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君と描いた青の軌跡、映す最後の約束  作者: 忍者の佐藤


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42・

 

 雫の葬儀は簡素だった。

 葬祭ホールに並べられた椅子は全部で12個だけ。そこに座っているのは、雫の母親を除けば、壮馬とその家族。つまり父、母、姉の計五人だけだった。

 泣いているのは壮馬と姉の澄香だけだった。

 看護師の仲村さんは通夜には来たが、葬式はどうしても仕事で来られなかったらしい。

 遺影の中の雫は微笑んでいた。

 それは絵画展を開いた時、壮馬と並んで美術館で撮った写真だった。

 その顔が思い出の中の雫と重なった。雪のように白くて、花のように笑う、大人しい子だった。そして心は春の日差しのように暖かくて、とても優しい子だった。

 雫が病気にならず、元気で暮らしていたのなら、毎日あの笑顔で周りの人を幸せにしていただろうか。沢山の人に囲まれて、幸せに暮らしていたのだろうか。

 それはもう何度も、何度も壮馬が頭の中で反芻し続けた考えだった。


 壮馬は歯を食いしばった。湧いてくる感情は悔しさばかりだった。

 どうして雫はこんなつらい目に遭わなければならないのだろうか。どうして何の罪もない彼女が、こんな重い病気を抱えてしまったのだろうか。どうして、こんな孤独に生きなければならなかったのだろうか。

 もっと一緒に居てあげたら良かった。

 もっと一緒に笑っていたかった。

 もっと一緒に絵を描けたら良かった。

 もっと真剣に、雫の愛と向き合えば良かった。

 もっと彼女のわがままを聞いてあげたかった。

 もっと彼女の気持ちに、寄り添ってあげたった。

 ずっと彼女と、ずっと二人の人生を歩みたかった。


 しかし、思考は一つの思いに帰結する。

「もうどんなに後悔しても雫は戻ってこない」

 そして、この思いに飛ぶ。

「これから、一人だけの人生をどうすれば良いのだろうか」

 雫は壮馬にとって人生そのものだった。雫が死病に侵されていることは、頭では分かっていた。でも、彼女の居ない人生は、考えたことも無かった。

 いつの間にか壮馬の人生は雫のためのものになっていた。壮馬が何よりもそれを望んでいた。


 しかし雫が居なくなった今、壮馬は生きる指針を根こそぎ失った。壮馬の足は底のない谷に宙ぶらりんになったような気持ちだった。

 再び東方芸大を目指すか? と一瞬考えたが即座に否定した。そもそも、壮馬が美大を受験しようとしているのもーー、根本的には絵を描いていることさえ、雫のためだった。雫が居なくなった今、壮馬は絵を描く理由を失っていたに等しかった。

 どうして良いのか分からなかった。

 壮眼の前に広がる無限の暗闇の前に立ち尽くしているようだった。


 僧侶の念仏も耳に入ってこなかった。

 ただただ涙が止まらなかった。

 壮馬はそれを拭おうともしなかった。

 隣から手が伸びてきた。父親の手が、優しく壮馬の頭を抱き寄せ、何を言うでもなく、優しく頭を撫でた。暖かい、ごつい手だった。今日久しぶりに、父の手が、大きく感じた。

 壮馬の濡れた頬を、姉の澄香が拭ってくれた。

 涙は止まらなかった。


「加藤……壮馬くん」

 葬儀が終わり、火葬場に移動しようと駐車場に移動した時だった。振り返ると雫の母親が立っていた。泣いていた様子は無かったが、流石に顔は暗かった。目元には深いくまが隠しきれていない。


「これ、雫からあなたに渡すよう頼まれたの」

 渡されたのはタイプAのUSBメモリだった。壮馬はわけが分からず彼女の顔を見返す。

「もう一つ、大きめの荷物も預かっていたんだけれど、そっちははあなたの自宅宛てに郵送したわ。今週中に届くと思う」

 壮馬は混乱した。彼女と雫の仲は決して良いとは言えなかった。それでも雫は何故、母親を介して壮馬に荷物を届けようとしたのだろう。

「中身は何か分かりますか?」

「さあ、私には何が入っているか教えてくれなかったから」


 雫の母親は、自嘲するように笑った。壮馬が彼女の笑顔を見たのはそれが初めてだった。そして、その表情を急に湿らせた。

「私は最後まで、あの子の母親にはなれなかったから」


 結局、火葬場に赴いたのは壮馬と雫の母親だけだった。壮馬の父親は無理に仕事を抜けてきたため、一刻も早く戻らねばならず、母も姉も、似たような事情で帰って行った。

 火葬場では何の会話も無かった。ただUSBの中身だけが気になっていた。


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