第十七話 イルア=バルクスへの贈り物
ーー翌日。
イルアはセティエスを伴って擁護院へ出かけて行った。表向きの仕事だとしても、イルアが大切に思っているのだと分かる。それに、とても楽しみにしているようだった。
レイリア達が一仕事終えて一息ついていると、屋敷を訊ねる者があった。
「失礼致します。イルア=バルクス様へ、エルフィア=ハイル様より贈り物が届いております。」
届けに来たのは城の兵士で、信頼出来る者だ。ガイアスが受け取り、一言労って見送った。今日はリュミエルは、騎獣舎で過ごしている。
「エルフィア様から・・・なんだろうね?」
「さあ・・・あの人の事だから動物でも送ってくるかと思ったよ。」
レイリアが首を傾げると、ヴィトそう言って苦笑した。
「エルフィア様は動物がお好きなのね。」
笑って言うと、ガイアスが面白がって笑った。
「あいつがそんな可愛い趣味なわけないだろ。あいつは騎獣が好きなんだよ。それも、戦闘力が高いやつがな。」
そんなガイアスを、レイリアとヴィトはまじまじと見つめてしまった。
「・・・なんだ。」
ちょっと驚いた様子で、ガイアスは瞬いた。
「だって・・・」
「珍しいもの見たなと思って。」
ねぇ、と二人が笑い合うのを見て、ガイアスは途端に不機嫌そうな顔になった。
「ああ、それそれ!ガイアスはそういう顔が多いから。」
ヴィトが笑うと、ガイアスはさらに怖い顔になる。
「ほら、それだよ!」
お腹を抱えて笑い出したヴィトを睨み、ガイアスは一気に掴み掛かった。
「てめぇ!」
「うわっ、なんだよ!」
「ちょ、ちょっと二人とも!」
ガイアスが掴み掛かると、ヴィトは軽い身のこなしで避ける。が、二人とも本気ではないので、一向に勝負がつかない。
「笑ってんじゃねぇよ!」
「ガイアスが仏頂面なのが悪いんだろ!」
初めは慌てたレイリアも、二人がじゃれ合っているのを眺めて笑った。
(仲良いなぁ・・・)
「いたたっ!髪掴むなよ!」
「じゃあ逃げるな!」
取っ組み合いを始めた二人をよそに、レイリアはエルフィアの贈り物の前に座り込んで、両手に収まるくらいの大きさの箱を見つめた。
「一体何が入ってるんだろう・・・?」
と、見つめていると、再び誰かが訊ねてきた。
——コンコン。
ノックの音に取っ組み合いをやめ、今度はヴィトが迎え出た。
「お手紙が届いております。」
こちらはいつも手紙を届けている青年で、ヴィトは挨拶を交わして見送った。
「レリィ、手紙だよ。」
「・・・えっ、私に?」
差し出された手紙は二通あり、レイリアは不思議そうにそれを眺めた。
「部屋で読んでくればいいだろう。」
呆れたようにガイアスにそう言われて、レイリアはちょっとどきどきしながら、一先ず自室へと向かった。
手紙は、以前働いていたお店からと、家族からだった。
「そう言えばお屋敷に来てから、全然連絡取ってなかったなぁ・・・。」
今更ながらその事実に気付いて、レイリアはちょっと反省した。
「心配してくれてたのに・・・申し訳ないな・・・」
まずは家族からの手紙を開けた。
「ええと・・・」
“レイリアへ。
あのバルクス家にお世話になっているそうですね。
シェルキスから聞きました。“
(兄さん・・・どこで聞いたんだろ?)
“お屋敷で住み込みだと聞きました。不便はないですか?
お屋敷には男性もいるのだろうと、お父さんが楽しみにしていますよ。“
「・・・な、何を・・・?」
なんだかその先が恐ろしくて、レイリアは丁寧にたたんで封筒へ戻した。
「次行こう・・・」
次の封筒を開いて少し読み、レイリアは思わずガタッ、と椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。
「なっ・・・なっ・・・なんで!?」
手紙の内容はこうだ。
『町じゃああんたの噂で持ち切りだよ!
あのセティエス様と、一体どういう関係になったんだい!?
セティエス様とお付き合いしてる女の子がいるって言って、町の女の子達が怖いよ!?
まあ、あんたの事だから、セティエス様から声をかけて下さるんだろうけど・・・あんたが幸せなら、あたし達はお祝いするよ。
それとあの子から。
セティエス様とイルア様ってどうなってるの?
だってさ。
何かあったら相談するんだよ!』
「・・・・・・・・・」
レイリアはそのまま数分固まった。
「な・・・なんで・・・?昨日一日だけなのに!セティエス様とお出かけしたのは・・・」
愕然と手紙を見つめるレイリアは、セティエスとのお出かけは要注意事項だ!と頭に刻み込んだ。
(う、噂って怖い・・・)
部屋から出て再び居間へ行くと、何やらたくさんの荷物が届けられていて、ヴィトとガイアスはそれを片付けにかかっていた。
「あ、レリィ。もういいの?」
振り返ったヴィトにそう言われ、レイリアは明るく笑った。
「うん、ありがとう。」
言いながら横に立って、床に置かれた荷物を眺める。
「・・・これ・・・すごいね・・・」
ガイアスは面倒くさそうに荷物を開けては箱を潰している。
「毎年なんだよ。イルア様は結構好かれているからさ。あっちこっちから贈り物が届くんだ。」
「へえ・・・」
きょろきょろと物珍しそうに見回すレイリアに、ヴィトはくすくす笑いながら続けた。
「まあほとんどが下心で届いてるから、特に親しい人からでなければ、届き次第開けて、用途で選り分けておくんだ。」
「し、下心・・・?」
ちょっと頬が赤くなったレイリアに微笑んで、ヴィトは片付けを促した。
「ほら、ほとんどが男性からだろ?」
そう言って、手に取った贈り物の送り主を見る。
「・・・本当だ。これも。」
所狭しと置かれた贈り物は、二、三人しか女性の名前が見当たらなかった。
「イルア様・・・綺麗で可愛らしいものね・・・」
唖然としながら荷を解く。
「そう言えばガイアスももてるんだよね?」
思い出してそう言うと、ガイアスがもの凄く不機嫌になった。
「ご、ごめ・・・」
「黙って片付けろ。」
(うっ・・・)
「ガイアス・・・いい加減にレリィに当たるのはやめなよ。」
「うるせぇ。」
がさがさと乱暴に包みを破り、中身を取り出して空箱をヴィトに放った。
「危ないな!レリィに当たるだろ?」
実はまったく当たる心配はなかったが、わざとそう言ってやると、ガイアスはちらりとこちらの様子を見た。それに、ヴィトが笑い出す。
「あははっ・・・心配なんだ?」
「おい、ヴィト。てめぇ良い度胸だな!」
「レリィ、こっちに来てよ。」
「えっ?」
ヴィトに腕を引かれるまま移動すると、ヴィトとガイアスの間に挟まれた。
「うっ・・・ヴィト・・・!」
間近でガイアスがヴィトを睨んでいる。が、例え視線が合っていなくとも、レイリアには十分怖い。
ヴィトはと言えばレイリアを盾に、挑戦的な笑みを見せつけていた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
ヴィトとガイアスが頭上で睨み合い、レイリアは蛇に睨まれたカエルの如く縮み上がっている。
(だ、誰か・・・もしくは早く終わって・・・!)
引かれた時に取られた手を、無意識に握り返す。すると、二人が睨み合いをやめ、その視線が握られた手に移り、レイリアもつられて視線を落とした。
「・・・・・・」
そして。
「・・・っ!ご、ごめんねヴィト!」
慌てて手を離して後ずさったレイリアは、思い切り空箱に足を取られた。
「あ」
「レリィ!」
「レイリア!」
幸い、倒れたのは包み紙などの上。三人は面白いように色とりどりの紙やリボンをまき散らして倒れ込んだ。
「・・・あーあ」
「・・・・・・」
「・・・ちっ」
倒れたそのままで、三者三様に溜息を零した。
「「「・・・・・・」」」
その様が、自分たちで可笑しくなって。
「「「・・・あははっ」」」
一様に笑い出した。
「やると思ったよ、レリィ!」
「だって、ガイアスが睨むから・・・!」
「俺のせいじゃねぇだろ。ヴィトが巻き込んだのが悪い。」
寝転がったままヴィトに手を伸ばそうとするが、どう考えてもレイリアを巻き込むので諦めた。
「お前もほいほい流されるな。」
「えっ、私が悪いの?」
がしがしと頭を掻き回されながら、レイリアは反抗してみた。
「イルアにしてもセティエス様にしても、お前はちょっとでも気を許した奴の言う事、考え無しに聞きすぎだ。」
「でもそれってガイアスにも言えるよね?」
ガイアスの方へ向いていたレイリアの後ろから、ヴィトは上半身を起こしてガイアスに言った。意地悪く笑ってやると、ガイアスが露骨に嫌そうな顔をする。
そのガイアスが言葉を出す前に、ヴィトはにっこり笑って言ってやった。
「そう言えばさっき、初めてレリィの名前呼んだよね。」
「・・・!」
「え?・・・あ」
そう言えば、と言おうとしたレイリアの頭を乱暴に掻き回して、ガイアスは立ち上がって片付け始めた。
ヴィトはそれを可笑しそうに笑って見ていた。
(・・・やっぱり、ちょっと可愛く思えてきてるよなぁ、レリィの事・・・)
ちらりと横を見ると、レイリアは不思議そうにガイアスを眺めた後で、こちらを向いて笑った。
「私たちも片付けしようよ。」
「ああ、そうだね。」
にっこり笑って、レイリアは立ち上がって手伝いに行く。
(うーん・・・イルア様の影響でそう思うのかな・・・)
ヴィトの視線の先でガイアスが、ぐしゃぐしゃにしたレイリアの髪を、乱暴に直していた。
——ちなみに。
下心満載の贈り物達は、用途別に分けられ、速やかにあちこちの擁護院へ贈られるのだった・・・。