#36:生涯の誇り
【前話のあらすじ:ヘルヴァンはこのままでは全滅すると悟っていた。ゼファールを生かすため、ヘルヴァンを決断を下した……】
~引き続き、ブックマークや評価・リアクション・感想等よろしくお願いいたします~
少しだけ、時は遡る。
戦場の一角。
夜霧と煙が入り混じるその中で、ゼファール軍一万は、まるで大地の影が動くかのように、音も立てず反転していた。
号令は最小限。伝令も、旗もない。必要なのは勇ましさではなく、確実さだった。
包囲の薄い一点。
そこを、刃のように突き破り、兵たちは静かに、けれど確実に戦場を離脱していく。
その動きを、ヘルヴァンは視界の端で捉えていた。
(……行ったか)
それ以上、振り返ることはしない。振り返れば、決意が揺らぐような気がした。
ヘルヴァンは、ゆっくりと馬首を巡らせた。
眼前に広がるのは、残された一万の魔導重装歩兵。
傷だらけの鎧。煤にまみれた顔。
それでもなお、背筋を伸ばし、見つめ返してくる兵士たちの瞳。
その一人ひとりに、家がある。家族がいる。
帰る場所があるはずで、帰りを待つ人たちがいるはずだった。
ヘルヴァンは、深く息を吸い込み、兜を外した。
老いた顔を、隠さずにさらす。
「……諸君」
戦場の喧騒の中で、その声は不思議なほどよく通った。
「まず、謝らねばならん」
兵たちの間に、ざわめきが走る。
将が、謝罪する。その意味を、彼らは理解していた。
「私の判断が、私の驕りが……諸君らを、ここまで追い込んだ」
一瞬、言葉に詰まる。けれど、目を逸らすわけにはいかなかった。
ヘルヴァンは深く息を吸い込んだ。
「本来ならば、私が守るべきは諸君だった。家へ帰すべきは、諸君だった。……それを、それを私は果たせなかった」
拳を握り締める。 爪が、掌に食い込む。
「だが――」 ヘルヴァンの声に、力が戻る。
「それでも、諸君らがここに立ってくれている理由を、私は知っている!」
顔を高く上げ、戦場全体を見渡す。
「逃げるためではない! 名を残すためでもない!後ろにいる者たち—―若き者たちを、生かすためだ!」
兵士たちの目が、次第に燃え始める。
「ゼファールは、生きて退いた。あの若者は、この地獄を、その目に焼き付けて持ち帰るだろう。そしていつか、より良い戦を、より少ない犠牲で成し遂げる日が来る」
ヘルヴァンは、剣を高く掲げた。
既にその刃は欠け、傷だらけだった。それでもなお、輝いているように見えた。
「その未来を作るために—―我らは、ここで盾となる!」
一歩、前に出る。
「恐れるなとは言わん。生きたいと思うなとも言わん。それは、人として当然だ」
声が、ほんの少しだけ震える。
「だが……その恐怖を、その想いを抱えたまま、一歩を踏み出せるのが、諸君らであると私は信じている。どうか、どうか私を許してほしい……」
ヘルヴァンは、ただ頭を下げた。
将としての責任、父としての重み、人としての悔悟、それらすべてがその双肩に宿っていた。
「将軍!何を仰いますか!」副官のベントだった。
「一人で背負わないでください。独りよがりは見苦しいですよ」ベントは穏やかな笑みを浮かべていた。
「将軍。我々は、将軍に感謝しているのです」第一軍長のゴランだった。
「将軍はこうして我々に、恩を返す機会をくださったではないですか。幾度となく、無謀な特攻をして、そのたびに叱られ、そのたびに救い出してくださった。我々は救われてばかりで、何も将軍に返すことができませんでした。ゆえに、我々は将軍と共に逝けることを誇りに思います!皆、そうであろう?」
「「「誇りに思います!!!」」」
目頭が熱くなる。泣くまい、そう決めていたはずなのに、頬を伝うのを留めおくことはできなかった。
「皆、感謝する!前線で魔導砲に身を投げ出す者たち、後方で敵の攻勢を押し留めている者たち、そして、ここで私の背を推してくれる者たち、皆が、私の生涯の誇りである!」
ヘルヴァンは剣を国境北塞へと向けた。
「総員、振り返ってはならぬ!一歩でも前へ進め。城門を、城壁を目指すのだ!総員、我に続け」
ヘルヴァンは力の限り叫んだ。
「突撃せよッ!!」
地鳴りのような咆哮が戦場を揺るがした。レイらの攻撃を受け止めていた部隊が反転し、ただひたすらに、国境北塞を目指した。
「「「オオオオオオオオオォォォ!!」」」
それは、生き延びるための雄叫びではなく、死を理解した者たちが、それでも前に進むための叫びだった。
一万の魔導重装歩兵が、一気に動く。 歩みは重かったが、止まることはなかった。
背を討たれようとも、誰一人として足を止めなかった。
矢が降り、魔法が炸裂し、一人、また一人と地に伏していく。
しかし、その屍を糧にしたのか、次第に進軍の速度が上がり、攻勢が強まっていく。
ヘルヴァンは、最前列で走っていた。
剣を振るい、盾を掲げ、吼える。
「行くぞ、諸君!この命、未来のためにくれてやれ!」
その背中は、老いてなお、誰よりも雄々(おお)しかった。
ここが終着点であることを彼らは知っていた
それでも、誰一人、後悔の言葉を口にしなかった。
「将軍!お先に逝っております!」「将軍、御武運を!」
地に伏す者は、皆、穏やかな笑みを浮かべていた。
それが、ヘルヴァンと彼に従った兵士たちの誇りだった。
「……まずい!想定外だ!」
レイが剣を振るい、兵をはじき飛ばす。 ニーナの風魔法が炸裂し、一度に数十人を吹き飛ばす。 城壁からはシアらの魔導砲が容赦なくその熱線を叩きつけていた。
しかし、ヘルヴァン軍は止まらなかった。
同胞が地に伏しても、一瞥もくれることなく、命尽きるまで、這ってでも進んでいった。
その凄絶な光景に、次第にレイたちにも動揺が走っていく。
「これが……バンデリオンの老将の意地か」
レイは舌打ちし、指示を飛ばす。
「ニーナ、俺と共にヘルヴァンを叩くぞ! ロブ、ガストン! そなたらはゼファールを追え! あれを逃せば、後の禍となる!」
混戦の中、ついに、 ヘルヴァンの「死突」は、城門の目と鼻の先まで到達した。
そこは、魔導砲の攻撃を受けない場所であった。
城門に近づけば近づくほど、魔導砲を放った時の衝撃波が城門にも響くからである。
ヘルヴァンら、ヘルヴァン軍の先頭集団が、ついに城壁へと辿り着いていた。
「……皆、魔導砲はもはや撃てぬ! 死力を尽くすのだ!!」
ヘルヴァンが叫ぶ。
彼自身も、すでに血と煤にまみれ、剣を杖代わりにしながらも、確かに前へ進んでいた。
城壁に取り付き、よじ登り始めた兵も、すでに数名いる。
「――ここまでだ、老将」
低く、感情の起伏を一切含まない声。
クロムだった。
短剣を逆手に構え、呼吸一つ乱さず、城門前の狭隘に立っていた・
「将軍ッ!」
即座に反応したのは、ゴランだった。
大剣を片手に、地を蹴る。
「お任せを! ここは俺が引き受けます! どうか、先へ!」
ゴランの一撃は、重かった。
大剣が唸りを上げ、空気そのものを叩き割る。
正面から受ければ、短剣は瞬く間に粉砕されるほどの膂力。
クロムが、ゴランの視界から、一瞬だけ“外れた”。
(速い――!)
次の瞬間、クロムはすでにゴランの懐にいた。
短剣が、肘、脇腹、腿へと、点で刻むように走る。
「ぐ……ッ!ここまでとは……」
致命傷ではなかった。けれど、確実に動きは鈍くなっていた。
「小癪な……!」
ゴランは歯を食いしばり、大剣を振るい続ける。
一撃ごとに地面が砕け、火花が散る。
だが、そのすべてを、クロムは紙一重でかわし、いなしていく。
「ゴラン!」ベントが駆けてくる。
長槍を構え、横合いから一気に間合いを詰める。
ゴランが正面から圧をかけ、ベントが側面を制す。
理想的な連携だった。
「今だ!」
ゴランの渾身の振り下ろし。 それに合わせ、ベントの槍が喉元を狙う。
クロムは冷静だった。
ゴランの大剣を踏み、刃の側面に足をかけ、強引にその軌道を逸らす。
さらに、その反動を利用し、空中で身をひねる。
次の瞬間、短剣が、ベントの胸元、装甲の隙間に深く突き立てられる。
「……っ!」
「ベント……!なぜ……」 ゴランの叫び。
ゴランは崩れ落ちるベントを見ながら、大剣をクロムの背をめがけて、横に払う。
クロムが、わずかに体を捻ろうとする。
(ちっ……腕一本は覚悟するか……)
ゴランの大剣は唸りを上げて、クロムに迫っていた。
ヒュンヒュンヒュン。そんなかすかな音と共にゴランは崩れ落ちた。
背には、装甲の隙間を縫うように、矢が立っていた。
「ゼノに助けられたか……最悪だな……」
クロムは、自身の部隊に号を発した。
「登れ。城壁を制圧しろ。登ってくる敵は、全て落とせ」
クロムの部隊が、一斉に動く。
クロム自身も、城壁を駆け上がった。
ちょうど登り切った敵兵十数名。疲弊し、満身創痍の顔。
一切の躊躇なく、短剣が舞う。
首、心臓、喉。
数秒後、城壁の上には、動く者はいなかった。
そして、クロムの前に、ヘルヴァンが立っていた。
剣を握り、血に濡れ、それでも、背筋は伸びていた。
「……若いな」 ヘルヴァンは、静かに言った。
「レイといい、そなたといい、エルメリア王国の未来は明るいな……」ヘルヴァンは寂しそうに笑った。
クロムは短剣を構え直す。
「――貴殿こそ、ここまでよく来た。老将よ。それとエルメリア王国に尽くしているわけではない」
ヘルヴァンが少し、目を細める。
「それもまた、よかろう。では、この老骨に心ゆくまで、付き合ってもらおうかの……」
クロムとヘルヴァン、この結末の真の意味を、レイが気づくのはまだ先の話だった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
cf.)F:1~20 E:21~50 D:51~90 C:91~150 B:151~220 A:221~260 S:261~300
【今話の極小情報:】
今回、ご紹介するのは、ゴランとベントのステータス。
ゴラン:【名:ゴラン 年齢:34】【MP:100】【ステータス】武力:240.A(250.A) 知力:100.C(150.C) 統率:260.A(260.A) 政治:30.E(30.E)【サブステータス】兵法:120.C(160.B) 馬術:250.A(250.A) 陸戦:240.A(240.A) 海戦:230.A(240.A) 工作:160.B(160.B) 諜報:160.B(160.B) 農耕:40.E(60.D) 商業:60.D(80.D) 建築:110.C(150.C) 成長:170.B(170.B) 忠誠:--【固有スキル】--【スキル] 剣術(A) 体術(B) 探索(C) 隠蔽(C)
ベント:【名:ベント 年齢:29】【MP:550】【ステータス】武力:220.B(220.B) 知力:230.A(230.A) 統率:240.A(250.A) 政治:180.B(190.B)【サブステータス】兵法:210.B(220.B) 馬術:200.B(200.B) 陸戦:210.B(250.A) 海戦:240.A(240.A) 工作:220.B(230.A) 諜報:210.B(220.B) 農耕:150.C(170.B) 商業:150.C(190.B) 建築:130.C(160.B) 成長:170.B(190.B) 忠誠:--【固有スキル】--【スキル] 槍術(B) 体術(B) 投擲術(B) 探索(A) 隠蔽(C)
【お読みいただきありがとうございます!】
次話は、撤退戦……
~高評価やブックマーク、感想・リアクション等いただけるとありがたいです!~
ふっと二言:「ヘルヴァンを描くのに結構苦労しました。なんだか、戦記っぽくなってしまいましたが、一応、ヘルヴァンやゴラン、ベントは実は……と後の話に多少出て参ります……これからも、引き続き、よろしくお願い致します!」
――――――――【他作品も全力執筆中!】
更新をお待ちいただく間に、こちらの作品もご一読いただけると幸いです!
・『生涯、20時間睡眠だった俺、夢で組んだ必勝パターンで異世界を攻略する ~無能と蔑まれた公爵家三男の、理想再演・無双譚~』
「夢を追う。non。夢を負うんだ。夢が現実だったらいいのに。non。現実を夢にするんだ。TOPを狙う。non.non.non。そんなの後からついてくる。狙うべきはTOPだろ??」
夢と共に最強に!
圧倒的な「勘違い(相互)」×「成り上がり」×「無双&夢想」×「最強」!!
・『【武の極致】と【フェンリル】の力を以て、三つの世界で覇者となった俺』
「動かないだけの者に何がわかる。動けば変わる。今はそう信じろ。」
【戦×無双×成長】 →天下を争う軍記モノです!※後々、魔法や異世界系に変わっていきます!
※初期、1話あたりの字数1万字ちょっと、と長すぎるので、#1-52~からご一読いただけると、字数的にも、よりスムーズかなと……
・ロード・オブ・ザ・キャット ~「人生」取り戻したいだけの猫(元人間)が、無自覚に神獣へ進化した結果、人類最強が首輪を持って泣きついてくる件。これって営業妨害ですか?
「可愛いからって舐めないで。僕の敏捷、150はあるから。」
圧倒的な「猫の可愛さ」×「人類の勘違い」×「チート無双」! 僕を人間に戻せる(評価をくれる)のは、読者の貴方だけです。
・『生涯、病室だった俺、異世界で自由な体を手に入れたので、天下を獲ることにした』
「窓の外を眺めるだけの日々は終わった。今度は俺が、世界に眺められる番だ。」
不自由を極めた過去を、最強の自由で塗り潰す!
【戦×無双×成り上がり×領地経営】 ――病室を抜け出した俺の、天下取りが今始まる。
⇧※本作です。これからもお付き合いのほど、よろしくお願いいたします!




