#5 狐
日が沈み、辺りが闇に染まった頃、薺は目を覚ました。
仰向けになっていたようで、ぼんやりとした視界に白い天井が見えた。
「ここは……。それに私、確か……」
未だ意識ははっきりとしていないが、少しずつ覚醒しつつある脳を回転させ、現在に至るまでの経緯を思い出す。
自分は、『狐』に襲われた。全容は覚えていないが、どう考えても無事に済んだとは思えない。攻撃を受けたという感覚は確かに有ったし、間違いなく死んだと直感していた。
しかし、どうやら自分は無事の様だ。不思議な事に、痛みや疲れ等も感じない。身に付けていた制服は、ブレザーは脱がされている様だが、中に来た白いカッターシャツや下着、スカートには血も付いておらず、破れたりもしていない。
まさか、全て夢だった?
「でも、夢にしてはリアルすぎ……」
頭の中で思考を重ねながら、薺はゆっくりと身体を起こした。どうやら簡素なシングルベッドに寝ていたらしい。見覚えの無い場所だ。
そういえば、何かを忘れている気がする。ふと、そう思った時だった。
「思ったより早かったな」
唐突に響いた、あの声。
薺はその声が聴こえた方へと慌てて顔を向ける。
薺が寝ていたベッドの脇に、例の少年は居た。空間に消え入りそうな白い少年は、壁に背を預け腕組みをして立っており、薄紫の瞳で薺を見下ろしている。
薺は身を乗り出す様に少年に顔を近付け、
「あ、あなたは……! あの、私は一体……?」
「焦るな、それに近い」
少年の冷たい指摘に、薺は頬を赤らめ、恥ずかしそうにベッドの上にちょこんと正座した。
「時にお前。自分の状態には気付いているか?」
あくまでも無感情に、少年は左手を上げ、親指で左の方向、薺から見て右側の壁を指した。
そこには中央に部屋の扉。そしてその脇には姿見が設置されていた。薺は小首を傾げ、一度少年を見やってから恐る恐るベッドを降り、姿見の前に立って自分の姿を確認した。
そこで彼女は、自身の体の異変に気付く。
眉をひそめる薺の顔を覆う艶やかな黒髪に、不可解なモノが乗っかっていた。
髪と同じ黒色の、もふもふした……、
「……耳?」
そう、耳だ。更に詳細に分類するならば、先程見た狐と同じ、狐耳だ。
薺は怪訝な顔をして、恐る恐るその耳に触れてみる。触られたという感覚と、自身の意思でぴくりと耳が動くのを確認し、
「ホンモノだ……」
そう確信した。
これだけで絶叫モノだが、悲劇は続く。
「後ろも見ろ」
あわあわと顔青ざめさせていく薺を尻目に、少年は彼女の背を指さす。
それに促され、鏡に背を向けて見ると、今度は、お尻の少し上の辺りから生えた、これまた立派な狐の尻尾が。
「……き、きゃあああああぁぁぁぁぁあああ!?」
やはり絶叫。普通に当然で当たり前の反応だ。
しかし、少年にとっては想定より大きな反応だった様で、流石に面食らった様子だ。
少年は薺が一しきり叫び終えるのを待つと、小さく咳払いをして尋ねた。
「もういいか? 一先ず状況の説明をしたい」
「はぁ……はぁ……は、はい……お願いします」
薺は息を荒げながら答える。一先ずは落ち着いたようだが、焦燥した表情で少年を見据えた。




