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君と描いた青の軌跡、映す最後の約束  作者: 忍者の佐藤


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44・

 壮馬は駅までの道を疾駆した。

 手足が千切れるほど、大きく振りながら。


 雫のメッセージを見るまで確かにあった、確かな雫の死。それが今、違うものになろうとしている。

 虚空を切る手が空の星に振り上げられる。


『私はもう壮馬くんの人生には居ないんだから』


 違う。

 雫は居なくなってなんかいない。

 俺が生きている限り、雫は死なせない。

 みんなの心から雫が居なくなっていったとしても、徐々に雫の存在が薄くなっていったとしても、絶対に終わらせない。

 俺が絵を描き続ける限り、雫は生き続ける。

 この世界全部に聞こえるくらい叫んでやる。示してやる。描きなぐってやる。

 雫が生きた証。生き続ける意志。彼女の全てを。


 壮馬は自分の胸の辺りをぎゅっと握り締めた。


『私との約束なんて気にしないで』


 ごめんな、雫。

 お前の方が辛いはずなのに、俺が辛気臭い顔してたせいでお前に気を使わせちゃって。

 叶えるよ。

 元々雫一人の物だったその夢は、もうとっくに俺達の夢になっただろ。

 この夢はお前がくれた、俺達二人の大切な宝物だ。

 この夢がある限り、俺達は繋がっている。

 雫との夢も、雫の命も、俺が繋いでみせる。

 あの約束は断ち切れない。断ち切らせない。

 雫の存在を、絶対に終わりにさせてたまるか!


 壮馬は瞬き始めた星の下を走り抜けていった。



 *****




 塾に押しかけた壮馬は、徳田を見つけるなり近づいて行った。全身汗だくで、異様な雰囲気をまとっている。しかし他の生徒達は壮馬に目もくれない。いつものように、ひたすらに自分のキャンバスと向かい続けている。

「おい、何のつもりだ」

 徳田が壮馬を制するように低い声を放った。

「お願いします! もう一度、もう一度この塾に通わせて下さい!」

 壮馬は徳田に向かって、勢いよく頭を下げた。そのままの姿勢で動かなくなった。徳田はため息をついて、壮馬に背を向けた。

「静かにしろ。授業中だ」

 教室の中には、ただ鉛筆を走らせる音だけが響いている。やはり誰も壮馬に注目しようとはしなかった。

「お前はもう一週間以上この塾を休んでいる。つまり部外者だ。早く出て行ってくれ」

 徳田の言葉は今までに無いほど冷たかった。「何か理由があるんなら行ってみろ」

 壮馬は顔を上げた。徳田の背中を見つめたまま、掠れた声で、言った。

「恋人が、死にました」

 徳田が振り返った。驚きに目を見張っている。徳田とほぼ同時に、全ての生徒たちが一斉に壮馬を見た。誰もが手を止めていた。教室内の音が無くなり、静寂が教室を覆っていた。

 目を見張っていた徳田は、徐々にその目を細め、眉尻を下げた。いつもギラギラと目を見開いている徳田のそんな表情を、壮馬は見たことが無かっった。

「そうか、まだ若いのに、可哀想にな」

 静かに言った後、徳田はいつもの威圧的な表情に戻っていた。

「それは分かった。だがお前は以前来た時、もうここは辞めると言って出て行ったじゃないか」

「はい。でも取り消させて下さい。僕は絶対芸大に行かないといけないんです」

 壮馬は徳田の目を見て、ゆっくりと言った。

「一度辞めると言った人間を戻してやる程この場所は甘くない。芸大受験もだ。出て行け」

 徳田はドアの方に顎をしゃくった。しかし壮馬は一歩も動かなかった。徳田は壮馬と目と鼻の先まで近づいてきた。呼吸の音まで聞こえてくる。壮馬は徳田を見つめ続けた。炎が燃えていた。心の底から燃え上がっていた。

 その時、壮馬を睨みつける徳田の目が、一瞬何かを発見したかのように瞳孔が開いた。そして僅かに、一瞬、誰も気付けないほどの一瞬、徳田が笑ったように、壮馬には思えた。

「出て行けと言っている」

「お願いします。もう一度やらせて下さい! 僕は彼女と約束したんです。絶対芸大に受かって、世界的な画家になるって! 絶対彼女との約束を果たさないといけないんです!」

「いいから出ろ! 他の者の邪魔をするな!」

 徳田は壮馬の襟首を掴むと、そのままドアのある場所まで押していき、開け放つと勢いよく壮馬を突き飛ばした。床に倒れ込んだ壮馬を尻目にドアを締めた。

 壮馬は直ぐに立ち上がり、ドアノブを回した。しかし鍵が掛かっていた。いくら回しても開かない。荒い息をしていた壮馬は、ドアの前に座り込んだ。その目は強い意思を宿したままだった。


 壮馬はエレベーターの前に設置されてある椅子に移動し、徳田が出てくるのを待った。同じ場所に非常階段もある。徳田がこのビルを出るためにはここを通らなければならない。

 何時まででも徳田を待つつもりだった。待って、捕まえて、絶対に復帰の許可を得るつもりだった。壮馬は他の塾や予備校に通ったことがあるわけではないが、直感的に、芸大に受かるには徳田の力が絶対に必要だと感じていた。何があってもここで引き下がるわけにはいかなかった。


 20時を回り、生徒達が出て来た。彼らは壮馬を確認したが、誰も声を掛けようとはしなかった。ただ、みんな無言で壮馬の横にお菓子やジュースを置いていってくれた。

 壮馬が「ありがとう」と言っても、みんな軽く頷くだけだった。

 時刻は22時を回っていた。既に生徒は全員塾を出ていた。徳田はまだ出てこない。

 同じ階に入っている他の会社や学習塾も既に閉まっていて、廊下はもうかなり暗い。人の気配もしない。少し、病院に似ていると思った。

「雫」

 壮馬は無意識に呟いていた。病院、という単語から即座に雫が連想されたのだ。会いたい。しかしもう病院に行っても雫には会えない。そう頭が結論付けた途端、また涙が込み上げてきた。

 今の壮馬の頭はどんな単語も雫と結びついてしまって、あらゆる場面で簡単に涙が出てくるようになってしまっていた。

 会いたい。雫に、会いたい。


 靴音がした。

 俯いていた壮馬は顔を上げる。徳田が目を細くしてこちらを見ていた。

「お前、未だ居たのか」

 驚いたような、呆れたような声だった。

「先生、あの」

「ああ待て」

 徳田は手のひらで壮馬の言葉を制した。

「お前、晩ご飯は?」

「食べてません。ずっとここで先生を待っていたので」

 徳田は腕組みをして、自分の前髪を揺らすように、口から上に息を吐いた。

「ちょっと付き合え」


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