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魔王♂と勇者♀が居酒屋で打ち上げする話

掲載日:2026/05/16

カランカラン


「いらっしゃいませ!」


ここは安さが売りのチェーン店。

私は魔王戦を終え、疲れた四肢を引きずってこの店まで来た。

正直お酒は好きじゃないんだけど…

今日だけはとことん飲むぞ!


「あ、予約してた勇野ですけど…」

「はい!勇野さん…2名様ですね!

こちらへどうぞ!」


アルバイトらしき店員が手を差し伸べて席に案内してくれた。

少しベタついた床をキュッキュッと音を立てて進んでいく。


時刻は19時。

半個室の客席はほとんど満員。

空のジョッキが並ぶテーブルでは、赤ら顔のおじさんたちが声のトーン高めに笑っている。

チラリと目が合ったのは、仕事終わりのサラリーマン。

スーツを着崩して酒にツマミに、今この一瞬を満喫しているようだ。


座席の合間、半個室を仕切る黒ずんだ暖簾が作る花道を、店員さんの背中の2歩手前を進む。

壁に貼られたメニューはいつからあるのかわからない。

端が捲れた茶色い紙と綺麗な白い新メニューが隣り合っている。


「こちらでお願いします!」

若い店員さんの満面の笑み。

それに対して…


「あれぇ?

なんかここだけ照明暗くないですかぁ?」

頬杖をつく、しかめっ面の禍々しいうねった角を見下ろす。


「はぁ?

頭だけじゃなくて目も腐ったんですか?

この才能だけのド低能勇者は」

「なっ!

ざっざこまおう!ざこまおう!」


そう、今日の打ち上げは私、勇者ユーノとこの憎たらしい魔王の2人だけなのだ…



「店員さん待たせないで貰って良いですかー?

ずっと隣で待っててくれてるんですけど」

魔王の刺すような視線が店員に向くと、和らぎにっこりと微笑んだ。

こんな笑顔初めて見たぞ、こいつ!


「あ、あ、ごめんなさい!

えっと、生と枝豆といぶりがっこチーズお願いします」

メニューを開かず、席にも座らずにテンポを早めて注文を伝えた。

何度も来ている店だ、慣れたもんよ。


「あ、いぶりがっこチーズは先月までですね」

店員が申し訳無さそうにトーンを落とす。


「ふぇっ!

あ、えと、あ」

「ぷ、ダサ…」

少しだけ口角を上げてビールに口を付ける魔王。

つーか先に始めてんじゃねぇよ!


「う、うるさい!

じゃ、じゃあとりあえず枝豆と生で良いです!

お願いします!」

「はい!ありがとうございます!

追加はタブレットからお願いします!

それじゃ失礼します!」


店員の背中を見送ってから、私はようやく席に着いた。


「つーかさ!

あんた、なんで1人なの?

うちのソーリャもだけどさ…」

スマホを取り出して画面を点けると1件のプッシュ通知が表示された。


『ごゆっくり♡』


「ハートじゃねぇよ!」

バン!と机を叩いて立ち上がる速度は脳の処理を待たなかった。


「1人で騒がないで貰えますか?

穢らわしいんで」


コトン


飲み終えたジョッキを机の端に寄せ、タブレットを操作する魔王。


「け、げがっ!?」


魔王が送信ボタンをタップした直後、彼のスマホが電子音を奏でた。

スマホを見た魔王の顔色が熟れたリンゴのように鮮やかに変わる。


「ハートじゃねぇよ!」


バンッ!


「お、お待たせしました…

生が合計2つと枝豆にブリ刺し、麻辣アボカドです…」

スマホを睨み付ける魔王の横で、先ほどの店員がおずおずと気まずそうに料理を並べ、そそくさと退散した。


「プププー

1人で騒がないでくれますかー?」

ジョッキを持ち上げ渾身のドヤ顔を食らわせてやった。

ざまーみろ!


「おい待て

先に乾杯だ」

見上げるような視線が突き刺さってきた。

思わず手に持ったジョッキを突き出してしまう私。


「か、かんぱーい…」


カキンッ!


グビリと1口飲み込んだあと、ふと気付いた。

「いやおまえ飲んでたじゃん!」



数分後…


「牛すじ煮、お待たせしました!」


「茄子の揚げ浸し、お待たせしました!」


「手羽先の唐揚げ、お待たせしました!」


「味噌モツ鍋、お待たせしました!

コンロ火点けちゃいますね!」


あっという間にテーブルが、全体的に茶色い料理で埋め尽くされた。


「なにこれ、私の好きなのばっかなんだけど…」

何を考えてるんだ、この男…


「ユーノ、今日は貴様の祝勝会だろう?

俺の好物を頼んでどうする

考えればわかることをいちいち説明させるな能無しが」

スマホに視線を落としたまま淡々とチクチク言葉を投げ付ける魔王。

半個室を照らすちょうちんの灯りのせいか、または3杯目に差し掛かるアルコールのせいか、彼の耳は赤みがかって見えた。


「あれあれー?

ひょっとして照れてますー?」

「黙れちんくしゃ」

「ち、ちんくしゃ!?

なにそれ!

悪口であることだけはわかる!」


「貴様は少し恥を知ったらどうだ

なんだったかな?

シャイニング?エクスカリバー?」

魔王はニヤニヤと白い歯を覗かせた。

こんなときだけしっかりと目を合わせてきやがる。


「う、そ、それは…」

「だいたいあれ露店で買った鉄の剣だろ

光ってもいなかったし」

顔がどんどん熱くなっていくのがわかる。


「だ、だって本物は折れちゃったんだもん!

それに…

そのお陰であんた生きてんじゃん…」

チラリと涙目で覗き込むと、彼の表情に焦りが浮かび上がってきたのがわかった。


「そ、それは…

そうだが…」


しばしの沈黙を破ったのは私のスマホだった。

画面に表示されたのは"ぱぱ"の2文字。


プルルルル プルルルル


「もしもし、何?」

『聞いたぞ、勝ったんだってな』

「え、うん

勝ったよ」

『怪我とかしてないか?』

「してないよ」

『疲れてないか?

ちゃんと寝れてるのか?』

「いやなに?

大丈夫だよ

そんなこと言うために電話してきたの?」

『いや…その…

おめでとう…』

「ああ…

うん、ありがとう」

『こっちに帰ってくる予定はないのか?

できればお祝いをしたいんだが…』

「うーん、落ち着いたら帰るよ

こっちに残る理由もなくなったし」

『そ、そうか

いつ帰るかわかったら連絡をくれ』

「わかったよ

じゃあね」


プツッ…


スマホを鞄に押し込み、座り直すと目があった。

あの顔…何か考えてるな…


「おい

もっと酒を飲め」


そこから魔王によるお酌攻撃が始まった。


ビール、日本酒、ワイン、焼酎、果実酒。

組み合わせを選べるカクテルも何パターンも試すように繰り返し頼んだ。



「もう無理…

飲めない…」

壁の角に肩をすっぽり押し込んで天を仰いで目を閉じた。


「ふふふ、さすがだな

俺に合わせてここまで飲んだ人間は他には居ないぞ」

頭がぼーっとする…

なんか今褒められた?


「ここまで酔えば誤魔化しは利くまい」

「う、ううーん?

何?オーマくん…」

「ユーノが言ったここに残る理由がなくなった、という話

本心なのか聞きたくてな

本当に出ていくのか?」


「ん?それはさ…」




この時の答えに私は一生後悔し続けることになる。

だけど、決して不幸な決断ではなかった。

私はそう確信している。


最後まで読んでいただきまして、ありがとうございます。

感謝してもしきれない思いです。


もし本作をお読みになった結果、ほんの少しでも「面白い」「良い暇潰しになった」等、思っていただけましたら、ページ下部にある星マークからの評価、感想、ブックマーク等いただけますと、とんでもなく励みになります。


ではでは、今後ともよろしくお願いいたします。

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私も以前、魔王軍幹部と聖女が一緒に競馬をする話を書いたことがあり、懐かしい気持ちで読ませていただきました。 ジャンル的には一般ウケがなかなか渋そうではありますが、個人的にはこういう敵同士だった二人が…
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