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「じゃあ次は指輪の交換だね」

 雫はベッド横の引き出しを開けた。そこには紺色でPCマウスくらいの大きさの、フェイクレザーが張られた白い箱があった。空けると指輪が二つ入っていた。

 石座にはめ込まれている石は燃えるような緋色だが、どこか暗さを持ち合わせていた。

 ガーネットの指輪だ。二人がガーネットを選んだ理由の一つは、古くから愛と情熱を象徴するとされているとされていたからだった。

 そしてもう一つは、他の石に比べて安かったからだった。結婚指輪の定番は勿論ダイヤだが、到底手を出せる額ではなかった。そこで他にもう少し安い値段のものを探して見つけたのが、ガーネットだった。

 安いといっても一つ一万五千円はした。二人にはかなり高額だった。




 壮馬と雫は、互いの間に白い箱を置き、スマホから音声を選択してかけた。

『指輪は、終わりのない円であり、永遠の愛と忠誠を象徴しています。この指輪を交換し、互いに贈ることで、あなたたちの愛が永遠であり、変わらないことを神の前で誓いましょう。では、今この指輪を持って、愛と忠誠の誓いを交わしてください』


 向かい合い、先ず壮馬が雫の掌を下から支えた。雫の手は緊張しているのか僅かに震えていて、冷たかった。壮馬は彼女の細い指を優しく取り、指輪をゆっくりと薬指にはめた。

 雫の指に赤い輝きが照り映えている。その小さな輝きは、まるで彼女の命の形象のようだった。

「素敵な指輪をありがとう」

 雫はもう一つの指輪を手に取る。

「壮馬くん、手を出して」

 先ほど壮馬がやったように、雫も相手の掌を下から支え、薬指に指輪を通そうとする。

 ……しかし、通らない。

「あれ、小さ過ぎるのかな?」

 雫は慌てて何度も指輪をはめようとするが、やはりはまらなかった。

「すまん、ちょっと太ったみたいだ」

「この短期間に?」


 家に帰ってから分かったことだが、壮馬が間違って、両方雫のサイズの指輪を発注したのだった。

 壮馬と雫は互いに顔を見合せ、どちらからともなく吹き出した。

「私達、グダグダ過ぎない?」

「本当だよ。ちゃんと確認してから買えば良かった」

「こんなの、皆の前でやったら笑われちゃうね」

「まあちゃんとするのは本番に取っとけば良いさ」

 雨の音をかき消すほど笑った後、急に雨の音が鮮明になった。


 壮馬は、雫にどう声を掛けて良いのか分からなかった。雫が顔を手で覆い、泣いていたからだった。

 壮馬は気付いた。恐らく、雫には、その本番が訪れることは無いということを。そして、この二人だけの秘め事こそが、雫にとって最初で最後の結婚式であるということを。


 壮馬は雫をゆっくりと、雫の全てを包み込むつもりで、優しく抱きしめた。やはり彼女の身体は以前よりもずっと小さく感じられた。壮馬は雫を暖めるように、しばらくの間、ずっとそうしていた。雫の嗚咽が小さくなってきた。

「雫、次が最後だよ。頑張れる?」

 雫は涙で腫らした目で壮馬を見つめたまま頷いた。


『あなた方は、神とこの証人たちの前で、愛と誠実の誓いを交わしました。これをもって、夫と妻として認められます。どうぞ、互いに誓いのキスを交わしてください』


 壮馬は雫の両肩を持った。そのまま、顔を近づけていく。雫の潤んだ唇が、間近にあった。

「待って」

 雫は顔を背けてしまった。

「どうしたの?」

「やっぱり、キスは止めにしない?」

「どうして」

「だって恥ずかし……」


 言いかけた雫の後頭部を支えると、壮馬は雫を前に向かせた。そしてゆっくり唇を重ねた。

 雫の手が壮馬を押しのけようと、肩を押していた。しかしその力はすぐに弱まっていき、壮馬の背中に回された。

 雫の唇が、静かに濡れていく。

 二人の体温が、一つになっていく。

 雨の勢いは一層強くなっていった。


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