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 結婚式の日どりは10月19日日曜日の14時からと決まった。その時間帯はちょうど看護師さんの巡回も無く、誰かが入って来る可能性が低いからだと雫が言っていた。

 雫が日曜日を指定したのは、本当の結婚式に合わせるためなのかもしれないと壮馬は思った。


 当日、病室のドアを開けた壮馬の目は一点に釘付けになった。白いワンピースを着た雫がベッドの上に座っていた。白い病室の中に白いシルエット。壮馬の方を振り向いてたなびく長い髪。雫はいつもより、どこか神秘的な存在に感じられた。


 結婚式を行うに当たって、一番必要だったのが花嫁衣裳だ。

 しかし、前述した通り、二人にそんな高価なものは買えなかった。レンタルという方法もあったが、それでも手が届かなかった。そもそも雫は着付けに行くことが出来ない。

 二人でどんな衣装でなら代用出来るか案を出し合った結果、姉が持っている白いワンピースが良いのではないか、と壮馬が言うと、雫も頷いた。その際


「そういう服着るの、嫌じゃない?」

 壮馬はさり気なく聞いてみた。以前雫に合いそうな服を見繕って持って行った際、泣かれたことを思い出したからだ。「正直、ちょっと抵抗あるかな」と雫は伏し目がちに言った。

「でも、花嫁衣裳を一生着れないまま終わるのは、もっと嫌だったから」

 その時の顔を壮馬は思い出していた。あの時の笑顔は明るかった。「それに」と雫は続ける。

「壮馬くんだけになら、見てもらうの、嫌じゃないから」



 白いワンピースを着た雫は立ち上がって、肩を左右に振ってみせた。

「どう、かな?」

「ああ、凄く綺麗だよ。ついに俺にも天使がお迎えに来たのかと思ったよ」

 実際、彼女のワンピース姿は非常によく似合っていた。壮馬の姉、澄香の中学生時代のワンピースだが、今の雫のサイズにぴったり合っていた。確かに細さは目立つが、それは彼女の魅力だった。


「そういう壮馬くんも、格好いいね。俳優さんみたい」

 壮馬は今日、父親のスーツを借りて来ていた。壮馬は高校二年生になる頃既に父親の身長を追い越していたので、ちょっとキツいくらいだ。

「似合うだろ? ちょうど映画の撮影に行ってきたところだよ。インドの」

「インド映画の俳優さんなんだ」


 いつものように軽口を叩いていると、多少なりともしていた緊張もほぐれてきた。実を言うと壮馬は昨日ほとんど眠れなかった。雫のために、良いイベントにしたいという気負いもあったし、何より彼の眠気を遠ざけていたのは、”あの”イベントを当日やる予定だったからだ。


 ーー誓いのキス。


 壮馬は結婚式の準備を進めて行った。準備と言っても、BGMの確認と、持って来た備品を整理するくらいだった。


「よし、新郎新婦の入場からやろう」

 壮馬は雫の頭に、造花で作られた花冠を被せながら言った。

「うん、もっと綺麗になった」

 壮馬の言葉に雫は無言で頷くと、手を引かれ、ベッドから立ち上がった。今日予定している結婚式の予定は大まかに四つのみだった。

 即ち新郎新婦の入場、誓いの儀式、指輪の交換、誓いのキス。



 壮馬はスマホで結婚行進曲を流し始めると、急いで病室入口の前に立たせていた雫の元に走った。雫の手を握る。

「じゃあ、行くよ」

「うん」

 雫も壮馬の手を握り返す。

 二人はゆっくり、ゆっくりと窓の方へ向けて歩き出した。

「雨、だね」

 雫が、囁くように言った。

 窓の外は大粒の雨が降っていた。結婚式の天候としては、少し残念だ。

「雨で良いじゃん。ジューンブライドっぽくて」

「おー確かに。やっぱり壮馬くんってプラス思考だね」

 誰に聞かれているわけでもないのに、二人はひそひそと声を潜めて歩いた。まるで二人だけの秘密を共有するように。参列者に聞こえないように。


 その様子は本当にバージンロードを進んでいくようだった。二人は互いの温もりを確か合うように、雨の音で感じる心細さから目を背けるように、繋いだ手を握り締めた。

 勿論祝ってくれる人は居ない。本当は、雫は多くの人に祝福されながら結婚式を挙げられるはずだったのにな、と思うと、泣きそうになってしまった。


 ベッドの前まで到達し、壮馬は一旦雫をベッドに座らせた。次は『誓いの儀式』だった。壮馬はスマホから流れている結婚行進曲を止め、音声を切り替えた。

 低い男性の声が聞こえ始める。

『新郎・新婦、神の前に立ち、夫婦としての誓いを立てる時が来ました。これからお二人は……』

『誓詞』と呼ばれる、結婚式において、新郎新婦が互いに愛と忠誠を誓い合うための、格式のある誓いの言葉だ。


 壮馬は雫の横に座ると、再び手を握った。スマホの音声は流れる様にしゃべり続けた。そしていよいよ、壮馬の出番になった。

『新郎、あなたは、新婦を妻とし、喜びの時も、悲しみの時も、健やかな時も、病める時も、富める時も、貧しい時も、これを愛し、敬い、慰め、助け、神が定めたこの神聖な結婚の誓いを守り、死が二人を分かつまで、真実を尽くすことを誓いますか?』

「はい、誓い……」

『新婦、あなたは、新郎を夫とし、喜びの時も……』

 壮馬が答え切るより前に、音声は先に進んでしまった。二人は顔を見合わせ、吹き出した。

「この神父全然話聞いてないよ」

「せっかちな神父さんだね」

「あ、おい! 次雫の番だぞ!」

「え、う、うん!」

「遅れるなよ、絶対遅れるなよ」

「急かさないでよ!」

 雫が言った時には既に誓詞は、雫が答える直前まで進んでいた。


『死が二人を分かつまで、真実を尽くすことを誓いますか?』


「はい、誓います」

 雫は凛とした声で言った。一瞬時間が停止したかのように、静かになった。

 その言葉が、横顔が、壮馬の脳裏に一生焼き付く場面となった。

 そこで誓詞は一旦途切れた後、

『では、今、神とこの証人たちの前で誓ったことをもって、二人を夫婦として結びます。神が結び合わせたものを、人が引き離すことはできません』

 の言葉が続き、終わった。



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