#3 異形
閉ざされた街に侵入した薺は、遠くに見える少年を見逃さぬよう、ジッと見つめたまま走っていた。しかし、暫く進んだ所で異変を感じ、徐々に足を緩め、止めた。辺りを見渡した薺は、ゴクリと息を飲む。
外から見た閉鎖された街からは人の気配を感じられなかったが、内部に入っても同様、人が居る気配が無い。静まり返り、物音一つしない。まるでゴーストタウンだ。
薺は制服のポケットからスマートフォンを取り出し、画面を見やる。
時刻は一七時半を少し回った頃。学生や一部の社会人等であれば既に帰宅しているか、帰宅途中の頃合か。
飲食店等は、ここから賑わい始める時間帯だ。広い街が丸ごと無人など、有り得ない事だ。
背筋に悪寒が走り、頬にも冷や汗が流れる。
花嶋薺という少女は、品行方正、慎ましやかな性格ながら決してノリが悪い訳でなく、明るい部分も多い。そして、なかなか盛大にビビりだ。
早く愛子の家に向かわなければ。しかし可能ならばこの異変に関与していそうな少年に文句の一つも言ってやりたい。そんな目的や考えは忘れ、薺はここまで来た事を後悔していた。遠回りしてでも、こんな所に入り込まずに帰れば良かった…。
そんな事を考えながら再び少年の方へ視線を向けて、薺は目を見開いた。
少年は、その姿がある程度しっかり視認出来る程に距離は縮まっていた。ビルやマンション、アパートなど建物の屋上を素早く行き来している。そして、先程少年の周りを行き来していた無数の影、その正体も確認出来た。
「なに、あれ…。大きな、狐…!?」
少年と同等か、一回り程大きな体躯をした、黄みがかった白い毛並みの狐。それが視認出来るだけでも、十数匹。少年の周りを跳び交い、彼に襲いかかっていた。
野生の狐、な訳が無い。あんなに大きな狐の存在など、聞いたことが無い。
薺は強ばった表情で、少年の動向を窺う。
少年は襲い来る狐に対し軽く手を振るい、その度に激しい閃光が瞬く。瞬間的なあまりの眩しさに薺は何度も眼を瞑ってしまうが、恐らくはその閃光によって狐は一匹、また一匹と地面に落ちていき、その数を減らしていた。
残り五匹。そこまで減って漸く、狐は無策に攻めずに少年を囲う様に広がり、ジリジリと距離を取り始めた。少年は特に身構える事も無く、待ちの姿勢だ。
その時、一匹の狐があるものに気がついた。
路地の真ん中で、離れた此方を呆然と見つめている、一人の少女に。
現在の狐達の標的は勿論目の前の少年であるが、新たな敵が現れた。そう感じたその狐は、喉を唸らせながら少女を睨み、身を屈める。
少年はその狐の様子に気付いて怪訝な顔をし、やがて狐の視線の先へと目を向けた。
そこで薺と少年の目が合った。その瞬間。
ドン!! と建物の屋上を強く蹴り、一匹の狐が薺へ向かって跳躍した。薺と少年達の距離は五〇メートル程あったが、僅か一秒程度で狐は薺の目の前まで到達していた。
狐が前足を振りかぶり、鋭い爪が薺へと振り下ろされる。
薺にはあまりにも一瞬の出来事過ぎて、狐の接近、攻撃に対して身構える事も、逃げる事も出来ずに、ただ恐怖を感じて反射的にギュッと目を瞑った。
「ひっ…!」
小さく悲鳴を上げ、本能的に死を悟った。
その瞬間、バヂン! と激しい音が鳴り、その音の衝撃に薺はビクリと体を震わせ、尻もちをついた。
恐らく、攻撃を受けた訳では無い。体に痛みは全く無い。ドサリと、何か重いものが地面に落ちる音がした。
薺は恐る恐る目を開ける。目の前には、先程薺に襲いかかってきた狐が全身から血を吹き出し、倒れていた。動く様子は無い、既に息絶えているようだ。
呆然としながら、視線を上げる。倒れた狐の向こうに、あの少年が立っていた。
白いベストのポケットに両手を突っ込んだ少年は、長めの白い前髪の隙間から、薄紫の瞳で冷たく薺を睨み付けていた。
「何やってんの?オマエ」




