第18話:スパイシー・ナイト
王宮へ続く馬車の中、俺は退屈しのぎに、隣でガチガチに緊張しているレオンハルトの足元を覗き込んだ。
(おいペッパー。出会った時はそんなに小心者だとは思わなかったぜ…「薄味」だなぁ。そんなギザギザしてるだけで中身がスカスカじゃ、王宮の化け物共には通用しねーぞ)
『ア、アニキ……! そう言われても、俺、どうすれば……!』
(強くなりたきゃ泥を啜れ。……いや、俺の「特製スパイス」を喰え)
俺はエドワードからせしめた「紫蛇の魔力水」の残滓に、俺自身の「毒素」をピリリと利かせて、ペッパーの口(影の隙間)にぶち込んでやった。
【スキル:影のスパイス(シャドウ・エンチャント)】
効果: 一時的に宿主の身体能力を200%向上させ、攻撃に「痺れ」の付帯効果を付与する。
(いいか、今日からお前は「ペッパー」だ。ピリッとしろよ)
「なんだ……? 急に、体が熱い……」 レオンハルトが自分の拳を見つめて呟く。その瞳には、野犬のようなギラついた闘志が宿り始めていた。
王宮の一室。紅茶の香りが漂う優雅な空間に、場違いな鉄の匂いが混ざる。
「教典とは真逆の『黒き救世主』……重要保護対象として、王命により同行願おう」
アルトリウス隊長の言葉に、レオンハルトが前に出た。その所作には、以前の「騎士見習い」の甘さはない。
「主の身に触れる者は、たとえ精鋭であっても容赦はいたしません」
挨拶は完璧。だが、放たれる殺気は猛毒そのもの。アルトリウスがニヤリと口角を上げる。
「ほう……総帥の息子が随分と『辛味』の利いた挨拶をするな。少し、味見をしてやろうか」
刹那、空気が爆ぜた。「聖銀の旋風」と謳われるアルトリウスの抜刀。物理法則を置き去りにした銀の閃光が、レオンハルトの首筋へ吸い込まれる。
(――速いッ!?)
レオンハルトの反射神経を凌駕する一撃。だが、俺は影の中でペッパーのケツを叩いた。
(目で見んじゃねえ! 足元の『痺れ』を解き放て、ペッパー!)
『行っけえええええ!!』
レオンハルトの咆哮と共に、床から漆黒の稲妻が噴き上がった。
【影棘・痺れ味】
※命名:カゲレナ(ペッパーの「影の鞭」というダサい案を却下)
キィィィィィン!!
硬質な金属音が響き、火花が散る。アルトリウスの剣先が、レオンハルトの喉元数ミリのところで、磁石に吸い寄せられたかのように漆黒の棘に絡め取られていた。
「な……!? 私の剣が、動かん……」
『アニキ直伝……『チクッ』とくるやつ、食らえっス!!』
レオンハルト自身も、自分の体が勝手に「正解」を叩き出していることに驚きを隠せない。
「これは……久しぶりにまずいな」 アルトリウスが舌舐めずりをする。彼が本気で魔力を練り直し、部屋全体がミシミシと軋み始めたその時。
「――そこまでよ」
凛とした声が、熱狂しそうになった戦場を氷点下まで冷やした。 お嬢がひょいとレオンハルトの襟首を掴み、そのままズルズルと引き下げる。あんなに猛り狂っていた影の棘が、叱られた子犬のようにシュルシュルと縮んでいった。
「ひゃっ!? お、お嬢様!?」
「レオン様、熱くなりすぎよ。アルトリウス様も、大人気ないですわ」
お嬢は、レオンハルトの額に冷たいハンカチをあて、慣れた手つきで汗を拭う。
「……ふぅ。全く、この『影』たちは少し目を離すとすぐにこれだもの。ごめんなさいね、アルトリウス様。うちの子が少し……『スパイシー』すぎたかしら?」
剣を収めたアルトリウスの手首が、微かに震えている。彼が見たのは、ただの候補生ではない。その背後に潜む、底知れない深淵の片鱗だ。
「……面白いものを見た。アイアン、お前の言った通りだ」
エドワードが愉快そうに笑い、一行は再び王宮の奥へと歩みを進める。 俺は影の中で、ペッパーとハイタッチ(影の端をぶつける)を交わしながら、次なる「晩餐(毒)」の匂いを探り始めた。




