#4 走馬灯
少年がジロジロと薺を見る。薺は呆然としたまま少年を見つめ返していたが、尻もちをついた体勢のままで、スカートが大きく乱れている事に気付き、慌ててスカートを直して立ち上がった。
しかし少年は彼女の様子には興味が無さそうで、暫く沈黙した後、眉をひそめる。
「……オマエ、まさか」
少年はベストのポケットからスマホを取り出し、画面を操作すると、どこかへ電話を掛けた。
訳も分からず少年を見ていた薺だが、そこで少年の後ろから影が迫っている事に気付いた。
「あっ、危ない!」
そう言い終わるとほぼ同時に、バチン! という音と共に再び激しい閃光。少年を襲おうとしていた狐がまた一匹、力尽きた。
少年はため息を一つつき、繋がった通話相手と話し始めた。
「オレだ。結界内に一般人が入り込んでるぞ、支援部の連中は何をしてる」
静かで落ち着いた声色には、しかし明らかに怒気が含まれており、薺はビクビクしながらゴクリと息を飲む。
彼は構わずに続ける。
「しかもこの女、見えている。結界か、或いはオレか幽魔の霊力に当てられた可能性が高い。それか、元から素養が有ったか」
(ゆうま?UMA?)
聞き慣れない単語に、薺は首を傾げる。未だ状況は一つも理解出来ていないが、どうやら自分の立場はよろしくはないようだ。
少年が冷たい横目で薺を睨む。
「一先ず、討伐を終えたら連れ帰る。垣根を呼んでおけ」
そこで少年は通話を切り、薺に背を向けた。
「あの…...?」
「そこから動くな」
問い掛けに冷たく一言で返され、既に完全に萎縮してしまっている薺は「ひゃい...…」と、弱々しく返事をする事しか出来なかった。
少年は薺の返事が聞こえていたのかいないのか、それ以上何も言葉を発する事無く、残った狐に向かって跳んだ。まさしく閃光の如き速さで狐の間を駆け抜け、残り三匹となった狐に同時に激しい光と音が降り注ぐ。それによって全ての狐は力無く倒れた。
狐が完全に動かない事を確認し、少年は気だるそうに両手をベストのポケットへ。ゆっくりと薺に向かって歩き始める。
しかし、数歩進んだ所でピクリと目を見開き、慌てた様に両手をポケットから引き抜いた。
その様子を不思議そうに見ていた薺は、いつの間にか自身の背後にズシリと重苦しい気配が存在している事に、少し遅れて気が付いた。
先程と同じ狐が、もう一匹。
「ちっ、まだいたのか......!」
少年は舌打ちしながら小さく叫び、超速で駆ける。
しかし、少年が薺に辿り着くより僅かに早く、狐は薺の肩口に噛み付いた。
「うっ!! あぁっ!!」
勢いよく血が噴き出し、バキバキと嫌な音が鳴り響く。経験したことの無い激しい痛みと共に、マグマの中に放り込まれたかの様に、体が一瞬で熱くなるのを感じた。
あっという間に視界が揺らぐ。今度は一気に体の熱さが引いていき、極寒の中に居るように感じる。
狐を一瞬で処理して、自身を抱きかかえ、顔を覗き込んでくる少年の表情はもはや視認出来ない。
少年は何か言葉を発している。自身に向けた言葉か、それてもまた誰かと通話しているのか?それすらも認識出来ず、薺の意識は暗く、黒く沈んでいく。
(──私、死ぬのかな)
鈴夏、愛子。学校の友人達や家族の顔が次々と走馬灯の様に頭に浮かぶ。
熱さも、寒さも、痛みも感じられなくなり、そこで薺の意識は完全に途絶えた。




