#1 花嶋薺の日常
「ねぇ、薺。また告られたってマジ?」
日が傾きかけた夕方、街中を歩く三人の少女の一人がそう言った。
ショートカットの茶髪で、快活そうな少女だ。服装は、明るいブラウンのブレザーに、胸元には赤のリボン。灰色のスカートに、茶のローファーと、どうやら学校の制服の様だ。三人共同じ服装をしており、同じ学校に通う友人同士なのだろう。
其の友人達の、今日の放課後トークタイムの主役にされた少女、花嶋薺は、困ったように小首を傾げた。
腰の辺りまで伸びた艶やかな黒髪。スカートの丈は、他の二人と比べても長く、膝の少し上の辺りだ。目つきは優しげで、瞳は丸く大きい。
絵に描いた様な美少女、優等生である彼女は、困った様子のまま、答えた。
「えと、うん、まぁ……」
「で、どうしたの!?」
渋った返事の薺に詰め寄ったのは、先の少女とは違う、三人目の少女だ。
黒髪を三つ編みにし、丸眼鏡を掛けた少女。薺も小柄な方だが、彼女は更に小さい。制服を着ていなければ、近くを掛け回っている小学生の集団に紛れていても違和感が無さそうだ。
「それは、断ったよ?」
「えー、また!? アンタそんなに可愛いのに、高校生にもなって未だに彼氏ゼロとか、威厳が無くなるよ? ねぇ愛子?」
「そーそー、薺もそろそろオトナの階段登っても良いんだよ?」
「威厳ってなによ、鈴夏。愛子まで…」
主役を置き去りにテンションを上げていく二人に、薺は重い溜め息をつく。
茶髪の少女鈴夏と、三つ編みの少女愛子は、並んで楽しそうに会話しながら歩き、薺は其の一歩後ろを、二人を見守る様に歩き、時折二人の会話に混ざる。其れがいつもの放課後の光景、日常だった。
「……!」
暫く三人で歩いていると、ふと、ある人物とすれ違った。
透き通る様な白い肌、雪の様な純白の髪。眉や睫毛さえも真っ白な端整な顔に唯一色の宿る瞳は、色素の薄い紫。空間に溶け込んでいってしまいそうな、儚げな少年。
そんな異様な風貌の所為もあってか、彼女は無意識にその少年に目を奪われ、脚を止めていた。しかしすれ違いざま、彼が自身の視線に気付き僅かに怪訝な顔で見てきた瞬間ハッとして我に返り、恥ずかしそうに頬を赤らめて前を向き、少し進んだ先に居た鈴夏と愛子を小走りで追い掛けた。少年も薺から視線を外し、路地を曲がり消えていった。
「ところでさぁ、今日出された課題、難しそうだから愛子の家で一緒にやらない?」
「良いけど、どうせ私と薺に全部教えてもらう気でしょー?」
「いやぁ、えっへっへぇ、お願いしますよ先生方~」
二人は先程の薺には気付いておらず、他愛の無い会話を続けていた。
「どうする? 薺先生?」
そこで愛子が振り向き、丁度二人に追い付いた薺に問う。
「ふふ、どうしましょうかねぇ? えーっと、……あっ!」
薺は優しく笑いながら、課題の内容をサッと確認しようと鞄を開けて中を覗き、ハッとする。
「課題のプリント、学校に忘れてきちゃった」
校内でも屈指の優等生で通っている薺にしては、かなり珍しい忘れ物だった。鈴夏と愛子も驚いている様子だ。
「マジで? 明日提出だから大変だよ!」
「取りに戻る?」
心配する二人に対して薺は踵を返しながら、
「急いで取ってくる! 二人は先に愛子の家行ってて!」そう言って学校の方向へと駆け出した。
しかし、彼女は未だ気付いていない。
この先は、もはや『日常』ではないと。




