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君と描いた青の軌跡、映す最後の約束  作者: 忍者の佐藤


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6

 

 休憩室に移動した二人は、一息つくためにお茶を淹れて飲んでいた。

「壮馬くん、助けてくれてありがとう」

 雫は紙コップに視線を落としたまま言った。笑顔だったが、どこか無理をしているように見えた。

「あんな風に庇ってくれたの、壮馬くんが初めてだよ……」

 壮馬を見上げる彼女の目は、少し潤んでいた。

「いやあ、あれは助けたというか、元から披露するはずだったネタを披露しただけというか……それより雫、大丈夫か? すごく酷いことを言われていたように聞こえたけど」

 雫はお茶を一口すすった。

「聞こえてたんだ」

「少しな」

「大丈夫だよ。お母さん、怒るといつもああなっちゃうんだ。だから慣れてる」

 雫は目を伏せ、小さな声で言った。

 壮馬は眉根を寄せた。雫は自分がどんな病気を患っているのか教えてくれないが、4年以上長期入院しているのは確かだ。肉体的精神的にも弱っているだろう。そんな彼女を存在から否定するような言葉を、母親から吐かれたら辛いに決まっている。


 弱っている彼女に、日常的に追い詰めるような言葉を吐く雫の母親が、まともな精神をしているとは思えなかった。雫がいつもあんな叱責に晒されているのかと思うと寒気がした。そして同時に、彼女を守ってあげたいという気持ちも芽生えていた。

 今の彼女の姿は、雨に打たれた花のように、とても儚げに見えた。


 雫は顔を上げ、目じりを下げた。

「それはそうと、本当に来てくれたんだ」

「だから毎日来るって言っただろ」

 きざな言葉を口にしながら、自分がついさっきまで病院に来る日を減らそうとしていたことを思い出した。この件によって余計に減らしづらくなったという事実に気付き、頭の中で頭を抱えていた。

「壮馬くんはすごく誠実な人だね」

「そうだろ? 俺はもう足の裏に『誠実』って入れ墨彫ってるくらい誠実だからね」

「それ歩くたび誠実を踏みつけてない?」


 調子の良いことを言ってはいるが、壮馬はとにかく人との約束を守らない男だった。誠実とは程遠い。(株)みたいに、(不)誠実と付けたら少しは彼も誠実に見えるかもしれない。

 勿論、誠実なんて言われた人は雫が初めてだった。相手が雫というのもあって、内心はかなり喜んでいた。

「褒めてくれるのは嬉しいけど、一日来ただけで誠実も何も無いだろ」

 壮馬は頭をかいた。雫は首を振る。「約束した次の日に来てくれただけで凄いよ」

「三年前、壮馬くんと同じように、入院中仲良くなった子が居たんだ」

 雫は、どこか遠い目をして語り始めた。


 その子は雫より一つ年上の少女だった。他に歳の近い入院患者もおらず、互いに孤独を感じて惹かれ合っていった。仲良くなって、恋愛やファッションなど、様々なことについても語り合った。彼女は雫が描く絵にも興味を持ち、よく褒めてくれた。生まれて初めて出来た親友だと思った。

 しかし一か月後、彼女は退院することになった。

「その子も約束してくれたんだ。『学校が近いからまた遊びに来るよ』って」

 そこまで喋って、雫の顔から次第に笑顔が消えていった。


 結局その少女は一度雫の元を訪れただけで、それ以降は現れなかったという。一度来た時は部活が忙しく、生徒会の仕事もあるため、中々来る時間が取れないのだと取り繕っていた。

 メールでのやり取りは続けていたが、次第にやり取りも減っていき、自然消滅した。

「私はさ、その子にとって一時的に寂しさを紛らわせるだけの存在だったのかなって」


 突きあがった入道雲を見上げる彼女の言葉にドキッとする。毎日通うと言っておきながら、次の日には通う日数を減らそうとしていた自分が、一度しか来なかった雫の元友達と同じに思えてならなかった。今日母親に怒鳴られる雫を見ていなければ、元友達の話を聞いていなければ、壮馬もそのうち、病院に通うのを止めてしまっていたかもしれない。

 中途半端な気持ちで約束をして、もう少しで雫の気持ちを傷付けてしまうところだった。

「俺、雫が退院するまで毎日通い続けるよ。約束する」

 雫は首を振った。

「それは無理だよ」

「無理じゃないだろ」

 言葉を被せる様に即座に否定した。雫は静かに壮馬の目を見た。

 沈黙。

「私ね、ニ十歳まで生きられないって言われてるんだ」

 壮馬は目をしばたたかせた。

 雫が何を言っているのか、瞬時に理解が出来なかった。というより脳と身体が、その事実の重さに理解することを拒否しているようだった。彼女が言っている意味に気付いた後、壮馬が次に考えたのは雫が冗談を言っているのだという可能性だった。

 しかし今までの彼女の言動や性格からいって、そういう類の嘘をつくとはとても思えなかった。彼女の言葉が現実味を帯びるほど、壮馬は全身から血が引いていくような感覚を味わった。


「冗談だろ」

 最後に彼が絞り出せたのはその言葉だけだった。冗談ではないと分かっていながらも、かすれた声でそう聞く以外に壮馬は思いつかなかった。

 しかし、雫はじっと壮馬を見つめていたままだった。その表情に、嘘をついている色は微塵も浮かんでいなかった。



「心臓の病気なんだ」

 雫の顔を見つめる。彼女は薄っすらと微笑みさえたたえていた。反射的に壮馬も微笑み返す。頬がひくついているのが自分でもわかった。


 雫が入院したのは、以前聞いた通り、小学六年生の頃だった。授業中に倒れて搬送された。幸い、一命は取り留めた。意識が戻って、最初に耳に飛び込んできたのは医師と母親の会話だった。彼らは雫がまだ目覚めていないと思っているようだった。


 そして、そこで話されていた内容は、小学生だった雫にとって、あまりにも重い事実だった。

「ニ十歳まで生きられないかもしれません」


 医師の口から出た言葉に、雫も最初は耳を疑った。聞き間違いだと思いたかった。しかし、その語の話の中で何度も「大人になる前に死んでしまう可能性が高い」「20歳まで生きられない」という言葉が聞こえ、雫はどうして良いか分からず、泣き出してしまった。


 脆裂弁症候群(リヴァティス症候群)。それが彼女の病名だった。心臓の弁および血管壁が異常に脆弱化することを特徴とする進行性疾患だ。治療は対症療法が中心であり、血圧管理や人工弁の挿入が行われるものの、根本的な治療法は現在のところ無いとされている。

 患者の平均寿命は20歳前後だった。


 その日から、自分の同級生達が当たり前に抱いている希望が、期待が、将来が、自分には存在しないのだと分かった。

 雫は大学にも行けない。成人式にも出られない。働くことも、結婚も、そして子供を産むことも許されない。

 身体の底から脱力感で満たされた。最早、立ち上がれないような気さえした。


 心の支えになってくれるような友達は居なかった。元々大人しい性格だった雫に、友達という存在は多くなかった。彼女たちは雫が入院した直後は何度かお見舞いに来てくれたが、そのその数も徐々に減っていき、中学に上がってから来たことは無かった。



「何で私だけ、全部諦めなきゃいけなかったのかな」



 壮馬は雫が以前言った言葉を思い出していた。あの言葉には雫が病気になってからの絶望や諦観、悲しみなどが全て詰まっているような気がした。

 彼女の話を聞きながら、壮馬の中には沸々と湧いてくる感情があった。


「何言ってるんだよ。雫はニ十歳過ぎても生きられる……いやニ十歳と言わず、八十歳まで生きられるよ」

 壮馬は明るい口調で雫を励ました。しかし雫は首を振る。

 分かっていた。こんな根拠の無い事を言っても無責任だということを。医者が「大人になるまで生きられない」と言うからにはそれなりの根拠がある。それらを全て無視して「生きられる」と壮馬が言ったところで、それは絵空事だった。


 根拠の無いことを言って希望を抱かせても、患者を傷つけるだけだという人もいるかも知れない。だが壮馬の抱く意見は違った。

 雫は今まで三年以上の入院生活で、絶えず絶望に晒され続けてきたはずだ。医者からも、恐らくあの親からも、前向きな言葉は聞けなかったのではないだろうか。それはまだ中学生の雫にとって、病気と同じく辛いことに違いないと思った。


 それなら根拠が無くても良い。絵空事でも良い。誰か一人でも、彼女の一番近くで励ましてくれる人物がいれば、雫はもっと積極的に治療に取り組める。そして、明るくなれるはずだ。

「もっかい約束するよ。俺は毎日ここに来るよ。どうしても外せない用事がある時以外は絶対に来る」


 そう宣言する壮馬の目には力が籠っていた。雫は伺うように彼の目を見上げた。

「どうしても外せない用事って?」

「歯を磨くとか」

「毎日やってるじゃん」


 雫は口に手を当てて笑った。それを見て壮馬もはにかんだ後、また真面目な顔になり、小指を出した。雫は頷き、微笑んだまま小指を絡める。

「約束だ」

 壮馬の手にも雫の手にも、昨日よりも一層の力が入っていた。



 ***



 雫が「心臓の病気」と知って、まず壮馬が心配したのは、彼女が笑っても大丈夫なのかということだった。自分が披露している面白一発ギャグで雫が笑った場合、彼女の心臓に悪影響があるのではないかと考えたのだ。そのことを雫に聞くと

「普通に笑うだけなら問題ないって先生が言ってたよ。むしろ笑うことはストレス軽減とかリラックスの効果があるから良いんだって。勿論、激しく引き付けを起こすような笑いなんかは駄目なんだけど、壮馬くんの笑いってそういう感じじゃないから」

 と笑顔で言った。雫に壮馬を貶す気持ちは微塵も無いのだろうが、壮馬はその夜、雫の「壮馬くんの笑いってそういう感じじゃないから」という言葉がリフレインして眠れなかった。



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