#59:感謝します
~引き続き、応援・お付き合いのほどよろしくお願いいたします~
【前話のあらすじ:ヘンリク率いる反乱軍は、"慢心"ゆえに、バルムの猛攻を凌げず、レイの堅守を崩すことができなかった。そして、ついに……】
「殲滅せよ!」
レイの号令と共に、ダグライス要塞の城門が開かれる。
「ヘンリク様!?どうすれば!?」
「皆、こんな私に付き合ってくれて、感謝する。離脱したいものは離脱せよ。皆の好きなようにせよ」
「ヘンリク様!?」
ヘンリクに数百騎が従う。
荒波の中に、次第にヘンリクの姿が埋もれていく。
王宮。
「伝令!!」
伝令兵の声に、王宮は、一気に緊張に包まれる。
「勝利にございます!我が軍の勝利にございます!」
アーノットは、全身の力が抜けたように、王座に腰かけた。
「陛下、おめでとうございます!」王宮に居並ぶ臣下達が、次々とアーノットの前に進み出て、恭しく礼をして、賛辞を置いて、去っていく。
王座には、王族だけが残っていた。
身内を裁く。それもヘンリクを。
その重さが、それぞれの王族たちに深い影を落としていた。
「結果は変えられぬ。皆、もう休め」アーノットは意を決したように口を開いた。
「俺が許可するまで、誰も入れるな。誰とも会うつもりはない」
アーノットは、侍従にそう伝えて、寝所に入っていった。
寝所は静かだった。
窓から見える木々は鮮やかな緑を湛えていた。
それは、アーノットの癒しとなるのが、常だったが、今日に限っては、その鮮やかさが、その豊かさが、恨めしく思えた。
「俺は、何のために王になったのだ……」気づけば、そんな一言が口から出ていた。
王になるまでは、父がいた。
父は、周囲から”老獪”などと言われていた。
それでも、様々な領地を視察に訪れ、そのたびに嬉しそうに笑い声をあげていた。
王宮での父は楽しそうではなかった。笑うことも少なかった。
ただ、”孤独”だとは思えなかった。
耐えていただけなのかもしれない。隠していただけなのかもしれない。
少なくとも、自分は王宮を楽しい場所とは思えなかった。
父に認められない。その一事を覆すために生きてきた。
嫡男だという理由だけで、他の王族たちより、厳しく躾けられた。
将来、王座に就く。そのための躾けだった。
まだその頃は、王座というものが輝いて見えた。
王座に座る父も、国王という地位も、そしてこのエルメリア王国も、なにもかもが自分の目には輝いて映った。
ある時、父は変わった。特に、あのフィルス大村に視察に行ってからだった。
とても楽しそうに笑い、とても穏やかな表情を浮かべていた。
自分の知らない父がそこにいた。自分の知らない父は、自分が見つけたわけではない。
「人には才能というものがある。そなたは短気とも言えるが、素直だともいえる。素直に己に向き合うのだ。レイやシリス、バルムやヘンリク、様々な者が支えてくれるはずだ。真摯に彼らに向き合え」
それが父の遺言だった。
「愛している」そういう甘い言葉をかけられたことはなかった。抱きしめられたことも、褒められたこともなかった。
きっと、自分程度の才を持つ者は、この国の至る所にいる。ただ生まれがよかっただけ。
自分には、国を治める能力も、奇策で制す知略も、まとめあげる才能も、何ひとつ持っていなかった。
「孤独」。その重さが身にしみてくる。
「はぁ……」アーノットは深く息を吐いた。
二日後。
アーノットは地下牢に赴いていた。
「陛下、どういった御用で?」
「ヘンリクに会う」
「はっ!」案内しようとする牢番を、アーノットは止めた。
「鍵を貸せ。兄弟として話したいのだ。皆、下がれ」
足音がドタドタと遠のいていく。
「恐王か……」アーノットの異名だった。
異名というのは、きっとつかない方がいい。
つけば、人は意識する。変わっていくのだ。
「兄上ですか……」
ヘンリクは、見ないうちに痩せていた。
それでも、静かな目をしていた。
恨むわけでもなく、悲しむわけでもなく、穏やかな顔。
「そなたは何がしたかったのだ?」アーノットはヘンリクをじっと見据えた。
「反乱を起こしてまで?ということですか?」
「そうだ」聞いてみたかった。ヘンリクの描いていた景色を。
「王座につくためです」
「その後、どうするのだ?」王座は楽しいものではない。
誰も信じず、孤独に耐え、決して泣き言を言わぬこと。
それが国王。アーノットは、そう教わった。
「兄上にはわからないはずです。生まれた時から、王座を約束されていた兄上には」
アーノットは黙っていた。
「王座についた後?ふっ。御冗談を。私の派閥の貴族を優遇し、兄上の派閥は冷遇します」
「それは王として……」
「兄上!貴方は何もわかっておられないようだ。兄上は、王座に就いてから、自身の派閥と私の派閥、どちらも平等に扱った」
「その結果、反乱を起こせたのです。私の派閥には、より約束された富貴を。兄上の派閥にはより高い褒賞を。兄上、平等に扱えば、どちらにも内紛の種を生むだけです」
「ヘンリク……平等に扱うことの何がダメだというのだ?王とは、万事、平等に、公平に扱うべきであろう?」
「だから、私は兄上が嫌いなのです!綺麗ごとを並べるくせに、それを実行しても、それを収束させる能力はない。ただ、自分の理想を押し付け、他人の願いを省みないだけの暴君です、兄上は」
「そうか……そうだな」
アーノットは小瓶をヘンリクの傍に置くと、去っていった。
口ほどにもないことを言った。
それを全て、受け止めるアーノットが、兄が憎くてたまらなかった。
「兄上……私は貴方に憧れていたのですよ……理想を必死に追い求める貴方に……」
アーノットを見ていると、理想を諦めた自分を見ているようで、ひどくもどかしかった。
理想は時に人を孤独にする。理想を追うことができれば、孤独は紛れる。しかし、理想に追われるようになれば、孤独は再び姿を現す。
「兄上、感謝します……」ヘンリクは、穏やかな笑みを湛えて、小瓶を口にした。
遠くで小鳥の声が聞こえた。
チュンチュン。チュンチュン。
仲良く泣いているようだった。
―――――――――――――――――
【今話の極小情報:】今回は「小瓶」について
・小瓶には毒が入っていました。
アーノットは、ヘンリクに毒を下賜することを決めました。ヘンリクと話した後、牢番に渡すつもりでいましたが、ヘンリクが死にたがっていることに気づいたアーノットは、ヘンリクにそっと小瓶を与えたのです。
・早く与えたからなにというわけではありませんが、兄弟のわだかまりが解けたのは、この行動があったからでした。
【お読みいただきありがとうございました】
次話は、蠢く影です!
ふっと二言:「ヘンリクとアーノットの兄弟のわだかまり、皆様に最後の小瓶の描写で少し、伝われば幸いです。お互いをわかっているからこその、最後の小瓶……ー引き続き、応援・お付き合い頂ければ、幸いです」
――――――――【他作品も全力執筆中!】
更新をお待ちいただく間に、こちらの作品もご一読いただけると幸いです!
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