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風の歌声  作者: 沢凪イッキ
本編
1/23

第一話  風の誘い

句読点の位置がところどころ変です…。ご了承ください。

 それは本当に偶然だった。


 というよりはむしろ奇跡だったのかも知れない。

 こんな贅沢が許される日がくるだなんて…。


 まさに、夢のようで。けれど、現実だなんて。


 こんな幸せな事が、あっていいのだろうかと不安になる。

 いつまで続くのだろうと、考えて不安になるけれど。


 死ぬまで続くようにしましょう、と笑う人がいる。

 そんな大袈裟な、と呆れる人がいる。


 こんなささやかな、けれどもこれ以上ない程の贅沢。


 私は、そう感じて初めて、生まれて来て、生きていて良かったと心から思った。

 これも、かなりの贅沢。



ーー願わくば運命の女神よ、どうか気が変わりませんように。





 空晴れ渡る季節。とある国のとある町。父、母、兄、妹という家族があった。


 兄は大変賢い人で、十六で働きに家を出た。

 妹は一般的に言えばなんの取り柄もない、というよりはむしろ、人よりも良く言えばのんびり、悪く言えばとろい娘だった。人より出来る事も少なく、なので出来る仕事もあまりない。

 父は堅実が取り柄でそこそこの仕事を頂き、母はじっとしていられない性格で色々な情報を把握しているような人だった。


 そんな両親から離れ、娘は町の外れの小さな花屋兼喫茶店で働いていた。

 両親と兄には随分心配されたが、なんとかやっている。

 きつい仕事がない代わりに給金は少ないが、それで食べていけない事はない。

 特に容姿に気を遣う性格ではないし、目新しいものが好き、というわけでもなく、手にした給金に不満を持つ事もなかった。

 まあ、町を歩いているとどうしてもちょっと高級なお菓子が誘惑の香りをぷんぷんさせているので、そういう点では、財布の中身とにらめっこする事もあった。


(でも…ちょっと我慢して食費を切り詰めれば買えない事もないし、意外と贅沢出来てるのよねぇ私…) 


 そう思って一人浮き立つ。

 小さな子供と目が合って、お互いに嬉しくて笑う。

 そんな事で幸せを感じ、満足出来る娘だった。



 その日は仕事が休みで、娘は売り物の花の様子を見に、店の花畑へ向かった。咲き誇る花畑の中へ、柵の扉を開けて入る。大きな籠を出入り口に置いて、娘は花畑の中を進んでいく。

「良く育ってるなぁ…!ここの土がいいのか、おばさんの育て方がいいんだわ。」

 店の主人を、娘は親しみを込めて“おばさん”と呼んでいる。

 娘よりも先に店で働いていた同僚がそう呼んでいたからでもあるが、その名前で呼ぶ事にとても親しみを感じるのだ。

「花束が作れるように刈っていったほうがいいのよね。」

 以前言われた事を思い出し、組み合わせを選びながら何本かずつ刈り取っていく。

 籠いっぱいに刈り取ると、日が少し傾いていきていた。


「まあこんなもんか。今日ってお休みなんだけどな…」

 そう言いつつも、全く嫌そうでないのは、やはり彼女がこうした作業が好きだからだろう。大きな籠を両手で持ちつつ、柵の扉を体で開けた時だった。


「!?」


 さっと大きな影が向かってきたのだ。咄嗟の事で、身動き一つ取れなかった。

「……ん…?」

 影は、少し離れたところでこちらの様子を伺っていた。

 大きいと思っていたが、こうやってまじまじと見るとそう大きくはなかった。

 自分よりもかなり巨大に思えた獣は、目線が自分よりも下にある。

 二本脚で立てばまた違うが、思ったより小さくて若干ほっとする。

 豹柄の、美しい獣だった。


「わあ…綺麗!」

 思わず籠を地面に置き、獣が逃げないように慎重に籠より前に出て、様子を伺う。

 獣は宝石のような美しい緑の瞳を瞬き、踞るようにして、じっとこちらの様子を伺っている。

「うわあ、綺麗…!綺麗ねぇ、君…」

 興奮してしまって、行動は抑えられても言葉は抑えられない。

 彼女は慎重に、一歩ずつ足を進める。正面からでは逃げてしまうだろうから、少し斜めからアプローチしていく。

「もしかして野生?まさか誰かに飼われてるわけじゃないでしょう?」

 じりじりと近付いている間も、獣は大きな瞳でじっとこちらを見て、時折不安気に尾を揺らしている。

「でもすっごく毛艶がいいのね。やっぱり誰かにお手入れされてるの?」

 触れてみたい、撫でてみたい、とはやる気持ちを抑え、彼女は徐々に距離を縮めていった……その時だった。


「っ!」

獣の耳がさっと後方へ動いたかと思うと、次の瞬間には彼女目掛けて跳躍してきたのだ。


(何!?)


 とっさに頭を庇ってしゃがみ込むも、獣はひらりと後方へ着地し、彼女を一瞥すると走り去ってしまった。

「………あーあ残念…。もうちょっとで側までいけたのに…!」

 がっくりと、尻餅をつくようにして座り込み、溜め息をつく。

「あーあ……触りたかったなぁ…」

 そうごちていると。

「!?」

 またもや大きな影がさっと現れた。

 思えば花畑は林の隣にあり、どうもその林から、先程の獣も出て来たようだ。


「……………」

 今度はなんだ、と思って見ると、いかにも明朗、という雰囲気の少年が立っていた。 

 え、人?と思う彼女同様、少年もぽかんと彼女を見ていた。しかし、すぐにはっとした様子で、足下を注意深く見やる。

(…何なに?どうしたの?)

「………やっぱり来てる…」

 そう呟くと、少年は慌てて走り寄ってきて、彼女を助け起こした。

「え、え?」

「大丈夫ですか!獣に襲われでもしましたか!?」

 意外にも力あるんだな、と思いつつ、慌てている意味が分からずに首を傾げる。

「ありがとうございます。…でも襲われてはないですよ?」

「怪我は!?」

 本当に心配してくれているのだろうが、彼女には理由が分からず、困惑するばかりだ。

「ないですよ?ちょっと座り込んでただけですから。」

 それを聞いて、少年はようやくほっとしたようだ。

「良かった……あの、でも、ここに獣が来ていましたよね?」

 何か必死な様子に、彼女は真摯に頷いた。

「ええ。白い毛並みに濃い茶の斑模様の、緑の目をした綺麗な獣でした。」

「…………」

 言った途端、少年は困惑気味に訊ねた。

「………その、本当に怪我はないんですか?」

 そう訊ねられて、彼女はさらに困惑する。

「ええ。ありません。」

「……襲われかけたとか……」

「いいえ?多分貴方が追いかけて来たのを知って、慌てて逃げたんだと思いますよ。その時に私を飛び越えていっただけなので、怪我もないんです。」

「…………」


 黙ってしまった少年を見て、彼女はある事に思い当たって期待を込めて聞いた。

「あの、もしかしてあの子のご主人ですか?」

「は?…あ…いや、俺ではないですが…俺の主人が…」

 何故か歯切れ悪くそう答える少年に、彼女は嬉しそうに手を合わせて飛び跳ねた。

「やっぱり!それであんなに綺麗だったんですね!すごい!」

「え…?」

 唖然とする少年の様子も意に介さず、彼女はうきうきしている。

「あの獣ってあまり飼われてないですよね!珍しい!素敵!」

「あ……はぁ…」

 少年は困り果てたように苦笑いをした。

 その後ろから、がさがさと草木を掻き分ける音がして、二人ともはっと林を振り返る。

 すると、こちらは優美な立ち振る舞いの青年が現れ、その青年に手を惹かれ、まさに上品そうな女性が現れた。


 見るからに彼等の主人はその女性だ。

 白く華奢な体に、つつしまやかな雰囲気を醸し出す服。青みがかった銀髪は片側に上品に結われていた。

 その側に立つ青年もこれまたつつしまやかな雰囲気の服に、若干威厳を感じる。こちらも白い肌ではあるが華奢な印象はない。琥珀の瞳は穏やかでいて芯を感じられる。

 その二人が佇んでいる様は、まさに絵の様だった。


「お嬢様、足下にお気を付け下さい。」

「ええ、大丈夫。まあ、こんな恰好で追いかけるものじゃなかったわね。」

 確かに、林から出てくるのには不思議な恰好だ。というか、その恰好で林を歩いていたと考えるとかなりおかしい。

 とはいえ、女性は高貴な印象によらず、気さくな人のようだ。

「ヴィト、そちらの方はどうされたの?」

 女性がそう言うと、少年がさっと女性の近くへ行って娘を振り返った。

 少年はヴィトという名前らしい。

「その…どうもリュミエルがここへ来たようなのですが…襲われたりはしていないそうです。」

「あら!それは良かったけど…不思議な事もあるのねぇ…」

 そう言って女性は娘を見て、にっこりと笑んだ。同性でも魅了されてしまう、柔らかい笑みだ。

「怪我もないようで何よりです。私はイルアと言います。貴女のお名前は?」

「えっと……私はレイリアです。」

「レイリアね?私のシレイがご迷惑をかけたみたいで、ごめんなさい。」

「シレイ…ですか?」

 首を傾げるレイリアに、イルアは優しく笑った。

「あの獣の事よ。シレイというの。私がつけた名前はリュミエルよ。よろしくね。」

「あ、こちらこそよろしくお願いします。」

 あの獣とお近づきになれるかも!という淡い期待も込めてお辞儀する。と、イルアの笑う気配がした。

「怖くなかった?」

「はい、全く!すごく綺麗で感動しました!」

 その台詞に、イルアに付き添っていた青年が驚いたようだった。

「……ともすれば、リュミエルの毛並みが良い、と褒めて下さいましたよ。」

 そうヴィトが言うと、イルアは嬉しそうに笑う。

「あらそうなの!それはありがとう。でも実はね、お世話は別の人に任せてあるの。人から頂いた子なんだけれど、私は動物のお世話ってした事がなくてね…。だから今のはその人に伝えておくわね。」

「あ、はい!是否お伝え下さい!」

 感動のあまり少々やかましくなってしまったが、イルアがあまり気に留めていないようなので安堵する。

(やさしそうなお嬢様……気さくだなぁ…)


「お嬢様、肝心のリュミエルは逃げてしまったようですが……如何なさいますか?」

 イルアの側に佇む青年がそう言うと、イルアはそうだったわね、と笑いを引っ込めた。

「もう仕方ないわ。こうなったらヴィトに捕まえて貰いましょう!」

 イルアがきっ、とヴィトを見据えると、ヴィトはぱちくりと瞬きした。

「いいんですか?」

「だって…無理じゃない?野生に返してしまったら問題だし、今度あの方が訊ねていらした時に困るもの。」

「…………」

 ぼそ、と何事かヴィトが呟いたが、誰の耳にも届かなかった。

「ではヴィト。お嬢様のご命令だ。リュミエルを捕らえて連れ戻すように。」

「…かしこまりました!」

 ヴィトはさっと一礼すると、風のような速さでリュミエルを追いかけて行った。


(…すごっ…はや!!)

 唖然として、しばらくヴィトが消えて行った方を眺めていると、イルアがそっと近付いてきた。

「レイリア、本当に怪我がなくて良かったわ。」

(あ、また……)

 あまりに心配されるので、レイリアは聞いてみた。

「あの…そんなに危険なものなんですか?」

「うーん…」

 イルアは困ったように苦笑いをした。その様も愛らしい。

「うちでは誰にも懐いていないの。本来誰にでも懐くっていうものでもないみたいだけどね。でもうちにいる時はね、お世話してくれている人に噛み付くわ引っ掻くわで。誰が行っても気に入らないみたいなのよね。私やセティが近付いても怒ったりはしないんだけど、触らせてはくれないのよねぇ……」


(セティって誰だろう……というかそんなに懐かないようには思わなかったけどな…)

レイリアが一緒に首を傾げていると、側にいた青年が声をかけてきた。

「…レイリア様。」

(…えっ!?)

 慣れない呼びかけに思いっきり動揺してしまう。

「リュミエルは貴女に対し、如何でしたか?唸ったり、警戒する素振りは?」

「えっと……特には。距離は置いてましたけど、結構近くに…」

 言いながらイルア達から若干の距離を置く。

「これくらいまで近付いても、あんまり警戒してないみたいでしたよ?」

「………そうですか…」

 青年は軽く頷いた。

「まあ慣れてくれるまで待つしかないわね。」

「…しかし、その前にガイアスが激怒してさらに懐かなくなる…という可能性もありますよ。お嬢様。」

(ガイアスって誰だろう?…あ、あの子のお世話をしてるっていう人かな…)

「うーん…そうなったら困っちゃうわね…。ガイアスで無理となると、うちにはあの子をお世話出来る人がいないものね…」


 うーん、と考えるイルアに、青年はそっと促した。

「その事はお屋敷に戻ってから熟考いたしましょう。如何ですか?」

「……そうね。ここで考えても仕方ないものね。」

 頷いたイルアを見て、青年も頷く。

 イルアはレイリアに顔を向け、微笑んだ。

「ではレイリア、私達はこれで失礼するわね。お騒がせしてごめんなさい。」

「いえそんな…リュミエル…さん?…に会えてとても嬉しかったです。」

 くす、とイルアは微笑んだ。軽やかな笑顔がまた、魅力的だ。

「リュミエルに“さん”は要らないわ。」

「あ、はい…」

 若干恥ずかしくて視線を逸らしてしまう。イルアはそんなレイリアに優しく言った。

「動物に敬意は必要でも敬語は必要ないわよ。」

「……はい」

 その言葉に、自然と微笑み返す。

「ではね、レイリア。」

「はい!お気を付けて…」

「ありがとう」

 イルアは軽く笑うと、青年に誘われてもと来た林へと歩いて行った。

(…林から出て来て林に帰ってくお嬢様って…滅多にいないよね。)

 そう思い、イルア達の姿が見えなくなってから、レイリアは少し笑ってしまった。

 



 それから幾度花畑へ行っても、案の定誰とも会う事はなかった。

 少し期待してはいたのだが、当然来ないだろうとも思っていた。

(一番期待するのはもちろんリュミエルだけど………あのお嬢様達にも、もう一回会ってみたいなぁ…。なんだか…どことなく安心する雰囲気なんだよね、皆さん…)

 そんな事を考えながら店番をしている。平日は客もそう来ないから、たまにこうやって、店のカウンターの後ろに座って、ぼーっとする時間がある。

(それにしても……綺麗な子だったなぁ…)

 リュミエルを思い出してうっとりしてしまう。


 艶やかな毛並み。宝石のような瞳。しなやかで力強い身のこなし。性格も過激ではなさそうだし、あんな獣が側にいたら、何時間でも見つめていられるだろう。

 それはもう熱心に、お世話だってしてあげたい。


(あのお嬢様も面白い方だったな…)

 イルアを思い出すと、綺麗な女性に対する憧れもあるのだが、それ以上に…何故か微笑んでしまう。

 いかにも上品で気品あるお嬢様なのだが、その性格はとてもさっぱりしているようだ。側に佇む青年も加わって、本当に上品なお嬢様に見えるのに、口を開けば高貴さがあっという間になくなってしまう。本当に気さくな人なのだろう。

(楽しそうな人。)


 そう思い巡らせ、レイリアは少し微笑んだ。

 いつかまた会う事があったなら。それだけでレイリアは、ずっと幸せな気分でいられるだろうなと思った。






 文字化けしている部分があるとご指摘頂きました。とりあえず棒線部分を打ち直してみましたが…文字化けや誤字等ありましたら沢凪までお願いします。

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