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風の歌声  作者: 沢凪イッキ
本編
11/23

第十一話 宵の羽ばたき


 夕暮れにバルクス家へ戻った四人と一頭は、リュミエルを騎獣舎へ戻し、五人で夕飯と湯浴みを済ませてから居間へ集まった。花のお茶を口に含むと、心がすっと爽やかに洗われるような気がする。


 円形の大きなソファにイルアを中心に四人は座り、主が話し出すのを待っていた。


 セティエス、ガイアス、ヴィトはなんとなく何を話されるのか分かっているようだが、レイリアには分からない。そわそわとその時を待っていると、静かに息を吐いてから、イルアは話しを切り出した。

「さあ、今日は殿下から直々に命も下った事だし、レーヴェの仕事について話をしようと思います。」

 しん、と静まり返った空間で、レイリアだけが何も分かっていなかった。

「以前から殿下と相談していたのだけれど、この間我が家を襲撃してきた奴らの飼い主・・・やっぱり城内の関係者がレーヴェの事を執拗に調べていたみたいね。そいつが何故か私の尻尾を見かけたみたい。」

「しかし・・・レーヴェに関する会話は、誰にも聞かれていない筈では?陛下や殿下の従者も、その時ばかりは近寄れない筈ですし・・・」

 話がよく分からないレイリアは、邪魔にならないように懸命に話しを聞いた。

「それがね・・・噂でしか聞かないレーヴェを陛下が頼りにしているって、どこかで聞いたみたいなのよね。」

 その言葉に、セティエスとガイアスが生暖かい目になった。

「・・・ぽろっとこぼしたのはご本人では?」

 セティエスの冷たい言葉に、ガイアスが頷いた。

「それでレーヴェが実在するって確信させたわけだな。」


 そこまで聞いて、レイリアは思わず口を挟んだ。

「レーヴェの事は、噂にはなっているんですか?」

 そう言えば、“イルアがレーヴェという顔を持っている事”、“それを王族とバルクス家しか知らない事”以外、レイリアは何一つ“レーヴェ”について知らないのだ。今更その事を認識して、レイリアは愕然がくぜんとした。

「そうだよ。」

 答えたのはヴィトだ。

悪魔の蜜(レーヴェ)という存在については噂されてる。それこそ、城に勤めている者なら誰でも知ってるんだ。けど、レーヴェが実在するのかどうかは誰にも分からない。そもそもレーヴェは、“影”みたいなものだからね。」

「・・・影?」

 その問いに答えたのはイルアだった。

「レーヴェは表に出るものではないし、誰かに正体を悟られてもいけないから。だから、レーヴェという存在は、無害な“影みたいなもの”だとしておくの。だから、皆噂しか知らない。それ以上を知る事が出来る者も、いないの。」

 素直にその言葉に頷くレイリアに、少し逡巡しゅんじゅんしてから、イルアは付け足した。


「・・・・・・その、ね。レーヴェの大きな仕事は・・・・・・暗殺、みたいなものなの。」

「・・・・・・!?」


 驚きのあまり目を見開き、言葉も出ないレイリアと、イルアは目を合わせる事が出来なかった。


 それでも、言わなければならないと思う。


「国内で起こる、表には出せない陰謀を阻止するのが役目なの。だから、その始末は・・・命を奪う、という形が、一番多いわ。」

「・・・・・・・・・」

 言葉の出ないレイリア。イルアも、そんなレイリアにつられるように黙り込んでしまった。 

 あとの三人も、口を挟めなかった。

 少しして、レイリアが深呼吸した。それに、イルアがぴくりと肩を揺らした。

 

 セティエスにしてみればこれほど珍しい事はない。今まで、レーヴェという仕事をすんなり受け入れていたからなのか、イルアは誰かを特別気にする、という事がなかった。どこまでも淡白で、感情移入を自然としないのだと分かった。

 それが、レイリアとなると全く違う。初めて会った時はいつも通りだったのに、屋敷に戻ると残念そうに呟いたのだ。

『あの子、もう会えないわよね・・・』

 そんな事を言うのは初めての事だった。


 そして、今この状況だ。イルアはレイリアに、嫌われる、いとわれる事に怯えている。対してレイリアは、静かに深呼吸をした。それだけの動作に、イルアが肩を震わせていた。

(お嬢様・・・レリィは貴女の事を、本当に慕っていると思いますよ。)

 セティエスは声には出せないが、そう心の中でイルアを応援する。



「イルア様。」


 レイリアが、この時ばかりは凛とした声を発した。イルアがはっと顔を上げる。セティエス達も思わずレイリアを見つめた。レイリアは、真っ直ぐにイルアを見つめて、小さく笑った。

「イルア様が人を殺さないといけないなんて・・・どう考えても悲しいです。出来るなら、やっぱり止めて頂きたいです。」

「レリィ・・・それは・・・」

 苦しげな顔のイルアに一瞬、泣き顔になったが、レイリアは頑張って笑った。

「皆もそうです。でも・・・皆がやると決めているなら、私は・・・」


(笑って言いきって、イルア様を安心させてあげなきゃ・・・)

 そう、思ったのに。


(泣いたら不安にさせちゃうから、笑ってあげないと・・・)

 そう、決めたのに。


(・・・っ、笑わないと・・・)

 ぽろり。一粒零れただけで、レイリアの決意は消えてしまった。笑おうとしても泣き顔になるだけで、止めようと拭っても拭いきれなかった。

「レリィ・・・」

(ああやっぱり、不安にさせてる・・・)

 けれど、もう涙が止められない。そっと頬を包んだ手が震えている。それに、少しでも何かしないと。そう思って、レイリアは捲し立てた。


「わ、私は!」

 皆が驚いてレイリアを見つめる。

「側に、います!・・・皆がいて、いいって言うなら、私は、皆のする、事を・・・受け入れ、ますしっ・・・!仕事、した、後だって!・・・一緒に、います!・・・いたいんです・・・っ!皆と!」

 尚も見つめる皆に向かって、レイリアは小さな声で泣き叫んだ。

「好きなんです・・・!皆が・・・!」


 その場にいた誰もが、動けなかった。小さな声で叫ばれた、強い言葉に、打たれて。




 暗殺みたいな事が仕事だと言われた時。レイリアは目の前が真っ暗になるような気がした。

 だって、レイリアとは住む世界が全く違うのだと、分厚い壁を見せつけられたような気がしたからだ。

 レーヴェという存在だと明かされた時は、ああ、隠さなければいけない仕事があるのだな、とは思った。けれどそれは、ぼんやりとしたものだったのだ。そう。誰かの自伝で読んだような、ちょっとドキドキするお話。けれどイルアから仕事の内容を聞いた時、それが幻想なのだと思い知った。


 自分の考える世界はなんて甘いんだろう。

 イルアは、生きるか死ぬかの毎日を過ごしていたのだ。

 レーヴェという役割さえなければ、穏やかで優しいままのお嬢様なのに。

 これはお話じゃなくて、目の前の現実なのに。


 そんな世界にレイリアを招いた事を、震えてしまうくらい怯えているのに・・・気付かない自分にどうしようもなく殴りたい気持ちになる。



 ぐっと握りしめたレイリアの手に、いち早く気付いたのはヴィトだった。

「レリィ、そんなに握りしめたら駄目だよ。」

 イルアがはっとしてその手を取った。

「レリィ・・・ありがとう・・・」

 はっと上げられた顔は、捨てられるのを予期しているようで。イルアは思わず抱きしめていた。

「イルア様・・・?」

 震える声で名前を呼ばれると、イルアは嬉しくて微笑んだ。

「すごく嬉しいわ、レリィ!」


「・・・っ!」

 その瞬間、イルアは縋り付かれて驚いた。こんな事は人生初体験だ。そして、耳元で叫ばれる。

「大好きです!イルア様!」

 ぎゅうぎゅう締め付ける腕が苦しいのに、イルアは負けないようにさらに抱きしめて言った。

「私も、大好きよ。」

「・・・離れないで下さい・・・っ」

 必死の言葉に、思わず笑ってしまった。

「それって可笑しいわ。・・・私の言葉なのに。」

「えっ・・・?」

 きょとんと顔を離したレイリアに笑いかけると、後ろにいたセティエスが確かめる為に言葉を紡いだ。

「けどレリィ。・・・血まみれで帰ってくるかも知れないよ。」

 ごくり、と唾を呑み込み、レイリアは声が震えないように懸命に答えた。

「・・・お迎えします。」

「怪我をして帰る事もあるんだ。」

「・・・・・・」

 少しだけ青ざめたレイリアに、セティエスは笑うしか出来なかった。

「・・・きっと、すごく怖いよ。」

 その言葉に、レイリアはさっと言い返した。

「怖くても、お迎えします!」

 少し怒ったようにも見えるレイリアの剣幕に、さしものセティエスもたじろいだ。それを見たイルアがほくそ笑んだ。

「・・・セティったら意地悪ねぇ。レリィがそれだけで避けるわけないじゃないの。」

 言われてセティエスが言い返す。

「先程まで怯えていたのは、お嬢様ではないですか。」

「あら、なあに?セティがそんな風に言い返すなんて初めてよね?」

くすくすと楽しそうに笑い始めたイルアを囲んで、全員が面白そうにセティエスを見ていた。

「はあ・・・さてはいつもの仕返しですね・・・。」

「なんの事かしら?」

にっこり笑うイルアはやはり、温和なお嬢様でしかないのだった。





 その後行われた会議では——。レーヴェを狙っているのは、エルフィアの上司である、第一軍の将だという事が明かされた。特攻部隊である一軍の将が、何故レーヴェを狙うのか・・・それは、なんでも噂のレーヴェが実在すると、陛下をしいする事が出来ず都合が悪いからだとか・・・。

 つまり彼は、簒奪さんだつを狙っていたのだった。


「犬が部下を狙ってるって言ってたのよね?」

「はい・・・けど、イルア様。それを仰ったのはルセ様ですよ?」

「ああ、それね。」

 くすり、と楽しそうにイルアは笑った。

「“犬”っていうのは兵士という意味。その後に続く“優位に立つ”は上の位を奪い取るという意味。そして,“部下”はレーヴェの事よ。・・・今回はね。」

「今回は・・・?」

 首を傾げるレイリアは、まだ目が赤い。

「言葉の持つ意味は毎回異なるわ。状況が変わるから。それで・・・わざわざ“陛下”って言っちゃったら、万一誰かが聞いていたら困るじゃない?」

「なるほど・・・」

「それで、ザクラス様は何故今頃になって、王位を簒奪しようと?」

 ザクラスとは件の将の事だ。ヴィトがそう訊ねると、イルアは呆れたように苦笑した。

「・・・ほら、この間陛下に新しい御側室がついたでしょう?」

「ああ、確か美声と評判の歌姫でしたね。」

「歌姫って、王城で歌う事を許された歌人うたびとの事ですよね!」

 目を輝かせてレイリアが言うものだから、セティエスは思わず微笑んでいた。

「ああ、その歌姫だな。それで、それとどう関係が?」

 訊ねたセティエスの横で、ガイアスが嫌そうに顔をしかめた。

「それがね・・・。もう十年程、惚れ込んでいるそうなの。」


「「「・・・は?」」」

「そんな事か・・・」

 ガイアスが深いため息を吐いた。


「ようするに、十五の歌姫に十年間惚れ込んで、ここまできた、と。」

 イルアが殊更単純に言うと、セティエスの目が冷えた。

「ザクラス様は惚れ込んだ女性を手に入れる為に、陛下を弑すると?」

「そうみたいね・・・」

 イルアは若干遠い目をしてそう答えた。

「・・・で。簒奪するにはある程度の武力が必要よね。使おうとしているのはもちろん自軍の兵なのだけれど・・・」

 そこでヴィトが首を傾げた。

「陛下を弑するのを、一軍全体が賛成するとは思えませんが・・・?」

「そう。その通り。むしろそんな話したらエルフィア様が、“不敬だ!”って言ってうっかり殺ってしまいそうよね。」

「うっかりなんですか?」

 暗に違うだろうというヴィトの突っ込みは、いつもの通りに流される。


「でね。ザクラス様・・・一軍の精鋭部隊の食事に薬を盛ってるみたいなのよね。」


「「「え?」」」

 驚く三人の横でセティエスは頷いた。

「なんでも食後に菓子が振る舞われるようになったらしく、いつもザクラス様が“欲しいか?”と問うと、全員が目の色を変えるのだとか。・・・依存性の高い薬なのでしょうね。その菓子はいつもザクラス様が鍛錬場に持ち込むらしく、給仕の者達も触れられないのだそうで。以前、あまりに美味しそうだからと盗み食いしようとした給仕が、見つかって殺されるかと思う程激しく怒られたのだとか。」


「「「・・・・・・」」」


 黙り込む三人を苦笑しながら見回して、イルアは続きを口にした。

「エルフィア様は甘いものがお嫌いだから、食べる振りして捨てていたらしいの。」

「そんな事していいんですか?」

 ヴィトの発言をさらりと無視して話しは続く。

「そうするといつも食べにくる子犬がいてね。その子が日に日に必死にお菓子をねだるようになって、その為ならなんだってするようになってしまったのですって。」

「・・・何をさせたのか少し気になりますね・・・。」

 呟いたヴィトの横で、レイリアはうんうん、と頷いた。

「それを陛下に相談されたのが、事の始まりという訳ですね。」

「そうなのよ。」

 頷いたイルアが、ふー、と息を吐き出した。

「・・・今回は簒奪の阻止だし、相手は正気を失いかけた一軍精鋭部隊よ。」

「「「はい。」」」

三人が居住まいを正してそう応える。それに、イルアが顔を上げて命じた。

「その命を失う事、レーヴェは許さぬ。」

「「「はっ」」」

 三人は命じられると、椅子から立ち上がり、一糸乱れぬ動きで片膝をついて礼をした。さながら騎士のように。


 それににっこり笑って、イルアはぱん、と両手を合わせた。

「さて、それじゃあまずはザクラス様をどこかへおびき寄せないとね!」

「イルア様!」

 さくさく話しが進められそうな気配に、レイリアはここだ!とばかりに叫んだ。

「あら、どうしたの?レリィ。」

 きょとんとするイルアに勢い込んで言う。

「私に出来る事はないですか?」

「・・・・・・」

 きっと、レイリアがそう言い出す事は予想していたのだろう。イルアはとても柔らかく笑って、レイリアの両手を取って握った。

「あのね」

「・・・はい。」

 しっかりと目を合わせて、イルアは微笑む。

「レリィには、ここで待っていて欲しいの。」

「・・・・・・」

(やっぱり・・・手伝える事なんてないよね・・・)

 分かってはいても、言われてしまうと落胆してしまう。

「ここで、私たちを迎えて欲しいの。」

「・・・?」

 落とした視線を上げると、イルアがにっこり笑っていた。

「何度経験したって、こういう仕事を終えると心が痛む。・・・そういう時、レリィに迎えて欲しいのよ。」

 そう言ったイルアは、僅かに、本当に僅かにだが、泣きそうなのを堪えているように見えた。

「・・・・・・」


 レイリアは少し考える。自分に出来る事。望まれている事。そして——。

「・・・はい、イルア様。」

 やりたい事。

「皆が帰ってきた時は、めいっぱい抱きしめますね。」


 こういう仕事は手伝えないけれど、寄り添って欲しいと言われれば、いつまでだって寄り添える。そう思うと、自然とにっこり笑い返していた。

「・・・じゃあ、今回から出発の時はレリィを抱きしめる事!これは決定事項よ。」

 微笑ましく二人を見ていたセティエス、ガイアス、ヴィトは、イルアの宣言にかなり動揺した。

「「はあっ!?」」

「お嬢様・・・お二人がするのはいいのですが、私たちは・・・」

「決・定・です!」

 きっぱりと宣言され、三人は押し黙った。なんとも言えない沈黙が流れる。

「・・・・・・あ、あの、イルア様」

 言いかけたレイリアの言葉を遮って、イルアは言い切る。

「計画実行までまだ時間があるわ。それまでに心の準備をするのね。」

 そしてレイリアに振り返る。

「さあ、今日はこれで解散よ!寝ましょうね。」

「え、あの・・・」

「じゃあおやすみ〜」

 すたすた去って行く主人を見送り、

「「「「・・・・・・」」」」

四人はいたたまれない時間を過ごした。







 それから二日間。レイリアは変わらない生活を送っていた。


 起きたらまずは洗濯だ。

 そして、すでに朝食の準備をしているヴィトを手伝う。


「ヴィトはほんとに料理上手だね。誰かに習ったの?」

 スープをかき混ぜながらそう訊ねると、ヴィトは隣で卵焼きを作りながら答えた。

「料理はセティエス様のご実家の、料理番の方から教わったよ。」

 その頃を思い出して、ヴィトはくすくす笑った。

「その方は女性なんだけど、料理にもの凄く情熱がある人でさ。」

「へえー、料理が大好きだったんだ。」

「そう。だから教わるのが大変だったよ。」

 ひょい、と卵焼きをひっくり返す。その技もレイリアには出来ないから、羨ましい。

「味も見た目も良くないと駄目。人に出す料理はなおさらだって毎日言われたな。」

「うー、私はその方に呆れられちゃうかもなぁ・・・」

「そんな事ないよ。俺が食べてたもの教えたら、“それはただの食材であって料理ではありません。”って言われたんだから。」

「それって、そのままかぶりついてたって事?」

 笑いながらそう聞くと、ヴィトは卵焼きをお皿へ移しながら答えた。レイリアもスープを取り分ける。

「そう。俺はちょっと特殊な出でさ。・・・まあ、言ってみれば猟師したいなものだったから。」

「へえ、そうなんだ。」

 ヴィトの出自を聞いてちょっと驚く。今ではこんなに上品に見えるのに、意外だ。

「そう。レリィはそんな事ないだろ?」

「・・・うん、さすがにかぶりつく事はなかったよ。」

 人数分のナフキンを並べて、出来上がったものを並べていく。

「さあ、レリィは起こしに行ってくれる?」

「はーい。」


 元気よく返事をして廊下に出ると、すぐそこにガイアスが来ていて、案の定ぶつかった。

「わっ!」

「!」

 相変わらずまだ寝ぼけ半分なものの、ガイアスは倒れそうになったレイリアを抱きとめた。

「・・・あ、ありがとう。」

「・・・・・・」

 目が覚めるまでの間、ガイアスは目が合うとじーっと眺めてくる。それが、毎回恥ずかしい。いたたまれない。

「あ、あの・・・もう大丈夫だから・・・」

 とても目を合わせていられないので、視線は外しておく。言われたガイアスは素直に、しかしゆっくりとその手を離した。ほっとして、気を取り直して挨拶する。

「あの、おはよう、ガイアス。」

「・・・・・・ああ、おはよう。」

 目覚めないガイアスにちょっと笑ってしまって、レイリアはそのままセティエスの部屋へ向かった。


 部屋の前までくると、やはりセティエスが出てくるところだった。いつもながら、朝からきちんとしている。

「おはようございます、セティエス様。」

「ああ、おはよう、レリィ。」

 にこりと微笑まれるのにも慣れず、毎回顔が赤くなってしまう。

「えっと、イルア様を起こしてきます!」

 ぺこりと頭を下げて走り去る。それを見送ってセティエスが笑うのも、いつもの事だった。


「イルア様、おはようございます!」

 部屋の外から声をかけると、いつものように、入って、と言われる。

「失礼します。」

 断ってから部屋へ入ると、イルアが不敵に微笑んだ。

「今日はやっと罠を張り終えると思うわ。そうなれば明日はいよいよ決行よ。」

「・・・!」

 ぎくり、と身体が強ばる。それを見て、イルアはふわりと微笑んだ。

「・・・レリィが待っていてくれるなら、私達は必ず無事に帰ってこられるわ。」

 そう言ってレイリアを抱きしめた。レイリアも、イルアを抱きしめ返す。

「はい。お待ちしていますから、必ず無事に帰ってきてください。」

 ぎゅうっ、と抱きしめて、二人はするりと腕を離した。

「さ、じゃあちゃんと朝食を食べていかないとね!」

「はいっ!」

 笑い合って共に部屋を出る。食卓にはすでに準備がされていて、三人が迎える。

「おはようございます、お嬢様。」

「おはようございます、イルア様。」

「おはよう、イルア。」

 それぞれに挨拶があって、皆で席につく。

「それじゃあ、頂きます!」

「「「「頂きます」」」」

 バルクス家の朝食は、今日も賑やかだった。







 ——その日。イルア達はザクラスに、“レーヴェは子城の一つである砦を隠れ家にしている”という噂を信じさせる事に成功した。そして、明日、そこへ現れるらしいという事も。

 明日はいよいよ実行の時だ。城内の不祥事である為騒ぎにしてはならず、事は速やかに、かつ静かに処理しなくてはならない。


 第一軍の精鋭、おそらく二百に対し、こちらは四人。いくらレーヴェとはいえ、少しの油断も手加減も、躊躇いも許されない。


 まさに命がけの戦い。・・・両者は息をひそめて時を待つ。




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