最終話 バルクス家の休日
「ユーセウス様、聞いていらっしゃいますか?」
名前を呼ばれて、ユーセウスは空から侍従に視線を移した。
「・・・ああ、何か言ってたか?」
窓から空を見上げて考え事をしていた為、何も耳に入っていなかった。侍従は大仰に溜息を吐く。
「ですから、どうなさるのかと聞いているのです。」
「どうって、何を?」
ぱちくりと瞬きすると、侍従はびしっと部屋に置かれたものを指差した。
「あれですよ!イルア=バルクス様への贈り物です!」
言われて思い出した。
「ああ・・・」
「ああってなんですか?あれもこれも用意させたのは誰ですか!」
「僕だな。」
笑い混じりにそう言われ、侍従はがっくりと肩を落とした。
「もうその日になってしまいましたよ・・・?」
さめざめと訴えて、侍従はこちらを見つめる。
「・・・ウィル、悪かった。」
くすくす笑いながらそう言うと、侍従ことウィルは小さく溜息を吐いて、気持ちを切り替えた。
「・・・それで、どうなさいますか?」
部屋に置かれているのは、ドレス、香水、装飾品の数々。それらを眺め、ユーセウスは溜息を吐いた。
「・・・どうでも良くなってきたな・・・」
「ユーセウス様!なんて言い草ですか!」
がなるウィルを視界から抹消し、ユーセウスは再び考えに耽る。
しばらくぼんやりしていると、近くでウィルが呼んでいる声がして、ゆっくりと世界を広げた。
「・・・なんだ?」
「・・・・・・・・・ですから」
ウィルは、先程とは打って変わり、ちょっと悩んでいるような顔だった。
「どうした?」
「・・・・・・」
何故か言いよどむ。
「言ってみるといい。話くらいは聞いてやるぞ?」
「・・・いえ、ですから。」
こほん、とちょっと咳払いをして、ウィルは静かに訊いた。
「・・・ユーセウス様はイルア嬢とあのレイリア様、どちらがお好きなんですか?」
言われて、ユーセウスは台詞を頭の中で反芻した。何度か反芻して、笑い出した。
「くくくっ・・・ウィル、なんだその質問は。」
「いやですから!お二人と特に仲がよろしいですよね?陛下も気にかけていらっしゃいますし・・・」
「で?」
「え?」
質問した相手から逆に問いかけられ、ウィルは驚いて目を丸くした。そんなウィルの顔を覗き込み、ユーセウスはにやりと笑った。
「お前は?」
「・・・えっ!?」
「レイリアが気に入ったんだろう?」
「ええっ!?」
分かり易い反応だ。口を開けたり閉じたりするウィルをしばらく眺め、ユーセウスはぽつりと呟いた。
「・・・例えばレイリアが妻になったとして・・・彼女に政務が出来るかどうか。それに、父の側室達や、正妃の座を欲しがる者達の圧力に耐えられるとは思えないな・・・」
「・・・ユーセウス様・・・」
珍しく現実的な事を語る主を見て、ウィルは複雑な思いに口を閉ざした。
「レリィ?」
昼頃。
イルアは自室での読書を中断して、話しでもしようかとレイリアを探しに廊下へ出た。
今日は休日だ。
イルアは朝からのんびりと屋敷で過ごしていた。
本当はレイリアを誘って出かけようかとも思っていたのだが、忙しそうに仕事をこなしていたので、諦めていた。
しかし。
「いないわねぇ・・・」
何故か屋敷の中は静まり返っていた。
(なんなのかしら・・・。誰もいないなんて、ねぇ?)
廊下を進みながら気配を探る。と、すぐ外に集まっている気配がした。
「なんなのかしらねぇ・・・」
(今日って私の誕生日なのだけど・・・)
ちょっとくらい構って欲しいというのが、イルアの本音だった。
(なんだか・・・レリィに構ってもらえないと寂しいのよね・・・)
騎獣舎の方へ繋がる回廊へ出る。と——
「イルア様!お誕生日おめでとうございます!」
眩しい程の笑顔が、イルアを迎えた。
「え・・・?」
驚いて、思わず呆然としてしまう。するとレイリアはイルアの手を取って引いた。
「皆で用意したんですよ!こちらへどうぞ!」
「・・・え?レリィ?」
「イルア様、こっちです!」
突然のお祝いの雰囲気に、イルアは戸惑ったままレイリアの手を握る。
レイリアは戸惑うイルアを楽しそうに見て、それ以上は何も言わずに進む。
何も言われずにただ手を引かれるなんて、不安な事この上ない。
でも。
(あり得ない事だけど・・・私を殺すのがレリィなら、本望かも知れないわね・・・)
そう思う自分が、可笑しくて笑った。
「さあ、こちらです!」
レイリアに手を引かれて辿り着いたのは、バルクス家の庭だった。
「ここ・・・?」
庭とは思えない・・・いや、一目で庭だと分かる姿に目を疑った。すると、レイリアが得意げに笑った。
「さあ、どうぞ!」
レイリアが腕を伸ばして細い白塗りの鉄柵を開け、庭へと促す。その先には、様々な植物が庭を彩っていた。
そして、セティエス、ガイアス、ヴィトの三人が食事の準備を整えていた。
「これ・・・・・・」
「さあ、あちらへ!」
まだ戸惑いが消えないイルアは、レイリアに促されるまま足を進める。
卓の側まで行くと、レイリアが握っていた手を離し、三人の元へ駆け寄った。呆然と見つめるイルアの前で、レイリア、セティエス、ガイアス、ヴィトは並んで迎えた。
「「「「イルア様、おめでとうございます」」」」
約一名は“様”をつけないでいたが、そんな事はまったく気にならない。
「あ・・・ありがとう・・・」
唖然とそう返すイルアに、セティエスがくすくす笑う。
「ほら、レリィ。やっぱり驚かれているだろう?」
「そうですね」
セティエスとレイリアが笑い合っているのを見て、イルアはようやく自分を取り戻した。
「・・・なんだか猾いわ。」
「「猾い?」」
揃ってそう返した二人につかつかと歩み寄り、イルアはレイリアを引き寄せた。
「皆ととても仲良くなってるじゃない?猾いわ。」
「・・・イルア様・・・」
きょとんとするレイリアとは別に、セティエスとヴィトは大笑いし、ガイアスは溜息と共に呟いた。
「ほんと、ガキみてぇだな。」
「何か言った?」
イルアがにこりと笑いかけると、ガイアスは素知らぬ顔をした。
「それに、これもよ。なんだか悔しいわ。」
「これ?」
イルアが指差したのはレイリアの装いだ。
「このリボン。私が用意したものじゃないわ。ヴィトでしょ?」
レイリアの髪は肩口へ一つに纏められていて、そこには焦げ茶のレースのリボンがあった。
「えっ、よく分かりましたね・・・」
ずばり言われてヴィトが目を丸くした。イルアはレイリアに笑いかける。
「とっても可愛いわ!」
「・・・イルア様・・・ありがとうございます!」
じーんとするレイリア。
「それだけに悔しいわね。」
「「・・・・・・」」
「この首飾り!これはセティでしょ?」
レイリアの首にはとても細い鎖の首飾りがあった。小さな石が付いていて、よく見なければ気付かない程ささやかなものだが、さりげなく首もとを飾っている。
「レリィはいつも頑張っていますからね。」
「とってもよく似合ってるわ。」
「あ、ありがとうございます・・・」
次々褒められるとなんだか恥ずかしい。照れ始めたレイリアに微笑みかけ、イルアは最後に靴を指差した。
「そして、これ。ガイアスでしょ?」
言われたガイアスは、不機嫌そうに顔を逸らした。レイリアの履いているのは膝下までの編み上げブーツだ。しっかりしていて、いかにも丈夫そうだ。
「ガイアスだけだと男物の様なのを選ぶから、セティエスが助言したんでしょうけど、ね。」
くすりと笑うと、ガイアスがさらに不機嫌になった。今日はここで逃げられてはいけない!とレイリアは慌ててガイアスに駆け寄って笑った。
「あの!これ、すごく動き易くて、私、好きだよ。大切にするから!」
「っ・・・!」
満面の笑顔で言われ、ガイアスは思い切り固まった。完全に思考が止まっている。
「ガイアス・・・!」
ヴィトが堪らずにお腹を抱えて笑った。セティエスもイルアも、ガイアスを見て笑う。
「良かったな、ガイアス。」
「猾いわねぇ、ガイアスったら。わざと?」
「・・・っ何がだ!」
イルアに向かってガイアスが吠えると、イルアがわざとセティエスの後ろへ回った。
「セティ、ガイアスが怒ってるわ。」
「ガイアスはお嬢様にも構って欲しいのですよ。」
「あらぁ、そうなの?」
「イルア!いい加減にしろ!」
掴み掛かりそうなガイアスを、ヴィトとレイリアで抑える。
「ガイアス、落ち着いて。」
「今日は我慢して!イルア様のお誕生日だから、ね?」
「ぐっ・・・」
二人に宥められ、ガイアスは少し大人しくなる。そして、二人はイルアとセティエスにも釘を刺した。
「お二人も、無闇にガイアスをからかわないで下さい。」
「そうですよ!今日はほら、お祝いなんですから!」
怒られたイルアとセティエスは、顔を見合わせて笑った。
「はあい。仕方ないわね。」
「仕方ありませんね。」
そうしてイルアを席へ誘って、四人で料理を取り分けて、イルアを囲む。
「さあ、食事にしましょう?」
イルアを中心に四人も座り、賑やかな食事が始まった。
「それにしてもレリィ、よくこの庭を綺麗に出来たわねぇ。」
「イルア様に、お花も植えて良いし、好きにして構わないって言って頂けたので・・・以前いたお店のおばさんに習って、色々植えてみたんです。」
「イルアが飼料を枯らした時は、この土地も悪いのかと思ったけどな。」
「も、って何?も、って。」
「ガイアスが少しましにしたんだよな。」
「俺は植物は苦手だ。」
「レリィが来てくれて、本当に良かったですね、お嬢様。」
「ほんとよねぇ・・・」
「お庭、気に入って頂けましたか・・・?」
「もちろんよ!」
眩しい程美しい笑みで、イルアはレイリアを見つめる。
穏やかな笑み。穏やかな時間。穏やかな風景。
なんだか感慨深くなって、レイリアは胸がじぃんと温かくなるのを感じた。
そっと胸に手を当てて、その温かさを噛み締める。
「レリィ?どうしたの?」
気付いたイルアが心配そうにするので、レイリアはくすりと笑った。
「いえ、幸せだなぁと思って・・・」
突然の言葉に目を丸くしたイルアは、次には楽しそうに笑った。
「レリィったら・・・それは私の台詞よ?」
「あっ・・・」
なんと言っても、今日はイルアの誕生日で、今まさにお祝いの真っ最中なのだ。
「けど・・・そう思ってくれているのなら、こんなに嬉しい事はないわ。」
「イルア様・・・」
そう言われて、目頭が熱くなる。
ああ、贅沢だなぁ、とレイリアは思った。
思えば。
こうしてバルクス家で過ごす事が、当たり前に感じられるようになるだなんて、思いもしなかった。
ちゃんと生活出来るか不安だったし、続けられるかどうかも自信がなかった。
けれど今は、毎日の生活が、とても自然な事に思えて。
色々と怖い事もあったけれど、主人にも仲間にも恵まれて、とても、幸せだと思う。
なんの取り柄もなくて、人より劣る事はあっても優れた所のない自分が、こんな人達と、素敵な時間を過ごせるのだ。
こんな贅沢が許される日がくるだなんて・・・。
まさに、夢のようで。
けれど、現実だなんて。
「レリィ、大丈夫?」
思いに耽っていたら、また心配されてしまった。
「あ、はい!大丈夫です、イルア様。」
「・・・そう?」
「はい、あの・・・なんだか、幸せ過ぎて・・・いつまで保つんだろうって・・・」
その言葉にイルアはきょとんとして、不敵に笑った。
「それじゃあ、死ぬまで続くようにしましょう?」
「・・・死ぬまで、ですか?」
今度はレイリアがきょとんとしてしまった。セティエスとヴィトが笑う。
「いいですね。」
「・・・死ねないな。」
そんなイルアと二人を見て、ガイアスが呆れて言った。
「大げさだろ。」
イルアを中心に、皆が語らう。笑みが零れる。
こんなささやかな、けれどもこれ以上ない程の贅沢。
そう感じて、生きていて良かったと心から思った。
そう思える事も、かなりの贅沢、かも知れない。
——願わくば運命の女神よ、どうか、気が変わりませんように。
『風の歌声』は、これにて一先ず完結となります。
最後までお付き合いくださった皆様、本当にありがとうございます。
息抜きにはなりましたでしょうか・・・?
ほのぼのしたり、どきどきしたり、はらはらしたり。
ちょっとでも読んでみて良かったと思って頂ければ、幸いです。
お気に入りにしてくださったり、評価をしてくださったり、とても励みになりました。今でも励みになります!
11.15現在、40,000PV 50,000ユニーク突破!!
正直これだけ興味を持って頂けるとは思ってもみませんでした(びっくり)
嬉しいです。ありがとうございます!
これからも、これを励みに頑張ります!
ちなみに続編となる『風の歌声 -シュル・ヴェレルの手招き-』を連載し始めました。こちらはストック無し。そして亀更新になりますが、よろしければお付き合いください。
それでは、また別のお話でお会い出来たら光栄です!