第18話 勇者1
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第18話 勇者1
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僕たちがアデンで海鮮を楽しんでいた頃、ジュングールでは勇者が我が儘し放題だったらしい。
「おい、まだ剣聖は見つからないのか!?」
領主のローグ子爵は勇者の前で膝をつき、頭を下げていた。そのおかげで勇者にはローグ子爵の表情は見えていない。
出涸らしの第五王子。能力は低いが王子という立場を利用し、やりたい放題やっていた評判の悪い第五王子。
それなのに宣託の巫女は彼を勇者だと言った。
それまで《《ただの性質の悪い》》王子だったのが、《《酷く性質の悪い》》勇者になった。
ローグ子爵は顔を歪めながら、勇者の厭味を受け続けた。
「おい、無能! 分かっているのか!?」
(くっ。こんなヤツに……屈辱だ)
「さっさと剣聖を探し出せよ、無能が!」
「も、申しわけございません」
ローグ子爵は屈辱にまみれ、勇者が占拠する貴賓室をあとにした。
「あんな無能が勇者とは、世も末だ」
面と向かって言えない言葉を廊下で吐き捨てる。
「勇者などどうでもいいが、本当にこの町に剣聖がいるのか? そんな噂などこれまで聞いたことさえないのに?」
市井の細かいことは知らなくとも、剣の達人がいれば噂くらいは耳に入る。それくらいの統治はしているのに、これまで一度もそういった話は聞かなかった。
冒険者ギルドに問い合わせ、手練れの剣の使い手の情報を得たが、宣託の巫女はどれも違うと言う。
情報通の商人ギルドに問い合わせてもよい情報はない。もちろん、部下たちにも聞き取りを行ったが、剣聖と思われるような剣士はいなかった。
そんなある日、勇者がまたローグ子爵を呼び出した。忙しい中、勇者が陣取る貴賓室に向かう。
「おい、女を用意しろ」
「はい? 女でございますか?」
「さっさといけよ、愚図が!」
ワイングラスがローグ子爵に投げられる。幸い当たることなく床に当たって割れたが、ワインがかかった。
こんなクズに傅くなど、屈辱以外の何物でもない。だが、王子で勇者のこいつを敵にすることはできない。
ローグ子爵は歯を食いしばり、屈辱に耐えた。
「おい、娼婦を集めて勇者にあてがっておけ」
「娼婦でいいのですか?」
「いいか、娼婦だと分からぬようにしておけ。だれかの人妻だとか言っておけば、あのバカはそれで満足する」
その程度のクズなのだ、とローグ子爵は吐き捨てる。
ローグ子爵はその足で宣託の巫女に面会を求めた。
「ローグ子爵殿、どうされたのですか?」
「宣託の巫女様にお聞きしたい。剣聖は本当にこの町におられるのか?」
「神がそう仰いましたから、それは間違いないことです」
「ですが、いくら探しても剣聖は発見できません。せめて容姿の手がかりなどはないでしょうか」
「申しわけございません。私が神からお聞きしたことに容姿は含まれておりません」
「そうですか……」
ローグ子爵は宣託の巫女の部屋を辞し、執務室へ帰ると椅子を蹴り飛ばした。
「あんなヤツを勇者と認定した宣託の巫女の言葉など信じられぬわ!」
ローグ子爵はそう判断し、部下たちに『捜査してます』感を出すように命じ、捜査を打ち切った。
それから十日が過ぎ、二十日が過ぎても剣聖は発見できない。当然だ、捜していないのだから。
「おい、この無能が!?」
「申しわけございません」
この頃になるとローグ子爵も謝り慣れてしまった。適当に頭を下げ、勇者の気が済むまで待つだけでいい。
今日も勇者の厭味や怒号を聞き流して、貴賓室をあとにした。
そして三十日、勇者はとうとう我慢の限界を迎えた。
夜を共にしていた女性に酷い折檻を加え、その女性は残念ながら亡くなってしまったのだ。
それを聞いたローグ子爵は懇意にしているアブラス公爵に勇者の蛮行を報告し、このまま放置はできないと泣きついたのだ。
「すでに王家には報告しておる。そろそろ帰還命令が出るであろう。もう少し我慢をしてくれ」
「閣下がそう仰るのであれば、もう少しは我慢します。しかし、今回の滞在中の蛮行・淫行を揉み消すための費用、そして当家の被った被害の補償を要求します」
「うむ。王家にはそう伝える」
勇者と宣託の巫女は、それから五日後に帰還命令を受けて王都へと旅立った。
僕はそんなことになっているとは知らなかったが、これからも勇者との遭遇はお断りだ。絶対に回避するつもりでいる。
ご愛読ありがとうございます。
これからも本作品をよろしくお願いします。
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