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 雫が初めて笑った日に直ぐ、壮馬たちは同級生だということが判明した。それが分かると、親近感から、二人の仲はより縮まっていった。

 最初は敬語で話していた雫も、すぐに砕けた言葉遣いになった。

 最初の印象よりも、雫は柔らかい雰囲気の少女だった。壮馬に対して多少なりつんけんしていたのは、単に見知らぬ男を警戒していたからなのだろう。また雫はおしゃべりなタイプではないが、無口では決してなかった。

 しかし彼女には、時折言葉を濁すときがあった。学校での話になった時だ。

 聞かれたくない話題なのかも知れないと思い、壮馬は直ぐその話題を避けるようになったので、理由は分からないままだった。


「へえ、いっつもこれで絵を描いてたのか」

 壮馬は雫のタブレットを覗き込みながら言った。そこには雫が描いたキャラクターのイラストが映し出されていた。今流行りの令嬢小説の主人公のように、こってりしたドレスを着ている。

「凄いなあ、ぱっと見分からないところまでしっかり描き込まれてる。俺は全然絵とか詳しくないけど、中三でこんなにうまいやつなんて日本中探してもあんまり居ないんじゃないか?」

「それは褒め過ぎだよ」

 雫は赤くなった頬を両手で挟むように抑え、はにかんだ。そんな仕草も可愛いと壮馬は思った。


「まあ上手いかはともかく、私が絵を描き込んでるのは見立て通りだよ。絵をみちみち描き込んでるとね、すごく落ち着くし、絵に厚みが出てくるのを見たら、すごく達成感があるんだよ」

「へえ、そういう楽しみ方もあるのかあ。俺の母ちゃんは編み物やっててさ、雫と似たようなこと言ってた気がする」

「近いものはあるのかもね」

「な、他の絵も見せてよ」

「えー」

 雫は少し躊躇していたが、壮馬にタブレットを預けてくれた。左にスワイプすると、今度はチャイナドレスを着た少女だった。またスワイプすると、白いシャツにデニムといった出で立ちの少女だった。そして次は着物を着て微笑む女の子。どれも繊細で、細かいところまで隙無く描き込んでいる。しかし壮馬はそれとは別の感想を持った。


「これ、女の子の絵しか無いけど、もしかして他の絵は別の場所に保存してる?」

 雫は首を振った。

「私、小学6年生の頃からずっと入院してるんだ」

 再びタブレットに視線を落としていた壮馬は、跳ねるように顔を上げた。

「どうして?」

 壮馬は辛うじて聞いた。六年生の頃からだとすると、雫は約四年間は入院し続けていることになる。考えられる理由は、継続的に治療を必要としているか、かなり病状が重たいかだ。

 改めて雫を観察する。確かに、他の同級生女子と比べれば細いだろうか。そういう目で見れば、やつれていると言えなくもない。しかし話した感じは普通だったし、肌も病的なまでに青白いとは感じなかった。

 昨日、雫が歩いている所も見た。多少は遅いが、歩行もしっかりしていた。

 少なくとも壮馬には、彼女がずっと入院していなければならないようには見えなかった。


「私が女の子ばっかり描いてる理由はね」


 雫は静かに言葉を紡ぐ。

「私、入院してずっと落ち込んでたんだ。同級生の子たちはおしゃれしたり、外で走り回って遊んでる。それなのに、私は毎日同じような服を着て、誰とも遊ぶこともなく、ずっとずっと孤独だった」

 雫の声は少しづつ、雲に陰った空のように暗くなっていった。しかし、急に雫の顔が晴れた。

「だけどね、ファッション誌で可愛い服とか、綺麗な服を着た女の子の絵を見てると、その時だけは心が弾むんだ。病気のことを忘れていられる気がしたんだ」

 雫は壮馬に預けているタブレットを指さした。


「それでね、思いついたの。自分は可愛い服を着られない。だけど、自分が描いたキャラクターになら、可愛い服を着せてあげられるんじゃないかって。それからすぐ絵を描き始めたの。そうやって、可愛い服をキャラクターに着せてあげてる時だけは、何だか自分もお洒落してるみたいで、ワクワクするんだよ」

「成程。それで女の子の絵だけ描いてたんだ」

「私も本当は可愛い服を着たい。色んな場所に行ってみたい。でも出来ないから、自分の描いたキャラクターに着せてあげるしかないでしょ?」

 雫は窓の外を見ていた。空を覆う入道雲が、ゆっくり、ゆっくり、流れ、太陽を隠した。雫の横顔が急に影になる。絵画のように美しいと壮馬は思った。


「入院する前はもっと別の絵も描いてたんだけどね」

 彼女の家は共働きで、両親があまり家に居なかったという。元から内向的だった雫は友達を遊びに誘うことが出来なかった。その孤独や寂しさを埋めるように絵を描くことに、時間を費やし始めたという。

「昔から絵は上手かったの?」

 雫は何故か困ったように笑った。

「どうだろう、周りのみんなは上手いって言ってくれたから嬉しかったけど。先生からも『クラスで一番上手い』って褒められてた。だから、私もその気になって、世界一の画家になるんだって思ってた。まだ小さかったしね」

 彼女は絵を褒められるようになってから、本格的に絵の勉強をしたり、教室に通ったりしていたという。彼女の両親は基本的に無関心で、学校行事にも出てこなかったが、金だけは出してくれたという。

「色んな人に見て貰って、世界中の人が感動するような絵を描きたいって本気で思ってた」

 入道雲を見つめたまま喋っていた雫は、急にうつむいた。

「でも病気になって、その夢も萎んでいったんだ。今はもう、あんまり誰かに見せたいって思わないんだよ」

 顔を上げた雫はの笑顔は、どうしようもないほど悲しかった。


「何で私だけ、全部諦めなきゃいけなかったのかな」


 壮馬は必死に雫を慰める言葉を探した。しかしすぐ無駄だと分かった。自分の立場から彼女を慰めたところで、その言葉はあまりにも軽すぎると気付いた。


 壮馬が彼女に会ったのはつい一週間ほど前で、まともに話をしたのは昨日が最初だった。そんな壮馬に、彼女の悲しみや諦観、そして絶望を推し量る事は難しかった。

 しかし一か月程度の入院でへこたれそうな壮馬から、少なくとも四年の入院生活がどれだけ苦しいことなのか、少しは理解出来た。ましてや遊びたい盛りの小学生、中学生の頃だ。

 自分とは比べようが無いが、彼女はどれほどの涙を流したのだろう。どれほどの絶望に打ちひしがれたのだろう。


 いつもは明るい壮馬も、この時ばかりは言うべき言葉が見つからなかった。



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