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風の歌声  作者: 沢凪イッキ
本編
18/23

最終話  バルクス家の休日

「ユーセウス様、聞いていらっしゃいますか?」


 名前を呼ばれて、ユーセウスは空から侍従に視線を移した。

「・・・ああ、何か言ってたか?」

 窓から空を見上げて考え事をしていた為、何も耳に入っていなかった。侍従は大仰に溜息を吐く。

「ですから、どうなさるのかと聞いているのです。」

「どうって、何を?」

 ぱちくりと瞬きすると、侍従はびしっと部屋に置かれたものを指差した。

「あれですよ!イルア=バルクス様への贈り物です!」

 言われて思い出した。

「ああ・・・」

「ああってなんですか?あれもこれも用意させたのは誰ですか!」

「僕だな。」

 笑い混じりにそう言われ、侍従はがっくりと肩を落とした。

「もうその日になってしまいましたよ・・・?」

 さめざめと訴えて、侍従はこちらを見つめる。

「・・・ウィル、悪かった。」

 くすくす笑いながらそう言うと、侍従ことウィルは小さく溜息を吐いて、気持ちを切り替えた。

「・・・それで、どうなさいますか?」

 部屋に置かれているのは、ドレス、香水、装飾品の数々。それらを眺め、ユーセウスは溜息を吐いた。

「・・・どうでも良くなってきたな・・・」

「ユーセウス様!なんて言い草ですか!」

 がなるウィルを視界から抹消し、ユーセウスは再び考えに耽る。


 しばらくぼんやりしていると、近くでウィルが呼んでいる声がして、ゆっくりと世界を広げた。

「・・・なんだ?」

「・・・・・・・・・ですから」

 ウィルは、先程とは打って変わり、ちょっと悩んでいるような顔だった。

「どうした?」

「・・・・・・」

 何故か言いよどむ。

「言ってみるといい。話くらいは聞いてやるぞ?」

「・・・いえ、ですから。」

 こほん、とちょっと咳払いをして、ウィルは静かに訊いた。


「・・・ユーセウス様はイルア嬢とあのレイリア様、どちらがお好きなんですか?」


 言われて、ユーセウスは台詞を頭の中で反芻はんすうした。何度か反芻して、笑い出した。

「くくくっ・・・ウィル、なんだその質問は。」

「いやですから!お二人と特に仲がよろしいですよね?陛下も気にかけていらっしゃいますし・・・」

「で?」

「え?」

 質問した相手から逆に問いかけられ、ウィルは驚いて目を丸くした。そんなウィルの顔を覗き込み、ユーセウスはにやりと笑った。

「お前は?」

「・・・えっ!?」

「レイリアが気に入ったんだろう?」

「ええっ!?」

 分かり易い反応だ。口を開けたり閉じたりするウィルをしばらく眺め、ユーセウスはぽつりと呟いた。


「・・・例えばレイリアが妻になったとして・・・彼女に政務が出来るかどうか。それに、父の側室達や、正妃の座を欲しがる者達の圧力に耐えられるとは思えないな・・・」

「・・・ユーセウス様・・・」

 珍しく現実的な事を語る主を見て、ウィルは複雑な思いに口を閉ざした。





「レリィ?」

 昼頃。

 イルアは自室での読書を中断して、話しでもしようかとレイリアを探しに廊下へ出た。

 今日は休日だ。

 イルアは朝からのんびりと屋敷で過ごしていた。

 本当はレイリアを誘って出かけようかとも思っていたのだが、忙しそうに仕事をこなしていたので、諦めていた。 


 しかし。


「いないわねぇ・・・」

 何故か屋敷の中は静まり返っていた。

(なんなのかしら・・・。誰もいないなんて、ねぇ?)

 廊下を進みながら気配を探る。と、すぐ外に集まっている気配がした。

「なんなのかしらねぇ・・・」

(今日って私の誕生日なのだけど・・・)

 ちょっとくらい構って欲しいというのが、イルアの本音だった。

(なんだか・・・レリィに構ってもらえないと寂しいのよね・・・)

 騎獣舎の方へ繋がる回廊へ出る。と——



「イルア様!お誕生日おめでとうございます!」



 眩しい程の笑顔が、イルアを迎えた。

「え・・・?」

 驚いて、思わず呆然としてしまう。するとレイリアはイルアの手を取って引いた。

「皆で用意したんですよ!こちらへどうぞ!」

「・・・え?レリィ?」

「イルア様、こっちです!」

 突然のお祝いの雰囲気に、イルアは戸惑ったままレイリアの手を握る。

 レイリアは戸惑うイルアを楽しそうに見て、それ以上は何も言わずに進む。


 何も言われずにただ手を引かれるなんて、不安な事この上ない。


 でも。


(あり得ない事だけど・・・私を殺すのがレリィなら、本望かも知れないわね・・・)

 そう思う自分が、可笑しくて笑った。




「さあ、こちらです!」

 レイリアに手を引かれて辿り着いたのは、バルクス家の庭だった。

「ここ・・・?」

 庭とは思えない・・・いや、一目で庭だと分かる姿に目を疑った。すると、レイリアが得意げに笑った。

「さあ、どうぞ!」

 レイリアが腕を伸ばして細い白塗りの鉄柵を開け、庭へと促す。その先には、様々な植物が庭を彩っていた。

 そして、セティエス、ガイアス、ヴィトの三人が食事の準備を整えていた。

「これ・・・・・・」

「さあ、あちらへ!」

 まだ戸惑いが消えないイルアは、レイリアに促されるまま足を進める。

 卓の側まで行くと、レイリアが握っていた手を離し、三人の元へ駆け寄った。呆然と見つめるイルアの前で、レイリア、セティエス、ガイアス、ヴィトは並んで迎えた。


「「「「イルア様、おめでとうございます」」」」


 約一名は“様”をつけないでいたが、そんな事はまったく気にならない。

「あ・・・ありがとう・・・」

 唖然とそう返すイルアに、セティエスがくすくす笑う。

「ほら、レリィ。やっぱり驚かれているだろう?」

「そうですね」

 セティエスとレイリアが笑い合っているのを見て、イルアはようやく自分を取り戻した。


「・・・なんだか猾いわ。」


「「猾い?」」

 揃ってそう返した二人につかつかと歩み寄り、イルアはレイリアを引き寄せた。

「皆ととても仲良くなってるじゃない?猾いわ。」

「・・・イルア様・・・」

 きょとんとするレイリアとは別に、セティエスとヴィトは大笑いし、ガイアスは溜息と共に呟いた。

「ほんと、ガキみてぇだな。」

「何か言った?」

 イルアがにこりと笑いかけると、ガイアスは素知らぬ顔をした。

「それに、これもよ。なんだか悔しいわ。」

「これ?」

 イルアが指差したのはレイリアの装いだ。

「このリボン。私が用意したものじゃないわ。ヴィトでしょ?」

 レイリアの髪は肩口へ一つに纏められていて、そこには焦げ茶のレースのリボンがあった。

「えっ、よく分かりましたね・・・」

 ずばり言われてヴィトが目を丸くした。イルアはレイリアに笑いかける。

「とっても可愛いわ!」

「・・・イルア様・・・ありがとうございます!」

 じーんとするレイリア。

「それだけに悔しいわね。」

「「・・・・・・」」

「この首飾り!これはセティでしょ?」

 レイリアの首にはとても細い鎖の首飾りがあった。小さな石が付いていて、よく見なければ気付かない程ささやかなものだが、さりげなく首もとを飾っている。

「レリィはいつも頑張っていますからね。」

「とってもよく似合ってるわ。」

「あ、ありがとうございます・・・」

 次々褒められるとなんだか恥ずかしい。照れ始めたレイリアに微笑みかけ、イルアは最後に靴を指差した。

「そして、これ。ガイアスでしょ?」

 言われたガイアスは、不機嫌そうに顔を逸らした。レイリアの履いているのは膝下までの編み上げブーツだ。しっかりしていて、いかにも丈夫そうだ。

「ガイアスだけだと男物の様なのを選ぶから、セティエスが助言したんでしょうけど、ね。」

 くすりと笑うと、ガイアスがさらに不機嫌になった。今日はここで逃げられてはいけない!とレイリアは慌ててガイアスに駆け寄って笑った。


「あの!これ、すごく動き易くて、私、好きだよ。大切にするから!」


「っ・・・!」


 満面の笑顔で言われ、ガイアスは思い切り固まった。完全に思考が止まっている。

「ガイアス・・・!」

 ヴィトが堪らずにお腹を抱えて笑った。セティエスもイルアも、ガイアスを見て笑う。

「良かったな、ガイアス。」

「猾いわねぇ、ガイアスったら。わざと?」

「・・・っ何がだ!」

 イルアに向かってガイアスが吠えると、イルアがわざとセティエスの後ろへ回った。

「セティ、ガイアスが怒ってるわ。」

「ガイアスはお嬢様にも構って欲しいのですよ。」

「あらぁ、そうなの?」

「イルア!いい加減にしろ!」

 掴み掛かりそうなガイアスを、ヴィトとレイリアで抑える。

「ガイアス、落ち着いて。」

「今日は我慢して!イルア様のお誕生日だから、ね?」

「ぐっ・・・」

 二人に宥められ、ガイアスは少し大人しくなる。そして、二人はイルアとセティエスにも釘を刺した。

「お二人も、無闇にガイアスをからかわないで下さい。」

「そうですよ!今日はほら、お祝いなんですから!」

 怒られたイルアとセティエスは、顔を見合わせて笑った。

「はあい。仕方ないわね。」

「仕方ありませんね。」

 そうしてイルアを席へ誘って、四人で料理を取り分けて、イルアを囲む。

「さあ、食事にしましょう?」

 イルアを中心に四人も座り、賑やかな食事が始まった。




「それにしてもレリィ、よくこの庭を綺麗に出来たわねぇ。」


「イルア様に、お花も植えて良いし、好きにして構わないって言って頂けたので・・・以前いたお店のおばさんに習って、色々植えてみたんです。」


「イルアが飼料を枯らした時は、この土地も悪いのかと思ったけどな。」


「も、って何?も、って。」


「ガイアスが少しましにしたんだよな。」


「俺は植物は苦手だ。」


「レリィが来てくれて、本当に良かったですね、お嬢様。」


「ほんとよねぇ・・・」


「お庭、気に入って頂けましたか・・・?」


「もちろんよ!」


 眩しい程美しい笑みで、イルアはレイリアを見つめる。



 穏やかな笑み。穏やかな時間。穏やかな風景。

 なんだか感慨深くなって、レイリアは胸がじぃんと温かくなるのを感じた。

 そっと胸に手を当てて、その温かさを噛み締める。

「レリィ?どうしたの?」

 気付いたイルアが心配そうにするので、レイリアはくすりと笑った。

「いえ、幸せだなぁと思って・・・」

 突然の言葉に目を丸くしたイルアは、次には楽しそうに笑った。

「レリィったら・・・それは私の台詞よ?」

「あっ・・・」

 なんと言っても、今日はイルアの誕生日で、今まさにお祝いの真っ最中なのだ。

「けど・・・そう思ってくれているのなら、こんなに嬉しい事はないわ。」

「イルア様・・・」

 そう言われて、目頭が熱くなる。

 ああ、贅沢だなぁ、とレイリアは思った。



 思えば。


 こうしてバルクス家で過ごす事が、当たり前に感じられるようになるだなんて、思いもしなかった。


 ちゃんと生活出来るか不安だったし、続けられるかどうかも自信がなかった。


 けれど今は、毎日の生活が、とても自然な事に思えて。


 色々と怖い事もあったけれど、主人にも仲間にも恵まれて、とても、幸せだと思う。


 なんの取り柄もなくて、人より劣る事はあっても優れた所のない自分が、こんな人達と、素敵な時間を過ごせるのだ。



 こんな贅沢が許される日がくるだなんて・・・。


 まさに、夢のようで。


 けれど、現実だなんて。

 


「レリィ、大丈夫?」

 思いに耽っていたら、また心配されてしまった。

「あ、はい!大丈夫です、イルア様。」

「・・・そう?」

「はい、あの・・・なんだか、幸せ過ぎて・・・いつまで保つんだろうって・・・」

 その言葉にイルアはきょとんとして、不敵に笑った。

「それじゃあ、死ぬまで続くようにしましょう?」

「・・・死ぬまで、ですか?」

 今度はレイリアがきょとんとしてしまった。セティエスとヴィトが笑う。

「いいですね。」

「・・・死ねないな。」

 そんなイルアと二人を見て、ガイアスが呆れて言った。

「大げさだろ。」

 イルアを中心に、皆が語らう。笑みが零れる。

 


 こんなささやかな、けれどもこれ以上ない程の贅沢。

 

 そう感じて、生きていて良かったと心から思った。


 そう思える事も、かなりの贅沢、かも知れない。






——願わくば運命の女神よ、どうか、気が変わりませんように。














 『風の歌声』は、これにて一先ず完結となります。


 最後までお付き合いくださった皆様、本当にありがとうございます。


 息抜きにはなりましたでしょうか・・・?


 ほのぼのしたり、どきどきしたり、はらはらしたり。


 ちょっとでも読んでみて良かったと思って頂ければ、幸いです。


 お気に入りにしてくださったり、評価をしてくださったり、とても励みになりました。今でも励みになります!

 

 11.15現在、40,000PV 50,000ユニーク突破!!

 正直これだけ興味を持って頂けるとは思ってもみませんでした(びっくり)

 嬉しいです。ありがとうございます!


 これからも、これを励みに頑張ります!


 ちなみに続編となる『風の歌声 -シュル・ヴェレルの手招き-』を連載し始めました。こちらはストック無し。そして亀更新になりますが、よろしければお付き合いください。


 

 それでは、また別のお話でお会い出来たら光栄です!


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