帰り道1
シリーズ3作目に突入しました。ここまで読んで頂いてありがとうございます。
この「夢の続き」についても一旦、切りのいいところで完結といたしますが、まだ続きますので、どうかしばらくおつきあい頂ければ嬉しいです。
なお、この話は病院が舞台になることがありますが、全て空想でモデルはありません。また、病気の治療、手術についての描写がありますが適当ですので、詳細は最寄りの病院にご確認ください。そちらの方が正しいです。もし、お気づきの点などありましたらお教えいただければ嬉しいです。
それではどうか今後ともよろしくお願いします。
もうすぐ春だと言うのに、何となくアンニュイだ。
萌は雪でも降りそうな曇った空を窓越しにぼんやり眺める。
(……村山さん、今頃どうしてるんだろ)
変な夢を見たせいで、萌たちは夏休みの前から秋の途中まで五人そろって密に行動した。
だが、地球を狙う異星人……いや異星お化けをやっつけてしまうと、五人が揃う理由がない。
もちろん、同じ高校に通う高津はいつでも会えるし、暁や夕貴はそれなりに行き来はあるのだが……
「萌、彼氏のお出迎え」
百合子につつかれ、萌は不機嫌な顔で机の上の筆箱なんかを鞄に詰める。
知ってるくせにそういう言い方をされるのはちょっと嫌だ。
「……だから、彼氏じゃないって」
すると百合子は目をつり上げた。
「その贅沢な台詞を口にしたが最後、親衛隊の一年生に呪い殺されること請け合いよ」
「なんで?」
「彼氏でもないのに、何で一緒に帰んのよ!」
「勉強、教えてくれるって言うから」
今は学年末の試験中だ。
「何で萌が勉強教わるのよ?」
そんなの、高津が頭いいからに決まっている。萌が教えられるんだったらとっくにそうしていた。
萌は立ち上がった。
「……いいな、萌」
「なんで?」
「勉強教えてくれる人がいて」
「百合子も来る?」
相手はぱっと顔を輝かせた。
「……いいの? でもお邪魔でしょ?」
「だから何で?」
歩き出すと百合子ばかりでなく、近くの席にいた由美も立ち上がった。
「ね、ね、あたしもいい?」
「いいんじゃないかな」
廊下に出て、萌は高津に手を挙げる。
「お待たせ」
「そんな待ってはないけど……」
不審そうな視線に頷く。
「あ、百合子と由美も一緒に勉強するって」
高津は少し驚いたような顔をした。
「でも、男、俺一人だぜ?」
「じゃ、他の男子も誘う?」
思わず萌は小声で百合子に耳打ちする。
「いやよ、圭ちゃん以外は緊張するから」
声が聞こえたのか、由美が大きく首を振る。
「でも、三対一じゃ高津君が可哀想よ」
あっという間に、フットワークの軽い由美が、まだ教室に残っていた隣クラスの男子を二人連れてきた。
(……げ)
それだけで萌は寡黙になる。
「じゃ、いこ」
「……って、この人数で、どこで勉強するつもり?」
「ほら、公民館とかどう」
「それだったら教室でいいじゃん」
「ジュース飲みながらでないと勉強できないし」
「ジュースより温かい飲み物がいいな」
何かあらぬ方向で皆が盛り上がっている。
「お菓子いるよね」
萌と高津は最初からそのつもりで来たので、弁当持参である。
彼らを誘ったことを萌は激しく後悔した。
(……圭ちゃん、早く勉強したいだろうに)
勉強会のはずが、コンビニで菓子や飲み物を買ったり、場所を確保したりするだけで一時間。
萌は焦る。
(……数学、わかんないとこ一杯あるのに)
ようやく机に座って教科書を開ける。
だが勉強のできる体勢が整ったのに、第一問から既にわからない。
(最悪っ!)
だが、人見知りの癖が出て、自分から進んで教えてくれと言いにくい。
唯一喋れる高津は由美がずっと独占している。
百合子の数学のレベルは萌と一緒ぐらいだし……
(……うう)
と、
「神尾さん?」
「え?」
隣に座っていた名前も知らない男子がこっちを向いている。
「それ、ひょっとしてずっと考えてる?」
放っといてくれと萌は心の内に呟いた。
「もしわからないとこあったら、聞いてくれよ」
言われて萌は少し反省した。実はとても親切な人だったのかも知れない。
「……あ、ありがとう」
これって渡りに船? ワラにでもすがるのどっちだろうと思いながら、萌は恐る恐る積分の応用問題を聞いてみる。
彼の説明はたどたどしくはあったが、萌でも何とか理解できたのでほっとする。
(……あーあ、これが村山さんだったらな)
英語は、高津に本の丸暗記を推奨したという話を聞いたために教えを請おうと思ったことすらないが、以前数学を教えてもらった時は……
萌は一つ首を振る。
(駄目、村山さんのことは考えないようにしないと……)
目の前にある問題をとにかく片付け、余計な思念を頭から追い出す。
そうこうしていて萌は、ふと外が暗くなってきていることに気がついた。
「あたし、そろそろ帰らなきゃ」
妹の妙が裏番組を撮っているので、試験前でも外せない番組がある。
ハードディスクを使えばいいのだが、他の録画を整理せずに撮りっぱなしにしていることから萌の使用は家族から禁じられていた。
「え? まだいいじゃん」
「あ、百合子たちはいいよ、あたしは一人で帰るから」
高津が顔を上げてこちらを見たが、まだ由美に問題を教えている最中だったので、萌は気を遣わせないように軽く手を振る。
「じゃね」
「あ、」
と、隣にいた男子が立ち上がった。
「それじゃ、僕が送って行くよ」
「え、いいよ、そんなの」
思わず萌はぶんぶんと首を振る。
正直、知らない隣クラスの男子と一緒に帰るぐらいなら、一人で十キロ歩く方を選択する。
「遠慮しないで」
遠慮ではない、迷惑なのだ。
「あたしんち、ここからすぐだし、大丈夫」
慌てて再度全員に手を振って大急ぎで部屋を出る。
だのにその男子生徒はどうしてかついてきてしまった。