#51:シアちゃんと結婚します
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王立ラザリス学園。
エルメリア王国の多くの貴族が集うその場所は、白亜の石材で築かれた荘厳な学び舎として、純然たる姿を見せていた。
春の陽光を浴びて輝く学舎は、まさに「平和と知性」を象徴していた。
「レイ、入学式がもうすぐ、始まるわ。レイが寝坊なんかするからよ!」
レイは「寝坊した」とシアに伝えていたが、その原因はゼノである。
あの男は、”クロム”いう大切な友人とレイの関係について、一晩中、質問を浴びせてきた。
勿論、自分がバンデリオン王国の第五王子であることを知っているのは、ゼファール、クロム、キールだけである。
さらにその後、ローヌ村まで行き、ゼノの酒にまで付き合わされた。
「レイ様ぁ!聞いてくださいよぉ!王都にシアちゃんより可愛い子がいないんですよぉ!はっきり言ってぇ、もう、シアちゃんと結婚しますぅぅ!いいですかねぇ??」
俺は二度とゼノの酒には付き合わない。それが俺が得た教訓だ。
「行くか……」シアと王立ラザリス学園の荘厳な門を潜る。
入学式の会場は、門からまっすぐ、第1学舎を突き抜けた先の右手、大広間のさらに先の集会場だった。
集会場に近づくと、多くの人でごった返していた。
貴族の親や親類。レイにそういう類の者はいなかったが、シアにはゼノがいた。
どうやら、シアはゼノを連れてくるつもりだったが、昨晩はひどく酔っていて、シアに醜態をさらしたため、出禁にしたらしい。
ゼノも可哀想に。溺愛する妹の晴れ姿を見れなくなるなんて。酒でイカレるからだ。
そして、どうやら、ここにも頭がイカレた男がいたようだ。
小太りの腹を揺らしながら、駆けてくる。
「いたぁぁぁぁぁ!レイ様!わたくしの、唯一無二にして魂の親友、レイ様ではありませんかッ!!」
鼓膜を突き破らんばかりの絶叫。
集会場前に、レイの名前が連呼される。
「シア、大広間まで戻るぞ。イカレた奴がきた。……ったく、あいつはなんなんだ?もう一度、死にかけたいのか?」
大広間まで引き返したレイたちを、類まれなる鈍足で、せっせと駆けてくる。
多分、小太りの腹と肉体の鍛錬不足だろう。
これ見よがしに、目を輝かせて、親友でもないのに、馴れ馴れしく、手を振ってくる傲慢さ。
ゼェゼェ、ハァハァ。
金髪を不自然なほど逆立て、豪華絢爛な刺繍が入った制服を纏った少年はガス欠のようだ。
「レイ様ぁぁぁぁ!!」セドリック・グランヴェルが叫びながら、飛び込んでくる。
俺は、反射的に半身を逸らす。
空振りしたセドリックが床に派手に突っ伏す。
周囲の令嬢たちが「きゃあっ」と小さく悲鳴を上げ、高位貴族の令息たちが眉をひそめた。
「……何をしている、セドリック。街頭演説か応援演説かなにかのつもりか?俺は政治には関わる気はないぞ。それとも、もう一度、死にかけたいのか?」
冷ややかに問いかけたレイに、セドリックは目を輝かせていた。
「いやぁ、レイ様ぁ!僕の名前を覚えてくださっていたなんて、もう感激ですっ!あれから、僕は、調べたのです! 貴方様のことを死に物狂いで! グランヴェル家の情報網を総動員してですっ!」
セドリックは膝立ちのまま、まるで神像を拝むかのような仕草で俺を見上げた。
「捨て子として、シレハ村で拾われ、その過酷なシレハ村では、養父を亡くし……。それでも絶望せず、わずか十一歳で村長として立ち上がり、飢えた民を救ったのみならず、今や王都を揺るがす『アストラル商会』の創設者であらせられる……。ああ、なんという不屈の精神! なんという高潔な魂! わたくしは、己の小ささを恥じました! 貴方様こそ、わたくしが一生をかけて追いかけるべき真の英雄ですッ!!」
……重い。 あまりに重すぎる。そして、周囲の視線がイタすぎる。
「落ち着け。少し周りを見ろ」
セドリックは周りを見ると、さらに目を輝かせ始めた。
「皆が注目していますね!!そうですね!むしろ知らしめるべきです!このラザリス学園に、真の覇者が現れたと! さあ、共に行きましょう、レイ様!貴方様とわたくしが同じ寮の、しかも同室になったのは、もはや運命……いや、世界の意志に他なりません!」
「……同室?」 俺の頬が微かに引き攣った。
学園寮は基本、二人一部屋。だが、よりによってこいつとか。
シアの肩が微かに震えていた。……笑ってやがる……
こうして、俺の学園生活は、セドリックの「猛追」と共に始まった。
入学から三ヶ月が経過した。
初夏の風が吹き抜ける学園の中庭。
本来なら、学生たちが魔法の議論に花を咲かせたり、剣技の稽古に励んだりする時期だった。
しかし、今の学園は、得体の知れない「不気味な沈黙」に支配されていた。
「レイ様、今日の食堂も酷い有り様でしたね。アーノット殿下を『人殺し』呼ばわりする輩がいますからねぇ……あ、うちはアーノット殿下派閥なんですよぉ!ま、僕はどっちでもいいんですけどねぇ」
寮の自室で、セドリックがカラカラっとした声を響かせる。
事件は一週間ほど前から、急速に悪化していた。
これまでに七名の生徒が、学園内で突如として意識を失い、倒れていた。
彼らは死んではいない。脈もあり、体温もある。
だが、どれほど強力な回復魔法をかけても、揺り動かしても、決して目を覚まさない。
いわば、「生ける屍」のような仮死状態。
そして、この事件が政治的な火種となった理由は明白だった。
倒れた七名全員が、第二王子ヘンリク派閥の貴族の子息や令嬢だったからだ。
「ヘンリク殿下の支持者ばかりが狙われていますからねぇ。ついにアーノット殿下は御乱心しちゃったんですかねぇ。ヘンリク殿下は控えめに言っても、アーノット殿下より落ち着いていますし、人望がありますからねぇ」
アーノットの評判は、今、最悪と言ってもよかった。
「次期国王の座を確実にするため、魔法による暗殺を始めた」という言説が、まことしやかに囁かれている。
ルーヴィンス王は、この状況を当然知っているはずだった。
しかし、ルーヴィンス王が、特別なにかをすることはなく、静観していた。
より正確に言うなら、ルーヴィンス王は病に倒れ、政治は今や、臣下たちの合議で決められていた。
それゆえに、臣下たちが王の体調を鑑みて、伝えていないのであろう、というのがレイの読みだった。
レイは名簿に並んだ仮死者七名の名前を見つめていた。
ルーヴィンス王が倒れたこの状況で、アーノットがこんな暴挙に出るとは思えなかった。
「やはり成績か……」
「どういうことです?確かに、事件が起こった当時は、成績が悪い者が殺されたことになりましたが、ヘンリク殿下の派閥だということがわかってから、その説は立ち消えになりましたよ?」
「それに、失礼ながら、どの方も勉学より遊興に耽っていると評判の方々ばかり……。でも、それが何だというのです?暗殺するなら、もっと優秀な人間を狙うのが筋でしょう?じゃなきゃ、アーノット殿下に有利にはならないでしょう?」
「……嫌な予感がするな」
その時。レイたちのいる寮の5階に、激しい怒号と、何かが壊れるような破壊音が響いてきた。
レイはすぐに部屋を出る。
「あ、ちょ、ちょっとお待ちを……」セドリックがいそいそと追いかけてくる。
学生食堂は、地獄絵図と化していた。
「……やめろ! アーノット殿下を、その汚い口で呼ぶな!」
「ふん!「人殺し」の派閥が何をほざく!」
「貴様ッ……!」
アーノット派閥の一人の拳が、我慢の限界を超えて突き出された。
魔力による強化が乗った一撃は、煽っていた男子生徒の顔面を真っ向から捉えた。
メキッ、という嫌な音が響き、男子生徒は数メートル吹き飛んでテーブルを粉砕した。
「やりやがったな!これこそ「人殺し」の教育の賜物だ!暴力でしか意思を示せない野蛮人の集まりめ!」
かくして、二大派閥による抗争が始まった。
そして、さらに大きな火種が生まれようとしていた。
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【今話の極小情報:】今回は、王立ラザリス学園での事件について
・事件は、学生寮で発生している。 ・仮死状態の生徒に外傷はない
・学生寮は、ある程度、成績順になっていて、成績が上位の者は、高階層にいる
・ただし、派閥で分かれているため、正しい成績順ではない
【お読みいただきありがとうございます!】
次話は、あの方がお亡くなりになります……
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