#69:ありたかった
「引き続き、応援・お付き合いのほど、よろしくお願いいたします!」
【前話のあらすじ:クロムから事の顛末を聞いたレイは、ゼノを救い出すことを決意する。脱獄を済ませ、北の教会へと向かった二人。一方、ゼノは……】
少し、時は遡る。
そこは、薄暗い洞窟のようだった。
空気はジメジメとしていて、土は少し柔らかい。
身体は自由だった。
どうやら、拘束はされていないらしい。
少なくとも、内から外には出られない。
魔法でつくられた結界のようなものが張ってあるようだ。
「アストラル商会会頭が弱いってのは、本当だったなッ!」
下卑た笑い声が近づいてくる。
大柄な男だった。
手には、松明。腰には大剣。
身なりは整っているが、その所作は、粗野で乱暴だった。
松明を持っているということは、魔法を使いたくないか、使えないか。
そのどちらかだろう。
辺りを見回せば、幼い子供たちがいた。
やせ細った身体。濁った色の目。煤のついた髪。
孤児。
そう判断するのに、十分すぎる情報材料だった。
「よぉ、気づいたか?」
男が結界のようなものを通り抜けてくる。
予想通り、結界らしきものは、自由に行き来できる人間もいるようだ。
男の目を見て、咄嗟に身を固くする。
ドガッ。
男の足が腹に伸びてくる。
「うぐっ……」
そう強い力ではなかったが、大袈裟に呻き声を漏らす。
見上げれば、男は口角を上げ、満足げな笑みを浮かべている。
どうやら、ご満悦らしい。
貴様、覚えておけ。
後でぶっ殺す。
レイ様が。
「おい!バロン!こいつは人質だッ!あまり、痛めつけて、自死でもされては困る!」
少し高めの声がどこからか響く。
「ふん!うっせぇな!」
バロンと呼ばれた男が小さく呟く。
どうやら仲はあまり良くないようだ。
バロンが鼻を不満げに鳴らしながら、結界の向こうに消えていく。
結界の外は靄がかかったようになっていて、様子を把握することはできなかった。
「ふぅ……」
蹴られたお腹が少し痛むが問題はない。
この程度の仕打ちは予想通り。
このために、贅沢して、太っ腹と呼ばれるように努力したのだ。
結局、ポッコリは無理で、ひょっこり程度にしかならなかった。
だから、ちょっと痛かった。
だから、あいつに一発は食らわす。後で。必ず。
あ、勿論、レイ様が来てからの話だ。
「あ、あのぉ、大丈夫ですか?」
不意に袖口を引っ張られる。
小さな手。碧眼。利発そうな容姿。
年齢は10歳程だろう。
「ああ。大丈夫だ」
年端もいかない少女に心配されるとは。
しかも敬語まで使われて。
自嘲気味に笑みがこぼれる。
どうやら、精神的には相当参っているらしい。
「国を出る準備をしろ」。「帰順しろ」。
レイ様の言葉とクロムからの伝言。
これでも、自分の主のことは、人一倍、見てきたという自負がある。
言葉の意味は嫌でも分かった。
次に会えるのがいつになるかはわからない。
それまでは、アストラル商会を、そしてシレハ村を守らなければいけない。
きっと、クロムも行くのだろう。ゼファールも。そして、あの”キール”とかいう女も。
秘密を知る者だけを引き連れて。
自分には知らされていない秘密。
自分は選ばれなかったのだ。
そう思うと、なんだか自分が惨めになる。
世界一の商会をつくりたい。
それが夢だった。
父と母は、貴族政治の中に埋もれていった。
惨めな最後だった。
信じていた者の裏切り。
貴族社会では当たり前だったが、立ち会ってみれば、悲憤に駆られた。
その悲憤もすぐに失くした。
シアを守る必要があった。
なんとか家門の名だけは守った。
地位も名誉も失った、死に体の家門。
シアは生まれたばかり。
毎日が死に物狂いだった。
下水処理は日常茶飯事。
乞食になったこともある。
惨めにはなりたくなかった。
その反動か、世界一の商会を夢見た。
少年に会った。
その少年も、同じく世界を見ていた。
けれど、少年の見る世界は、自分の描く景色よりも、壮大で険しく、そして綺麗だった。
運命。
それが人為的なものでもよかった。
この少年と同じ景色を見たい。
いつしか、そう思うようになった。
世界一の商会。
そんなものは、ただの建前だった。
本当は、少年のそばに居られる自分でありたかった。
「お兄ちゃん……?」
少女が心配そうに袖口を引っ張る。
気づけば、涙が伝っていた。
別れることは耐えられた。
ただ、選ばれなかったことが悔しかった。
秘密に興味があるわけではない。
ただ、支えたかった。
それが、どんな事だとしても。
ズズッ。
鼻をすする。
顔を袖口で拭って、頬を軽くたたく。
パチン。乾いた音。
目を閉じて、息を整える。
まずは、状況を正確に把握する必要があった。
「名前は?」
そう聞いて、後悔する。
孤児に名前はない。
それは、当たり前のことだった。
孤児のほとんどは天涯孤独。
名も無きうちに、親に捨てられるか、放逐されるか。
名前など、元から在りはしないのだ。
「ノクティア……」
それはか細い声だった。
そうか。この子には名前があるのか。
それは、時に、幸せな事であり、時として、不幸せな事でもある。
名をもらった喜び。名を授かりながらも捨てられた苦しみ。
愛されていたはずが、ある日、突然、愛されなくなり、捨てられる。
自分が、何か悪いことをしたのだろうか?
たとえ、それが最初から決まっていた事実だったとしても、そう思ってしまう。
牢には、孤児が多くいた。
けれど、目に生気が宿っているのは、この少女だけだった。
他の孤児は、皆、魂を抜かれたように、宙を見上げている。
「えっと、ノクティア、何かしたいことでもあるのか?」
「えへへっ」
ノクティアは嬉しそうに笑った。
「お兄ちゃんとねっ、天下を獲るんだっ!そうすればね、幸せになれるんだって!」
天下を獲る。
そんなことを言う子供に驚きはしなかった。
流石に感覚が麻痺してきた。
ふと、あの少年を思い出す。
無事に、「エクリプシア」に辿り着いたのだろうか?
「ノクティアのお兄ちゃんは、黒髪で……」
「お兄ちゃんに会ったの?」
ノクティアが嬉しそうな声を上げる。
「かっこよかったでしょ!ね?」
こういうところはまだ子供なのだと思う。
むしろこれが普通なのだろう。
敬語を崩し、自由に夢を描く。
少なくとも、初めて出会った時から、主は変わらなかった。
「ああ。とってもな!」
懐かしむような笑みがこぼれる。
きっと、あの少年の妹とはノクティアのことなのだろう。
そんなことを思っていた時だった。
バロンが突然、現れる。
結界を通ってきたようだ。
バロンは、ずかずかとノクティアを目指して歩いてくる。
「お兄ちゃん……」
ノクティアの肩が震えている。
「大丈夫だ……」
自分の背中に隠れるようにして肩を震わすノクティアを見て、そう言ったものの、なにか手があるわけではなかった。
「おい、ガキ!おめぇだよ!さっさとこっちにこい!」
バロンがノクティアを指さして、怒声を浴びせる。
ノクティアが後ろで身震いするのがわかる。
「ちっ。面倒かけんじゃねぇ!」
バロンは殺気だって、怒気に顔を朱くしながら、迫ってくる。
「待て」
それは、自分でも驚くほど低く、冷たい声だった。
バロンが足を止め、睨みつけてくる。
なぜ、そんなことを言ったのかは、わからない。
自分の身を守るのが先決だった。
それ以上のことに手を出すべきではなかったのかもしれない。
「それ以上近づけば、俺は死ぬぞ」
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【今話の極小情報:】今回は、「ノクティア」について
・ノクティアが「名前」をもらいながらも、捨てられた理由。
それは、ノクティアの「魔力」が原因。
・魔力は純度が高ければ高いほど、反発を起こす。
それは、シレハ村のかつての大地のように、結び目となり、滞留することもあれば、銀鈴草のように、他者にとって、有害な物質となって、体外に放出される場合もある。
特に、魔力を受け入れる器、魔力器官の発達が未熟である幼子にとっては、魔力暴走や身体に強烈な痛みが広がる原因となる。
【お読みいただきありがとうございます!】
次話は、「最期」です。
ふっと二言:「投稿も久々。修文も完了せず、旅行に行くことになってしまった筆者。蓋を開けてみれば、ブクマの解除もなく、ありがたい限りです。今日から、再開です!修文は終わり次第、あとがきと活動報告に載せようと思います!」
~これからも、応援・お付き合い頂ければ、幸いです!~




