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第7話

 私はリケの邸に戻ったが、アンリ様とのいきさつを実父と継母に話すタイミングを失った。

 アンリ様方の動きは早く、正式な婚約破棄の申し入れの書状が届き、二人ともが憤った。家の財政危機を脱する目論見が頓挫したからだ。


「出し惜しみせず、さっさと貞操を捧げさせればこんなことにはならなかったのよ」

「そうだな……」


 私の前で平然と私の貞操を売る話をはじめられ、一方的に私の立ち回りの悪さを糾弾された。

 やっとのことで解放されて、部屋の外に出るも、廊下の暗がりに異母弟が私を値踏みするようにじろじろと凝視してくるので、気が休まるところがない。

 その後、私の自室の内鍵が外されて、外鍵が取り付けられた。これでもう、私には夜の侵入者を防ぐ手段もなくなったし、彼らは私を監禁できるようになった。いざとなれば、大怪我を覚悟して、三階の窓から飛び降りるしかないと心に決めた。

 そんな夜のことだった。

 水差しの水が切れて、自分で取りに行った時、書斎から明かりが漏れているのに気づき、なにげなく近寄れば、実父と継母の会話が聞こえてきた。


「ねえ、早くあの娘を追い出して。あの子、結婚できないからって、フランツに色目を使っているわ。ああ、いやらしいったらないわ」


 継母の懇願に、うん、とだけ答える実父に、継母は重ねて、


「そういえば、ダンジュー伯は若い後妻を探しているって噂なの。もう老いぼれているのに、ぴちぴちの娘がいいんですって、あの子ならぴったりよ! お金持ちだし、うちも助かるでしょ」


 継母の言葉は、義理の娘に対してとことん冷たいものだった。

 継母は、元々父の愛人から正式な結婚へこぎつけた人だ。私のことは、憎い女の娘で、息子を誘惑する女という歪んだ見方しかできない。

 世の中には血の繋がらない子どもを一生懸命育てる親もいるのに、我が家はどうしてこうなのだろう。

 私は、父が継母をなだめてくれないかと少し期待していたのだけれども……。


「たしかに彼は資産家だな。相手方に申し入れてみようか」


 継母に追従した父に、目の前が真っ暗になる。実母が生きていたころは、まだ少しは優しいところがあったのに。


「おっと、盗み聞きか」


 異母弟のフランツが私の腕をぐいと引く。いつ、傍に寄ってきたのかわからなかった。


「ははは。運命は決まったな。だがその身体、老いぼれにくれてやるにはもったいない。嫁ぐ前に楽しみたいなら部屋まで来いよ」


 嫌悪感で体が震えた。

 フランツの素行不良はアンリ様以上に悪い。犯罪まがいのことをして、父にもみ消させているような噂も聞いたが、あながち嘘ではないと思う。

 フランツは私を血の繋がった姉ではなく、自分の欲を吐き出すための道具と見なしている。

 このまま、この家にいては、いずれは……。


――私は、歯車だから。何も感じないわ。何も考えない。私は……何も『知らない』。


 ……本当に、そうできたら楽なのに。

 放して、と低めた声で告げると、彼には意外な反応だったようで、あっけなく放されたが、元々同じ場所に住んでいるのだから、本気になればいつでもどうとでもできると思っているに違いない。

 この時はどうにか実父や継母に気付かれることなく、部屋へ逃げかえることができたのだったが、おだやかな眠りにつくことはとうていできなかった。


――そうだ。明日は聖堂へお祈りにいこう。


 ふとした思いつきに救いを見出してから、ようやく浅い睡眠をとることができた。



 翌朝。晴れやかな日だった。

 ひとりで支度をし、侍女に同行を頼もうと探していると、継母が「どこへ行くの」と詰問した。


「近くの聖堂へ出かけようかと」

「へえ。婚約破棄された売れ残りがのんきなものねえ。私なら恥ずかしくて外に出られやしないわ」


 嫌味を言われるのはいつものことだから、私は「行ってまいります」とだけ返した。いつもならそれ以上言ってこない継母だが、この日は違っていた。


「もう、付添いの侍女は必要ないでしょう? 無駄ですからね」

「え……?」

「はい、と言いなさい、はい、と」

「……はい」


 継母は毒のような微笑みを浮かべた。


「あ、そうそう。これからはあのお邸に行くのは禁止ですからね。あなたの叔父上に迷惑をかけるわけにはいきませんからね」

「え、あの……」


 耳が遠くなったかと思ったのだが、継母は本気のようだった。


「なに、私がいじめたみたいな顔をしないでくれる? いまいましい。婚約破棄されたんだから当たり前でしょう! それでも養ってやってるだけ、私は慈悲深いのよ!」


 継母はどしどしと歩いていく。


――叔父様の邸に……図書室にも、いけなくなる?


 まるで魂が抜けてしまったみたいだった。

 図書室の本を読むことが、私を支えていたものだったのに、それさえも禁じられてしまっては。


「聖堂へ、行こう」


 自分に言い聞かせるようにして、私はひとりで歩いて、聖堂へ向かった。

 いつもは侍女も同行するし、馬車に乗って行くけれど、道はわかっているので平気だと言い聞かせる。

 


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