第十五話 秋風の囁き
帰りの馬車に揺られて、五人はそれぞれに思いを馳せていた。
語る言葉はなく、静かな時間が流れている。
帰路を半分程行ったところで、セティエスがふと訊ねた。
「そう言えばお嬢様」
「なあに?セティ。」
「側室にあげられた歌姫は、保護の為に召し上げられたと聞いたのですが・・・」
「えっ、そうなんですか?」
思わずレイリアも訊ねると、イルアは苦笑した。
「ええ。エルフィア様が相談した後で、歌姫自身からも相談を受けたらしいの。それで、保護をする目的で、二年の間、側室として過ごす事を了承したみたい。」
「・・・そうでしたか・・・」
「二年経ったら、歌姫はどうなるんですか?」
少し気になったので聞いてみた。
「問題があって側室から外されるわけではないから、以前と同じように生活出来る筈よ。・・・もしくは箔がついて求婚が殺到するかも知れないわね。」
「へぇ・・・そうなんですか・・・」
またしばらく、馬車の中は静かになった。
「・・・一軍はどうなる?」
ガイアスが、窓の外を眺めながらそう訊ねた。
「・・・まだ、決めかねているみたい。エルフィア様を将にするかしないかで、かなり揉めているみたいね。」
「・・・そうか。」
そう言った切りのガイアスに、イルアは少しおどけたように言った。
「精鋭部隊も足りないから、ガイアスにも声がかかったりしてね。」
途端、ガイアスは真っ直ぐにイルアを見据えた。
「ふざけてんのか?」
「・・・・・・」
イルアが、驚いて目を丸くした。そして、泣きそうな顔で笑った。
「・・・うん。ごめんなさい・・・」
ガイアスは静かに言う。
「俺に新たな剣を与えたのは、お前だろう、イルア。」
「・・・うん・・・そうね。」
俯いたイルアは、きっと、泣いていたのだろう。
四人は、静かに外を眺めていた。
——数日後。
精鋭部隊の家族に遺品が届けられた。死因は、ザクラスの独断による、魔獣討伐だった。全員が命に代えてその魔獣討伐を成し遂げた、という事になっていた。ヴィトがつけた爪痕が、その証拠にされていた。
その説明に、納得などしていないに違いない。けれど、遺品を届けたエルフィア達を見て、あまりの憔悴ぶりに追求を諦めたようだった。
第一軍の編成と新たな将の選出は、今だ揉めに揉めているようだ。
エルフィアを将に、と押す者がいれば、女など将に相応しくない、と声高に言う者がいた。エルフィア自身は沈黙を保っていた。
あの砦は、取り壊されたようだ。まるで暗闇を抱くようだったあの場所が、嘘のように明るくなったと、付近の民は喜んでいたという。
それから一ヶ月。
バルクス家では、以前と同じような、穏やかな日々が送られていた。
「おはよう、ヴィト」
「ああ、おはよう。」
二人で朝食の準備をしていると、ガイアスがぼーっとしながら席へ着く。
「はい、スープ。おはよう、ガイアス」
「・・・ああ、おはよう」
寝ぼけ半分のガイアスにもなかなか慣れて、じーっと見られても以前のように固まる事はなくなったし、恥ずかしくて身動きも取れない・・・という事もなくなった。
「じゃあ私、二人を起こしてくるね。」
「うん、頼むよ。」
いつも通りセティエスはもう起きていて、こちらへ来るだろうと思いながら足を進めるが、本人の部屋の前まで来ても出てくる気配がない。
(あれ・・・?珍しいな。セティエス様・・・寝坊?)
そう思いながら扉を軽く叩く。
「セティエス様、おはようございます。レイリアです。」
入って、と声がして、レイリアは恐る恐る扉を開けた。
「失礼します・・・」
顔だけ覗かせてみると、セティエスはもうしっかり着替えていて、おいで、とレイリアを手招きした。
(・・・?ちゃんと起きていらっしゃるし・・・どこも不都合はなさそうだけど・・・)
「どうかされたんですか?」
扉を閉めるように言われて、しっかり閉めてから近寄ると、セティエスは身を屈めてレイリアに耳打ちした。
「実は、三ヶ月後はお嬢様の誕生月なんだ。」
言いながら、レイリアが驚いて大きな声をあげないように、すかさず口の前に指を立てて、しー、とやってみせる。
「・・・そ、そうなんですか!?」
食い付いたレイリアに、にっこりと笑ってみせる。
「その日までに、お嬢様へ贈るものを、一緒に選んでもらえないか?」
「わ、私で宜しければ喜んで!」
拳を握って喜ぶレイリアに、セティエスは柔らかく微笑んだ。
「私もお嬢様についていなくてはならないから・・・そうだな。次の休みに、買い出しついでに出かけようか。」
「はっ、はい!」
満面の笑みで頷くレイリアを見つめて、セティエスは軽く頷いた。
(イルア様の誕生日・・・!何を差し上げたら喜んでいただけるかなぁ・・・)
朝食を食べている間、レイリアはにこにこしながらそんな事を考えていたら、当のイルアに不思議がられてしまった。
「なあに、レリィ。何か嬉しい事でもあったの?」
「あっ、い、いえ!その、あったというか、あるというか・・・」
「なーに?気になるわねぇ。」
「ええと、内緒です。」
「・・・気になるわねぇ」
にっこり笑って首を傾げるイルアに、えへへ、と笑ってレイリアはごまかす。そんな二人を見て、男三人は密かに笑ったのだった。
「で、何を隠してるの?」
朝食の片付けをしていると、思った通り、ヴィトがそう訊いてきた。レイリアは嬉しそうに笑って答える。
「うん、あのね・・・」
「駄目だよ、レリィ。」
言おうとしたところでセティエスに声をかけられた。
「あ・・・」
「セティエス様。・・・セティエス様と隠し事ですか?」
ちょっと意外そうに目を丸くしたヴィトに、セティエスはくすりと笑った。
「ヴィトならすぐに分かるだろう。来月の事だ。」
「来月・・・?・・ああ、あの事ですね。」
ヴィトはすぐに納得して頷いた。
「そういう事だ。今年も色々な方から贈りものが届くだろうから、対応を頼む。」
「ええ、心得ております。」
ヴィトは苦笑しつつも頷いた。どうやら毎年何かあるようだ。
「・・・あんな事があったからな・・・今回は少しでも安らいでもらいたいものだ。」
セティエスの言葉に、レイリアとヴィトは顔を見合わせた。きっと、ガイアスも同じだろう。
「よし!私、頑張ります!」
「俺も、頑張ります。」
三人で笑い合って、セティエスがほら、と二人を促した。
「さあ、まずは今日の仕事を頑張ってくれ。」
「「はい!」」
元気よく返事をしてそれぞれの仕事に取りかかった。
季節は秋。国のあちらこちらで、春を迎える祝福の準備がされようとしていた。
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