじゃないかな」

 まだ逡巡している萌に、村山は幾分消極的になりながらももう一度繰り返した。

「そうね、心配してるよね……でも」

 萌が泣きそうな声を出したので、村山はどきりとした。

「ど、どうした?」

「……あの、その実は、ほっとしたら急にネイチャーズコールが」

「……あ」

 既に彼らは県道に入っていた。

「どのくらい我慢できる?」

「うーん、ちょっと限界」

 制服を着た女子高生にはどうかと思ったが、切羽詰まっているようだったので、彼は左前方に輝くパチンコ店の駐車場に入った。

「あの、俺も!」

 聞いて急に尿意を催したらしい高津も一緒に出て行く。

(……これでアドバンテージを使い果たしたか)

 彼は両腕を頭の後ろに入れ、シートにもたれかかる。

 これで今日の所は打ち止めとなった訳だが、そうすると彼らの正体をどうやって突きとめるかが次の課題となる。

(……赤尾……赤生? それにハルオ)

 その二人の名前から調べるのが早そうだった。高津たちも彼らの顔を見ているし、会話も聞いているだろうから他にもヒントはあるだろう。

「お待たせしましたあ」

 二人が帰ってきて、再び車を走らせた時には大体の方針は決まっていた。

「ところで、お前たちも暁と夕貴について聞かれたんだよな?」

「うん」

 助手席の高津が先に反応した。

「フルネームとか、住所とか。でも知らないって突っぱねたんだ」

 彼はひどく済まなさそうな声を出した。

「村山さんを巻き込んでごめん」

「巻き込まれた訳じゃない。多分、すでに渦中にいたんだ。彼らは俺たちが五人だって知ってるんだから」

「でも、暁たちのこと、詳しく知ってるのは村山さんだけみたいな言い方になっちゃったんだ」

「それでよかった」

 知っていると分かれば、何をされたかわからない。

「……でも、あたしたちを人質にして、村山さんに二人を連れてこさせるというのは当初の計画通りって言ってたのよね」

 それもあって、彼らは萌たちを無理に吐かせようとしなかったのかもしれない。

(……俺の拉致目的は口封じか)

 村山はそこで首をかしげた。

 もし村山が彼らなら、この三人をずっと見張る。

 そうすればどこかで暁たちと接触する場面に出くわすはずだ。それからゆっくりと各個撃破すれば簡単ではないか。

(何か切羽詰まるような事情でもあったんだろうか)

「む、村山さん……」

「え?」

 それこそ切羽詰まった声で萌が後ろから声をかけてきた。

「どうしよう、あたし、何て説明したらいいんだろ」

 気が付くと、萌の家はすぐそこだ。

「本当のことを話すのは嫌か?」

「だってリソカリトとか、通じないし」

「いや、そこはぼかして、とっ捕まったことだけ話すとか」

「そんなこと話したら、親が大騒ぎして根掘り葉掘り問いつめられて、結局リソカリトのこととかが辻褄合わなくて後で怒られそう……」

「それは話し方によると思うけど」

 するとバックミラーの中の萌が両手を合わせた。

「お願い、村山さんから穏便に説明してよ」

「……って言われても、俺はまだお前たちがどんな風に拉致されたか聞いてないぞ」

「学校の帰りに歩いていたら、道を聞きたそうな感じで近寄ってきて、いきなりお腹をどすっと。それで気づいたら縛られてて」

「……お前、本当によく無事で済んだな」

 村山はうなった。

「誘拐って言うより略取だ。でも、そんな真っ昼間から奴らも大胆なことを」

「今日に限って庄野神社の方から帰ったの。あの辺りは人気がないから、人を掠うには持ってこいの立地条件なのよ」

 高津が不思議そうに首をかしげる。

「何で庄野神社?」

「圭ちゃんと別れてから、何となくテストのことで神頼みしたくなって遠回りしたの」

 村山はちらりと高津に目をやる。

「で、圭介、お前はとらわれのお姫様が乗っている車に横付けされた訳か?」

「……まあ、簡単にまとめればそういうことになるかな」

 歯切れの悪い高津の言葉に少し不審を感じる。

「お前にしては珍しいな。赤いとか嫌な予感とかしなかったのか?」

 高津は前を見る。

「ちょっとスランプなんだ」

「え?」

「そうかなって思って神経を集中させれば赤いってわかるんだけど、他のことを考えていたり、何かに熱中してると反応が鈍ってしまって」

「いつから?」

「わからない。だって、実生活でそうそう俺に殺意を持つ連中に会う事なんてないしさ」

「……まあ、普通はそうだな」

 少し羨ましげに呟いてから、村山は話を戻した。

「で、萌を盾にされて、そのまま一緒に捕まったと」

 バックミラーの萌がびくりとひきつった。

「ご、ごめんなさい」

「いや、あれは仕方ないって……もう! 村山さん、デリカシーないな。言い方、気をつけてくれる?」

「ああ、ごめんごめん」

 彼女をかばう初心なボーイフレンド的台詞に笑いを噛み殺しながら、村山は萌の両親に言うべき内容のまとめにかかった。

(あまり変なことを言えないしな)

 結局彼は、萌が拉致されて車で連れて行かれるのを高津が見つけ、自転車で追いかけたというストーリーを考えた。

(……高津から変なメールが入ったので、気になって萌の家に電話してみた、というので前後が合うかな)

 その後、村山には高津から携帯で連絡が入り、一緒に合流して事なきを得たという結末だ。

 ただし、相手には逃げられたので正体はわからないということと、女の子なので何ごともなかったにしろ妙な噂がたつといけないので、警察はご両親に相談してからと考えた、というところを強調する。

「ちょっとの間だから、家の前に横付けするぞ」

 ようやく萌の家に着き、彼らは車を降りた。

 そして萌を先頭に呼び鈴を押す。

「ただいま……」

「も、萌っ! 今、何時だと思って……」

 玄関を開け、怒鳴りかけた彼女の母は、後ろに立つ村山と高津を見て言葉を呑み込んだ。

「夜分遅く失礼いたします。済みませんでした、我々も動顛していたため、お電話の一本も差し上げられなくて……」

「い、いえ……」

 不審な顔で彼を見上げる目に、村山は小さく頭を下げる。

「少しお話しておきたいことがあります。玄関先でいいのでお時間をいただけますか?」

 高津とともに家に上がり込んだ彼は、手短に彼女の両親に事の次第を報告した。

「……本当に、何とお礼を申し上げていいのかわかりません」

 顔面を蒼白にして口も利けない母親に替わり、萌の父親が頭を下げる。

 四十代半ば、黒縁の眼鏡をかけた優しそうな男だ。

「警察に言うかどうかは少し私たちも考えます。女の子なので、変な噂が立っても困るので……」

 彼らの話に疑いを挟まれなかったのは、萌の手首についたロープの跡のせいだろう。

 本当は姫を追いかけていたはずの高津にもあるはずだが、わざわざ袖をまくって見せなければわからない。

「この子も、少しぼおっとしたところがあるので……本当に皆さんにご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」

「神尾さんのせいじゃありません。誰だって、道を聞かれるついでに殴られたら、防備のしようもありませんし……」

 言いながら、村山は萌を見た。

 思えば彼らは萌がぶっ倒れるほど強く殴ったのだ。

「そう言えば腹、大丈夫か?」

 殊勝げに疲れた顔でもしてればいいものを、萌は自分が元気であるということをアピールでもするように身体全体で否定の意を表した。

「いやいやいや、大丈夫。全然大丈夫、ほんとに大丈夫」

「明日になっても痛かったら、病院に行けよ」

 萌はぽかんとした顔でこちらを見る。

「……なんだ、村山さんがここで診るのかと思った」

 これだけ元気なら、大したことはないだろう。

「外から見るだけだったら、打撲ですね、って言うぐらいなもんだ」

 さしあたってこれからは当分の間、毎日高津に送らせると勝手に約束し、その日はそのまま辞する。

「圭介、悪いけど明日から頼んだぞ」

「……うん、でも、その気になったら俺より萌の方が強いんだけど」

「馬鹿だな。あの力を使わさないようにって頼んでるんだ」

 村山は微かに笑った。

「それより、お前も家の人に電話しないとまずいだろ?」

「もう、どれだけ遅くなっても一緒だから、庄野神社に寄ってもらえる? 俺、自転車で帰るよ。明日、学校あるし」

「また拉致されたらどうする?」

「赤い方には近寄らないように逃げるから問題ない」

 一応、彼の希望通り神社に寄ると、萌のかばんと高津の自転車が木の陰にあった。

「彼ら、気を遣ってくれたみたいだな」

「村山さん、甘過ぎ。……多分、通りすがりの奇特な人のお陰だよ」

 さすがに高津を一人で自転車に乗せて別れるわけにはいかなかったので、村山は泣く泣く車に無理矢理自転車を入れた。

 そうして、そこから車で十五分くらいのところにある高津の家に彼を送り届ける。

 やはり家人は心配していたし、萌の家から連絡が行ったときに格好がつかないので、村山からざっくりと神尾家で話したのと同じ内容の話をしておく。

「かばんは明日、萌の所にお前が持っていってやれ」

「わかった。じゃ、お休みなさい。本当に今日はありがとう」

 村山は手を挙げ、そして車に乗り込む。

(……今度の休みは車のメンテナンスだな)

 思ってから一つ息をつく。

 その前に、アカオとハルオだ。

(……時間もないし、興信所でも使うか)

 再び村山はシンキングタイムに入った。


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