手遅れ
「で、で、で?」
「いや、だからさ、怖いものっていうのは、人間の想像力には勝てないって話さ」
「うーん、よくわからないぞ。もう少し詳しく説明してくれ」
「簡単に言うと朝の占いってあるじゃん」
「うんうん、俺、めざましテレビ派」
「なんでもいいんだけどさ、ちなみに何座?」
「てんびん座さ、大塚さんと一緒なのさ」
「それでさ、1位だったら嬉しいじゃん」
「そりゃね、もう勢いついちゃうよね」
「ビリだったら凹むでしょ?」
「うん、がっくり。大抵ついてないこと多いし」
「けどさ、毎日の生活の中で、凹むことってたくさんあるじゃん。たくさんある中の、たまたまその時運勢が悪かったら、あ~やっぱり、って運勢のせいにしちゃってるのよ」
「なるほどなるほど。でも、さっきの怖い話と何がつながるの?」
「いやだから、人間の想像力がそういう付加価値をくっつけてしまってさ、それで怖くなるってことさ」
「まだわかんない。詳しくいうとどういうこと?」
「簡単に言うと、本村さんっているでしょ?」
「うん。辛い話だよね」
「俺はさ、あの話聞いてすごく怖くなったのよね」
「どうして?」
「うちにも奥さんとチビがいるからさ。あれから、ゴミ出しに行ったりするときもカギをかけるようにしたのさ。もちろん、俺が朝家を出るときもしっかりカギをかける。もし、かけそこねたその1回で何かあるかと思っちゃうのよ」
「おおげさだよ~!」
「そうかとも思うんだけど、そのたまたま一回が!って思うと怖くなるんだよね」
「言われてみればなぁ、わかるような気がする」
「そうやって人間の想像力の方がより怖くなるってことさ。血がビシャビシャ出るような映画はその場は怖いけど、作り物だって割り切れるじゃん」
「そうだね~でも、最近はあながち作り物じゃないよ」
「いや、そうだけどさ。でも、世にも奇妙な物語のテーマソングとか、聴いただけで怖くなるでしょ?」
「わかるわかる。デレレレ、デレレレレ、デレレレッテ、テレレレレーって奴でしょ?」
「そうそう。あれとタモリで充分お腹いっぱいだよね」
「あー、なんとなく言いたいことがわかってきたよ」
「そうか、良かった。でさ、じゃあどんな話が怖いのかってことに戻るよ」
「うんうん」
「やっぱり身近で想像できることが怖いんだと思うのさ」
「わかるけど。例えば?」
「うーんとね・・・例えば、地下鉄の連絡通路、あそこを歩いてるとするでしょ?」
「はいはい」
「丸井の横から、地上に出るまででもいいや。あそこを歩いてて、ふっと気付いたら、回りに誰もいないの」
「ちょっと遅めならありうるよね」
「それでね、ゾワッってきて、少し早歩きになるんだ」
「うんうん」
「でね、前から一人歩いてくるの」
「うんうん」
「見ると、腕がないの。左腕」
「おわーっ、なんかゾクゾクする」
「おばさんなのさ。40代くらい。でも、目の焦点とか合ってないの。どこ見てるかわかんない感じ」
「リアルな設定だなぁ」
「引き返そうにも引き換えしたら、なんか追っかけてきそうでしょ?だから、そのまま通りすぎようとするの」
「振り返るのもいやだなぁ・・・」
「でしょ?斜め45°見てさ。もう完全に視線合わせないようにして。通り過ぎようとしたら・・・」
「したらしたら?」
「何にもないの。普通に通り過ぎるの」
「えーーーーーー!がっくりだよーーーーーー!普通かよ」
「でもね、ぼそっと一言言うの」
「なんて?」
「もう手遅れだよ、って」
「うわぁ・・・また、ゾクッてきたんだけど」
「それで、ふと気付くと何にもなってなくて、普通なの。人とかいてさ」
「いやぁ、なんか嫌な感じだな」
「でしょ?ボディブローみたいでしょ~?」
「そうだね、当分地下街歩きたくないね」
「ははは、でも、もう遅いよ」
「何が」
「手遅れって言ったじゃん」
「へ?」
「手遅れって言ったじゃん」
「いや、言ったけどさ」
「聞いたでしょ?だからもう手遅れなのよ」
「何言ってるのよ~やめろよ、気色悪いなぁ」
「・・・だな。なーんて、ただの作り話だよ」
「いや、あせったぁ~やめれやな~」
「ま、何が言いたいかというと、人間の想像力ってを刺激すると怖くなるって話さ」
「もう怖い話はお腹いっぱいだよ」
「んじゃ、そろそろ終電だから帰ろうか」
「そうだね」
「あ、さっきの話は続きがあってさ」
「もうやめろよ」
「手遅れになる前に、他の人に話さなきゃならないのよ」
「いいってもう。んじゃ俺は帰るよ」
と、いう話をした帰り際に書いた日記でした。
手遅れになる前に。