#26:誠に大儀であった
「投稿がだいぶ、空いてしまって、申し訳ないです。ブクマ外さないでくださった、読者の皆様、感謝です!」
ー新作も投稿したので、よろしければ、ご一読くださると幸いです!ー
~引き続き、評価・ブクマ・感想・リアクション等くださると、執筆の励みになります~
【前話のあらすじ:ローヌ村を視察した一行は、その技術力の高さに驚嘆する。次なる地は……】
ローヌの街の喧騒から馬車で数時間。
一行が深い森のトンネルを抜けた先に広がっていたのは、この異世界のどの場所とも似つかない、奇跡のような情景だった。
「……これが、村だというのか?」
ルーヴィンス王が、思わず馬車の窓から身を乗り出した。
視界に飛び込んできたのは、緩やかな傾斜に沿って整然と並ぶ、黒瓦と白壁の対比が美しい建築群。
それはまるで、古びた木材を、さらに洗練させ、魔法的な調和で磨き上げたような趣があった。
道には、丁寧に敷き詰められた石畳が続き、その隙間からは一分の隙もなく手入れされた植物が、深緑の輝きを放っている。
「レイよ、これはなんという草なのだ?」
「王よ、これは、草ではありません。「苔」というものです。ここは、あまり陽の当たらぬ場所。ゆえに、水魔法で湿度操作を施しております。手入れしなくても、生えてきますが、景観のために、モントス村とローヌ村の者が少々、手入れをしておりますが……」
「レイ、あれは、あの明りはなんというものだ?」
軒先には、レイが現代日本の技術と魔法を融合させて造り上げた「行灯」が並び、柔らかな橙色の光が、夕暮れ時を待たずとも歩行者の心を落ち着かせていた。
「行灯というものです」
「どのようにして創ったのだ?」
「詳細は、この村の特産品ですので、伏せますが、竹という植物に薄布をかぶせ、その中に微弱な雷魔法の魔石を組み込んでおります」
「ふむ、色々聞いて、すまぬな。なにぶん、初めて目にするものばかりでな」
数時間して、モントス村に到着した一行を驚かせたのは、村全体を包み込む「気配」だった。
どこからともなく漂ってくるのは、檜の清々しい香りと、食欲をそそる芳醇な出汁の匂い。
さらに、至る所から立ち上る真っ白な湯気が、風に吹かれて幻想的な帯を作り出している。
村の境界を流れる小川は、淀み一つない透き通った音を立て、そのせせらぎがメロディルの「チュン」というさえずりと重なり、完璧な二重奏を奏でていた。
「不潔だ! レイ、貴様、我ら王族をこのような湿気た場所に……!」
アーノットが、街道の脇にある公共の「足湯」を指差して声を荒らげた。
そこでは、村の老人や旅の商人が、穏やかな顔で並んで足を浸し、談笑している。
多くの民衆がさらにその奥の「温泉」と書かれた青と赤の弾幕をそれぞれくぐっていく。
「民に肌を晒し、同じ湯を共有するなど……! 神聖なる我らの足元さえも汚れるではないか!」
レイは、アーノットの罵倒を表情一つ変えずに聞き流した。
「アーノット殿下、誤解なきよう。ここは『モントス村』。あらゆる命が休息を得るための「憩いの村」です。……そして、皆様のような特別な賓客には、相応の場所を整えてございます」
レイが一行を導いたのは、村の喧騒(といっても、非常に静かなものだが)から少し離れた、竹林に囲まれた一角だった。
そこには、一際重厚な茅葺き屋根の門があった。
「ここは完全予約制の離れ、『極・湯殿』です。50室ございます。他者の視線はもちろん、空気の微かな揺らぎさえも、フィルス大村、独自の技術によって管理しております」
案内された室内に入った瞬間、アーノットの不満は凍りついたようだった。
床は磨き抜かれた名木の無垢材。
奥に鎮座するのは、巨大な天然岩をくり抜いて造られた露天風呂だった。
そこからは、村の地下深くから汲み上げた霊泉が、一点の淀みもなく溢れ出している。
この湯は、ロブが開発した「超微細ナノ濾過システム」と、レイが設計した「魔力熱交換器」によって、成分・温度・浸透圧に至るまで、医学的に最もリラックス効果が高い数値へと、コンマ単位で調整されていた。
そして、そんなハイテク技術の結晶であることは微塵も感じさせないほど、風景と湯船は自然な「和」の美しさを保っていた。
「……ふん、少しは気を使っているようだな」
毒気を抜かれたアーノットは、ぶつぶつと文句を言いながらも、豪華な脱衣室へと消えていった。
シリスら王族たちが、次々と個別の脱衣室に姿を消していく。
しばらくして、湯から上がってきたルーヴィンス王は、穏やかな面持ちでレイに告げた。
「レイよ……。私は、これまでの人生で何を『贅沢』だと思っていたのか、分からなくなったぞ。この湯に浸かっている間、肩にのしかかっていた国家の重圧が、文字通り溶けて消えるようであった。この心地よさ、王宮のどの財宝にも代えがたい。大儀であった」
「もったいなき御言葉にございます」レイは恭しく頭を下げた。
「相変わらず、想像を越えてくるわね」どうやら、シリスも温泉を堪能したようだった。
彼女の少し濡れた髪から、華やかな香りが竹林を駆け抜けていく。
「石鹸とやらも、とても良かったわ。身体の汚れも疲れも一気に取れたわ」
「お気に召したようで安心しました。王族の方に合わぬ品であれば、どう言い訳しようかと思っておりましたので」
「あら、言い訳は、私との婚約で構わないわ」
「それも一考の価値はあるが、なにも狙うのは、そなただけではあるまい」ルーヴィンス王がにやりと笑う。
「陛下も王女殿下も、御冗談が過ぎます。何より、私はこの地が好きなのです」
「あら、それは残念ね」「うむ、誠に残念だ」
一行が温泉を堪能し、次に案内されたのは、食事処であった。
竹林を抜けると、川の上流へと至る。
竹林の靄が晴れ、川の上に浮かぶレストランへと案内される。
川の流れは、ロブの水魔法とガストンの土魔法を使って、堰き止め、管理してある。
「本日は、皆様の体調と好みに合わせられるよう、三つの系統……和食、洋食、中華という種類の食をご用意いたしました」
それは、レイが、前世で知識として組み込み、味わった最高峰の技術を、この世界の食材で再現した料理の数々だった。
まず運ばれてきたのは、
真空低温調理によって肉の繊維一本一本を壊すことなく、旨味だけを静かに閉じ込めた
—―「赤猪のロースト」。
淡い赤みを帯びた断面からは、刃を入れた瞬間、ほとんど音もなく肉がほどけていく。
臭みはなく、魔物の肉を食し、豊かに育った魔物特有の、甘く、深く、どこか懐かしい香りが広がっていく。
「なんという!舌が触れるよりも先に、脂が口の中でとろけ落ちていくようだ!角の取れた甘味と遅れて押し寄せる赤身の濃厚な味わい。素晴らしいぞ!肉が自ら崩れ、味だけを置いていくとは……」
ルーヴィンス王が感嘆の声をあげる。
「うむ、褒めて遣わすぞ!王都の魔物の肉は食すと腹が重くなるが、これは逆に軽くなるようだ!満足だ!」
アーノットはどうやらご機嫌のようだった。
次に供されたのは、浸透圧と時間を極限まで計算し尽くし、黄金色の出汁を野菜の芯にまで染み渡らせた—―「彩り野菜の炊き合わせ」。
「箸はこう使うのよね?レイ、合っているかしら?」
「御上手にございます、シリス王女殿下」
「御世辞はいらないわ」「あ、はい……」
「洗練されているわ。箸を入れれば、野菜は音もなく割れる。噛めば、表層の優しい甘みの奥から、出汁の旨味がじわりと滲み出す仕組みね。派手さはないけれど、なにか、こう、整っていく感じがするわ。合格よ」
第一王女のカリスティアが満足そうに呟いた。
「ありがたきお言葉にございます」レイは深々と頭を下げる。
「レイよ……このスープは何だ?」 ルーヴィンス王は、思わず匙を止めた。
「透明で、澄み切っているぞ。だが、口に含めば、幾層にも重なった味が、静かに舌を包み込んでいく……旨味が主張しすぎず、それでいて決して薄いわけでもない。絶妙だな、これは……」
ルーヴィンス王は、信じられないものでも見るように、皿をじっと見つめた。
最後に、卓に並べられたのは、高火力の魔力炉で一気に火を入れ、スパイスの香りを油の中に封じ込めた—―「極彩・龍肉炒め」。
皿が置かれた瞬間、鼻腔を突き抜ける芳醇な香り。油の中で弾けた香辛料の刺激が、食欲を揺さぶってくる。
「おお!外は香ばしく、中は驚くほど柔らかいぞ!噛むたびに、香り、旨味、肉汁が順番に押し寄せ、決して混ざり合わないまま、完璧なリズムを刻んでいる!美食家のこのアーノットを喜ばすとは、褒めて遣わす!ありがたく思え!」
「ありがたきお言葉にございます」レイは軽く頭を下げた。
細部まで計算し尽くされた盛り付け。色彩の配置、余白、視線の流れ。
そして、一口ごとに脳を揺さぶるような深い味わい。
王宮の食事が「贅」だとするならば、レイの提供するそれは、もはや「芸術」であり、
同時に—―食という行為そのものを問い直す、哲学だった。
ルーヴィンス王は、いつの間にか、“味わう”というよりも、 “体験している”自分に気づいていた。
「食に拘り抜くというのは、こういうことであるのだな……誠に大儀であった」
【お読みいただきありがとうございます!】
次話は、不穏な影が……
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「ふっと二言:今話の極小情報をどうするか迷った末に、今話は「なし」にしました。楽しみにしてくださっていた読者の方々(いらっしゃればですが……)、申し訳ございません。引き続き、どうぞよろしくお願いいたします!」
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