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一之瀬澪は俺に惚れている。○か×か。 ―世界を知らない箱入りお嬢様が、ゴミ部屋で世界を好きになった1日―

作者: 仙道エイジ
掲載日:2026/07/24


 ピンポーン!


 ピンポンピンポンピンポーン!



 せっかくの休日の朝を、マシンガンのようなチャイムの連打がぶち壊した。



 ピンポンピンポンピンポーン!



 まだ寝ていたいのに、狂ったような連打は止まらない。


 ったく、どこのバカだ!?


「あのな! 朝からうるせえ……」


 ドアを勢いよく開けた俺は……途中で固まった。


「初めまして。突然、失礼いたします」


 そこに立っていたのはまるで、二次元から飛び出してきたような超絶美少女だった。


 透明感のあるベージュの髪。


 アメジストのような瞳がまっすぐに俺を見つめている。


 純白のワンピースに身を包んだ姿は、まるで等身大ドールか本物のお姫様だ。


 呆然としていると、お姫様は真顔でとんでもないことを口にした。


「単刀直入に申し上げますが――私と婚約していただけないでしょうか」


「……は?」


 電話をかけたら女神がやってくる漫画を昔読んだが、これは現実だ。


 となるとドッキリか?


 辺りをキョロキョロ見回すが、カメラは……なさそうだ。


「えっと、そもそもどちら様?」


「申し遅れました。私、一之瀬いちのせみおと申します」


「前にどこかで会った?」


「いいえ」


「じゃあ人違いだろ。俺は五流大学に通うただの貧乏学生だよ」


「いえ、間違っていません。サイコロを振った結果、この部屋に来ることが決まりましたので」


「サイコロ!?」


「はい。全ては運のままに」


 そう言って、小さなサイコロを取り出して見せてきた。


「あのさ。いいとこのお嬢様って感じだけど、そんな適当に婚約相手決めちゃっていいの?」


「むしろ最善手です」


「何か目的があるとか?」


「はい。目的は『不幸になること』です」


「ふ、ふこう……?」


 やばい。なんか怪しい匂いがする。


「私はこれまで、趣味、習い事、進学先、交友相手、何もかも両親に決められてきました」


「なるほど」


「逆に、私がやってみたいこと、興味のあることはことごとく禁止されてきました。何かを食べたいと言えば健康に悪いからと、習い事をしたければケガをすると。何をやるにも理由をつけて反対し、全てを否定されてきました」


 それまでまったくの無表情だったが、目元にわずかな怒りが混じる。


「そんな息苦しい家から脱出し復讐するため。私は両親が一番絶望するような、『適当に決めた男と勝手に婚約して不幸になる人生』を選ぶことにしたのです」


 あー、これ面倒くさいやつだ。


 顔は最高に可愛いし、親に反発したい気持ちはわからなくもないが、関わり合いにならない方がいい。


「目的は分かったけどさ、俺にも都合ってものがあるし、お断りさせて――」


「もちろんタダとは言いません。私と婚約関係を結んでいただけるなら、毎月100万円をお支払いします」


「へ?」


「これ、契約書です」


 どこからか取り出した紙には確かに、『月額報酬100万円』と記されていた。


 俺は……渡されたペンを迷いなく握った。


「善は急げって言うからな」


「話が早くて助かります、旦那様」


 こうして俺は彼女と「サイコロ婚約(?)」を結んだのだった。



◇◇◇



「それでは、お邪魔いたします」


「ちょ、ちょっと待った!」


「どうされましたか?」


 俺の部屋はゴミ部屋と化していた。


 間違っても人、それもお嬢様なんて招けるレベルじゃない。


「散らかってるんで掃除を……」


「構いません。改めまして、お邪魔いたします」


 制止も虚しく、一之瀬澪はゴミ部屋へと足を踏み入れた。


 が、その『惨状』を見て言葉を失う。


「だから言ったでしょ、いま掃除するから待っ……」


「素晴らしい……!」


「えっ」


「この、足の踏み場もないほどモノが散らかった部屋……! これぞ求めていた理想郷です!」


 反応が斜め上すぎる。


「私が暮らしていた殺風景な部屋、それはまるで『白い監獄』でした。しかしここには自由が溢れている。ああ、なんという開放感、安堵感……」


「あ」


 目を瞑って深呼吸をした一之瀬澪が、丸まったティッシュをモロに踏んだ。


「すみません、何か踏んでしまったようで……」


「やっぱり部屋片付けるよ。ここ座ってて」


 ローテーブルの横に座ってもらったのち、普段の4倍速で部屋を片付けた。


 一息ついたところで、起きてからまだ何も食べてないことに気づく。


「朝ごはん、まだ食べてない?」


「ええ。ですがお構いなく」


「お構いなくって、婚約したのに他人行儀すぎるだろ。何か用意するよ」


 昨晩作ったシチューを二人分よそって、ついでにパンも焼いて添えた。


「はい、残り物ですが」


「ありがとうございます」


 ローテーブルにシチューを置くと、神妙に眺め始めた。


「お口に合うかはわからないけどね。じゃ、いただきます」


「いただきます」


 俺にならって手を合わせると、スプーンで恐る恐る口へと運ぶ。すると。


「……っ!」


 まったくの無表情だったその瞳が、小さくだが見開かれた。


「どう?」


「……美味しいです」


「おー、良かった!」


「こんな美味しいシチュー、初めてです」


「めっちゃ褒めてくれるじゃん。これ、隠し味が入ってるんだ」


「隠し味、ですか?」


「そう。実は味噌がちょっと入ってる」


 カシャン――


 スプーンがテーブルへ、音を立てて落ちた。


「え、どうした?」


「……塩分過多です……」


「ああ、味噌が入ってるから?」


「ええ。多すぎる塩分は緩やかな自殺だと教わってきました」


「なるほど」


 俺もスプーンを置き、少し考えた。


「でもさ、美味しいでしょ?」


「ええ、すごく」


「思うんだけどさ、人間っていつかは死ぬじゃん。塩分を気にしすぎて、美味しくない料理を我慢して食べ続けても、不老不死になるわけじゃない」


「はい」


「だったら美味しいもの食べて、やりたいことをやりたくないか?」


「おっしゃる通りですね。いただきます」


 ということでその後は黙々と、塩分過多なシチューを二人でたいらげた。



◇◇◇



「ふー。食った食った」


「旦那様。今日のご予定は?」


「予定? 予定なんてないよ、強いて言うならアニメ見るかゲームしようかって思ってたけど」


「アニメ……ゲーム……」


「もしかして、それも禁止されてきたとか?」


「もちろんです。まったく生産性のない、いたずらに時間を浪費するだけの自堕落の極みだと」


「そこまで言うか! でも、今日からは一緒に自堕落するんだろ?」


「ええ。旦那様は普段通り過ごしてください。私はそれにお供します」


 ということでその後、溜まっていたアニメを何本か消化し、スローライフを送るゲームをプレイした。


 昼はまた残りのシチュー。


「シチューやカレーっていいよな、一回作れば何回も食える」


「なるほど、合理的ですね」


「合理的っていうか、ラクしてるだけだよ」


 午後ものんびりとゲーム。


 画面にじっと見入る彼女に時折、遊び方を解説すると、頷きながら真剣に聞く。


 なんだか……可愛い。


「ウキが沈んだら、このボタンを押して」


「わかりました……」


 タイミングよくボタンを押すだけの、釣りのミニゲーム。


 これならすぐにできるかと思って、コントローラーを渡してみた。



 ピク……ピク……ポチャン!



「お、上手い!」



 ドンピシャのタイミングでボタンを押し、見事にサメを釣り上げた。



「大きい……」


 ぽつりと、感嘆の声を漏らす一之瀬澪。


 ふと見るとその顔に――



 初めて笑顔が浮かんでいた。



「ほら、ハイタッチ」


 俺が出した右の手のひらに、戸惑いながらも左の手のひらを重ねる。


 交差する視線と笑み。


 その時、陽の光が俺たちの元へ、すっと差し込んできた。


 いつの間にか、夕方になっていたみたいだ。


「ちょっとこっちに来てみて」


「はい」


 窓際へと向かい、白いカーテンを開けて外を見る。


 すると、ハッと息を呑む声が聞こえた。


 なぜなら――



 山々に落ちる夕陽が眼下の街並みに、


 黄金色のカーテンをかけていたからだ。



「ここ、高台だから眺めだけはいいんだよね」


「綺麗……」


「だね」


 そのあとしばし、移りゆく色と光の変化に見入っていた。


 眩しかった光の玉がやがて粒となり、山の向こうへ沈むまで。


「旦那様」


「はいはい」


「今日、少しだけ」


 先ほどよりもはっきりと、その美しい顔に微笑みが浮かぶ。


「この世界が前より好きになりました」


「それは嬉しいな」


 空はオレンジから青へとグラデーションを描き、街にはぽつぽつと明かりが灯る。


 それをぼんやり眺めながら、ふと湧いた疑問を口にしてみた。


「『幸せになる』ってのも、復讐じゃないのかな?」


「?」


「今日どうだった? 親が否定していた生活、楽しかった?」


「はい。とても」


「じゃあさ、今日みたいな日がずっと続いて幸せになったら、それは不幸になるよりも強力な復讐になるんじゃないかな? 親の価値観や考えを否定することになるんだから」


「なるほど。名案に思います」


「だろ? あともう一つあるんだけどさ」


「なんでしょう?」


「100万円、いらないよ」


「え……」


 ずっと窓の向こうを眺めていた彼女が、こちらを振り向いた。


「君がくれる100万円て、たぶん親の金だろ? その金で暮らしたら、結局親の手のひらの上じゃないか」


「……」


「今日、君と過ごせて俺も楽しかった。こんな日が続くなら大金なんていらないし、二人分の生活費くらい、バイト頑張ればなんとかなる」


「それでは、私がご迷惑でお荷物なだけじゃ……」


「申し訳なく思ってる?」


「はい……」


「だったらさ、」


 俯く彼女に、今日イチの笑顔を向けた。


「君は俺との生活を楽しんで、二人で最高に幸せな不幸を目指すこと。それが100万円の代わりの報酬」


「……はい」


「よし、決まり!」


 そりゃ最初は金に釣られたけど、こんな美少女と暮らせるだけで十分だなって思った。


 むしろ、なんだかワクワクしてきたな、これからの毎日が。


 早速、今日は夜通しでゲームとか……



「ん?」



 部屋に戻った俺の目に、床に落ちる一枚の写真が映った。


 どうやら男の写真のようだ。


 映っているのは――






「俺?」






 拾い上げて確認する。


 間違いない、高校時代の俺だ。


 ちょっと待て、なぜ俺の写真を持っている?


 写真を裏返すと、丁寧に書かれたこの部屋の住所と部屋番号。



『サイコロを振った結果、この部屋に来ることが決まりましたので』



 ……おいおい。


 サイコロなんかじゃない。


 彼女は、最初からここへ来るつもりだったんだ。


 それって、つまり……。




 恐る恐る、ゆっくりと後ろを振り返る。









 そこには、


 部屋に戻ろうとした姿勢のままフリーズしている一之瀬澪がいた。



 俺と目が合った瞬間、観念したように瞳を閉じる。











 夕陽はもう沈んだのに、彼女の両頬は真っ赤だった。


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― 新着の感想 ―
こっ、これはある種のストーキング! あの物語のプロトタイプですね。短編としてスリムでかつパンチ力がある感じ。 こっちはこっちで続きが気になると思いつつ、サクッと楽しめました。
おやおやぁ? 写真だってぇ? お安くないねぇ! これはいけませんな…リア充街道一直線じゃないですか! うーんギルティ! こっちはこっちで面白いですね!
あらあら、うふふ♪  (*´艸`*)  成る程、サイコロを振ったのは神様だったんですねー  (*^^*)
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