時計塔 【改】
2011年4月12日火曜日12時27分、僕は旧校舎にある空き教室で春の空気を満喫していた。
全開にした窓からは、春の暖かい風が入ってくる。春の風には他の時期の風からは感じることの出来ない優しさがあると思う。僕は春の風、春の空気がすごく好きだ。
窓の外には活力に溢れる春の風景が広がっていた。少し前まで満開だった校庭の桜からは真新しい葉が出始めている。
グラウンドを囲むように植えられた木も緑を取り戻し、力強く空に向かって枝をのばしている。
この時期の校庭はいつまで見ていても飽きないと思う。
僕が今いるこの空き教室は僕が学校の中で一番気に入っている場所だ。
この教室は生徒数の減少で使われなくなった旧校舎にあるため人がめったに来ることはない。新校舎やグラウンドからもある程度離れており、昼休みでもとても静かだ。
あまりに居心地がよかったので、家からポットやティーセットを持ってきて完全に自分の部屋にしてしまおうかとも考えたが、先生に見つかった時のリスクを考えて諦めた。鍵などは全く掛かっていないのだが、この校舎に入るのは一応校則違反だ。
誰も来ないとはいっても、少しはこういう面倒なことに気を配らなければいけない。それでも、校内でひとりゆったりと過ごすには最適の場所だ。
僕は昼休みはほとんどここで過ごし、放課後もここでひとりでいることが多い。
別に人との付き合いが嫌いというわけではないが、この場所はすごく気に入っていたし、教室でだらだらとくだらない話に花を咲かせるよりは、ここにひとりでいる方が自分のために時間を使っている気になれた。
この『自分のための時間』は僕にとってとても大きな意味を持っている。
なぜなら…………………………
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「カナタぁーー」
突然、大きく甲高い声が静寂を破った。
「ちょっとー、いるんでしょーっ!返事しなさい!」
声の主がドタドタと廊下を走ってくる。
この校舎は板張りだ。走れば床が軋んでかなりうるさい。せっかくの静かな昼休みが台無しだ。
「やっぱりいたー。まったく、またこんなところでぼーっと時間潰して!相当暇なんだね。」
僕の静かな昼休みをぶち壊した女の子は呆れるように言った。
「うるさいなぁ。僕は『自分の時間』を大切にしてるんだ。真姫こそなにしにきたのさ。」
「依頼が来ましたー。わかってんでしょ?」
「どうせそんなことだとは思ってたけどね。」
「ならさっさと準備しなさいよ。昼休み終わっちゃうわよ!」
「今からやるの!?昼休みくらい休ませろよっ!」
「向こうで休めばいいでしょ!それに私は放課後部活があるの。あなたと違ってちゃんと一般の生徒としての活動も真面目にしてるんだから。」
ホントにこいつは自分の都合しか考えてないな…。まあ人のことは言えないんだけど。
このまじでうるさい女の子は僕の幼馴染、柏原真姫。
美しい黒髪に大きな瞳、高校2年生にしては幼い顔立ちだが、成績も良く、所属している女子ソフトボール部では一年生の夏からすでにレギュラーの座を手に入れている。
黙っていればそれなりにモテるんだろうが、なにぶんこいつはうるさい。
「『時計塔』に入るかは僕の決めることだ。だいたい真姫はあの塔がある意味について真剣に考えたことがあるの?便利だからって適当に使ってちゃ…」
「いいから、いいから、ね、話は後で聞いてあげるから。とりあえず塔に入ろう?」
「だから!」
「………明日の数学の小テストの準備できてるの?」
「………あ」
「出来てないみたいだね。どうせノートも取ってないんでしょ?」
「………」
「これは、また、欠点で、補修かもね!」
「………」
「しかし、安心しなさい!優しい真姫さんが、かわいそうな幼馴染を、助けてあげましょう。」
「………」
「ただし、それは少年が、依頼をクリアするのを手伝ってくれればの話ですが。」
「わかったわかった!やります!やらせてください。だからノートを貸して………ください。」
「うむ。」
「はあ。で、『いつ』に行くんだ?」
「一年前。」
「中途半端な…。それ、塔に入らなくても処理できるんじゃない?」
「それはないわ。わたしたちに依頼するってことは、それなりの事情があるって事よ。」
「つまんないなあ。二桁いかないなんて…。」
「そんな事聞いてない。詳しい話は追々ね。さあ、行きましょう。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
僕は深いため息をつきながら制服のポケットを探り、ひとつの懐中時計を引っ張り出した。
僕の手の平にギリギリ収まるくらいの大きさで、金と銀で装飾されている。文字盤にはギリシャ数字で数字が振ってあり、目盛りには色々な色の鉱石がはまっている。裏面はガラスでできていて、なかの機構が見えるようになっている。大小さまざまな形の歯車が規則正しく動いていた。
自分で言うのはおかしいかもしれないが、本当に綺麗な時計だ。
まだゼンマイを巻く必要はなさそうだが、気持ちを切り替える意味で一回だけ巻いた。
ぎりっと音を立てて時計の中のゼンマイが動いた。
僕はそれを右手に載せ、前に差し出した。左手はしっかり真姫の手を掴んだ。
精神を集中させる。
頭に扉を開くイメージを描く。
重い扉が開いていくイメージ…。
教室が歪む。
輪郭がぼやけてくる。
すべてが白く発光し始める。
まぶしくて目を開けていられなくなる。
体が小さな粒子に分解されるような不思議な感じだ。
目の前に扉がみえてくる。
黒くて重厚な作りだ。
僕たちはその扉に吸い寄せられるように近づいて行く。
僕たちは不安定な形のまま扉を抜ける。
まず僕が、そして真姫が。
彼女がその扉を通り抜けると、重たいその扉はひとりでに閉まっていった………。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
気がつくと体はいつも通りの状態に再構築されている。もうあの不思議な感覚はない。
隣には真姫もいた。
少し気分が悪くなったのか、眠たそうな顔で頭を左右に振っている。
僕たちは長い長い螺旋階段の途中にいた。
その螺旋階段は上も下もずっとどこまでも続いている。
下覗き込んでも底は見えず、上見上げても天井は見えない。ただ濃い闇があるだけだ。
ここは『時計塔』。
時間を自由に移動できる不思議な塔だ。
はじめてこんなの書きました。難しい!まじ難しい!