25
次の日、壮馬は学校を休んだ。今までの疲れが一気に出たらしく、身体がバキバキで最早一歩も歩けなかった。
壮馬だけではない。父親は仕事を、母親はパートを休み、姉も下宿先に戻るのを一日遅らせたようだ。それほど昨日の展示会は肉体的なダメージを残した。
午前中は家族全員ベッドで寝ていた。元気なのは飼っている柴犬のポンだけで、各家族の顔を舐めて回るのに忙しそうだった。
昼が過ぎ、何とか身体を起こした壮馬は昨日のことを思い出していた。
雫は澄香に二度も服をコーディネートして貰ったことを有難く思っていたらしく、会場で澄香に何度も頭を下げていた。澄香は澄香で、「こんなに可愛いと思わなかった」と雫を猫かわいがりしていた。メールアドレスも交換したらしかった。
展示会に来たお客さんの反応については概ね良好だった。展示会場の出口にアンケート用紙を置いておいたのだが、展示会については「良かった」と答えた人が大半を占めていた。
その下のコメント欄では「壮馬がこんなに絵が上手いとは思わなかった」というクラスメイトからの反響の他、「ダイナミックな構図だった」「会場の雰囲気が良かった」「緻密な描き込みが素晴らしい」「絵に引き込まれるかと思った」「売店のパーカーの女の子が可愛かった」など、好評な意見が多く、後日雫と一緒に、にやにやしながら眺めた。
ちなみに最後のコメントを美咲に伝えると頬をかきながら
「あっそ」
とだけ呟いた。
壮馬と雫にはもう一つ大きな仕事があった。
会場を出た後、雫には人集めを手伝ってくれた男子達に会って「ファンサービス」をして貰った。
彼らには雫が来る時間を教えておいたので、会場を出るとみんなうきうき顔で待っていた。
勿論、雫にも事前に対応はお願いしていた。
クラスメイト達にはお客さんを三人連れて来たら握手、五人連れて来たらお話タイムとか報酬を決めていたが、流石にあれだけ一気に人が来て把握しきれなくなったので、全員一律に握手と、簡単な雑談時間を設けることにした。
「雫は体調の問題で外出時間に制限があり、長く話すことは出来ない」と壮馬が告げるとみんな納得してくれた。これは最初から伝えておいたし、方便ではなく、事実だった。
パイプ椅子に座った雫が笑顔で応対する様子は画家というよりアイドルのように見えた。
雫は相手の話を頷きながら聞き、時々手を口に当てて笑った。
こういうことは初めてのはずのに、男子と話す雫の姿勢は何だか様になっていた。男子達からも「動画で見るよりも可愛い」「笑顔が眩しすぎて失明するところだった」「これから全力で推す」と非常に好評だった。
もし彼女が病気もせず、元気に学校に通えていたのなら、どこか大きな芸能事務所からスカウトされていたかもしれないと壮馬は思った。
この展示会の成功は彼らの爆発的な集客のお陰だと言っても過言ではない。最初は少しくらい人を集めてくれたらラッキーだくらいに思っていたが、まさかこんなに集まるとは思ってもみなかった。今は本当に感謝してもし切れない。
ちなみにラインIDだが、雫が帰った後何人かが聞きに来た。壮馬は笑顔で教えてあげたが、それは雫のIDではなく、壮馬が持っている二台目のスマホのIDだった。
その日のうちに、彼らはみんなその捨てIDに向けて愛の告白のようなラインをいくつも送って来ていたが、壮馬はそれに対して「今日は来てくれてありがとう! また来てね!」という文字列をコピー&ペーストする作業を繰り返し、それが終わるとまた眠りに落ちたのだった。
それはそれ、これはこれである。