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放課後、壮馬は教室に残った男子たちの前に立っていた。
彼らは全員壮馬と雫のコント動画を見た者たちだった。壮馬がこの放課後までに、クラスの男子全員に「展示会を開くのはこの女の子だよ。この子が会場にも来るよ」と吹聴して回ると、全員鼻息を粗くしていた。殆どの生徒が「展示会に行く」と宣言した。光の戦士然り、男というのは単純な生き物だと壮馬は思った。
「壮馬、話ってなんだよ」
「諸君、動画は見てくれたね」
男子たちは互いに顔を見合わせながら頷く。
「あの動画に映っている少女が水瀬雫。今度の展示会で絵を飾る子なんだ」
壮馬は教室を見回した。
「始めに告知した時は言えなかったけど、彼女は病気を抱えて入院している。だからいつもは自由には出歩けないんだ。そんな彼女のために、展示会に来ると申し出てくれてありがとう」
壮馬は頭を下げた。当初は信念を持って伏せていた雫の病気のことも告知した。壮馬にとって、もう全てのカードを切らねばならない時だった。
「水臭いぞ、壮馬」「俺達友達だろ」などと声が飛ぶ。最初に告知した時とは、明らかに反応が真逆じゃないかと言いたくなったが、壮馬はそんなことなどおくびにも出さず続ける。
「ありがとう! お前達は純粋な人助けの気持ちで展示会に来てくれようとしてるんだよな! 決して『あの女の子と仲良くなりたい』とか『もしかしたらお近づきになれるかも』とか、そんなゲスい理由で来ようとしてるわけじゃないもんな!」
一瞬、間があった。
「そそそそんなわけないだろ、なあ」
「ああ。俺達だってたまには人助けくらいするよ」
男子たちは目を白黒させながら言う。
「良かった、お前たちは人助け並びに文化と共感の架け橋として、現代アートの普及に貢献してくれると言うんだな!」
男子たちは壮馬が何を言っているのかよく分かっていないようだが各々頷いた。
「そうだよな! まさかとは思うけどこの中に水瀬さんと『ねんごろ』な関係になれるんじゃないかとか浅ましい考えで集まった奴はいないよな!」
壮馬は全員の顔を見渡しながら、ゆっくり、言った。
全員、反応に間があったがやはり同じように頷いた。
「そうか、良かった! みんなが下心ではなく崇高な目的の元に集まってくれて俺は本当に良かった」
壮馬はわざとらしく手を目に押し当て、泣いているような仕草をした後
「どうしてもみんなに集客を手伝って欲しいんだ」
と言った。
今日も駅前で配る予定だったビラを一人10枚ずつ渡す。
「足りなくなったらまた取りに来なさい」
壮馬が彼らを放課後集めた理由はほかでもない。人集めを手伝ってもらうためだった。壮馬は今、頑張って集客しようとしているが、一人が呼べる数はたかが知れている。
しかし、この22人の力を借りることが出来れば、今まで一馬力だったものが一気に23馬力になる。
ただ集め方は注意しなければならないと壮馬は考えていた。ここに男子たちを集めた方法と同じやり方で人を集めようとしたら、同じ下心の元に集まった選りすぐりの変態集団を会場に集結させてしまうことになる。
壮馬と雫が開くのは、決して変態を凝縮した社会風刺的な展覧会ではない。それは治安上、街の景観上の観念から避けなければならなかった。
そこで、壮馬が考案したのは報酬システムだった。
壮馬は黒板に子気味良い音を立てながら、文字を書いていく。
黒板には次のように記された。
三人……エグゼクティブ
五人……スーパーエグゼクティブ
十人……ハイパーエグゼクティブ
二十人……ウルトラエグゼクティブ
「壮馬、エグゼクティブって何だ?」
壮馬は制するように手を出した。
「ああ、難しいことは考えなくていい。要するにすごく偉いってことだ」
「なるほど」
「ここに書いた三人とか五人とかいう数字は、展示会に連れてきた人数のことだ」
「つまり、多く連れてくれば連れてくるほど偉いってことか?」
「そうです」と壮馬は急に丁寧な言葉遣いになった。
「そしてその連れてきた人数によって報酬が異なります」
壮馬は黒板に文字を書き足していく。
三人……エグゼクティブ
報酬……握手会
五人……スーパーエグゼクティブ
報酬……チェキ(三枚まで)
十人……ハイパーエグゼクティブ
報酬……お話券(3分)
二十人……ウルトラエグゼクティブ
報酬……ラインID
書き終わった壮馬が前を向くと同時に教室内が色めき立った。
「そして、最も集客してくれた方には特別なご褒美があります」
壮馬が付け加えると、野郎共の目の色が変わった。このまま暗闇に移動させたらギラギラ光りそうだった。俄に教室内の熱気が高まり、異様な空気が漂っている。
皆特別なご褒美が何なのか想像しているのだろう。
当たり前だが壮馬は雫のラインIDを渡すつもりも無ければ(そもそも持っていない)、特別なご褒美とやらにも雫を直接関与させるつもりもない。本当はこんな雫で男を釣るような真似はしたくなかったのだが、背に腹は代えられなかった。
「でもさ、俺知り合いとか少ないし、そんな何人も連れてくるの無理だよ」
最前列の男子が言った。何人か同調して頷いている者達もいた。
「別にあなたが10人集める必要はありませんよ」
壮馬は即座に返答した。
「どういうことだ?」
すると今度は黒板に丸を組み合わせて、ピラミッド型の樹形図を描き始めた。
「この一番上にいるのがあなただとします」
壮馬は一番上の丸をぐるりと囲む。
「あなたは自分の友達二人に声を掛けます。そして、その二人にお願いして、一人につき二人、友達を連れてきて貰います。そうすると何人になりますか?」
「1、2、3……わお! 6人いる!」
「そうでしょう? あなたはたった2人連れてくるだけでスーパーエグゼクティブ。水無さんとお話する権利を得られるのです」
教室内から「おお」と感嘆の声が湧いた。
「何だか出来そうな気がしてきた」
「自分が直接10人集めなくて良いんだ」
「親戚に頼んで回ってみよう」
「現代アートの普及のためだもんな!」
皆、ポジティブな言葉を口にし始めた。壮馬は勢いよく両手を広げた。
「さあ散れ、者ども! この展示会の情報をより多くの人に拡散して報酬を獲得するのじゃ!」
「おお!」
男子たちは我先にドアから、または反対側の窓から教室を出ていき、あっという間に静かになった。この教室は二階だった。
勿論、壮馬はこれだけで客が集まるとは毛頭思っていなかった。
翌日、やはり昨日意気揚々と教室を出て行った男子たちの顔は暗かった。話を聞いてみると皆思うように人を集められなかったり、手ひどく断られたりしたようだ。
これは壮馬の通って来た道なので、想定通りだった。
壮馬はその男子たちを再び放課後集めると、「次はこのように誘ってみよう」「断られたときの反論処理を一緒に練習しよう」「次は石鹸で攻めてみよう」と一人づつ戦略会議を行った。そして男子たちへ事細かに報酬の説明を行いモチベーションをかけ、元気を取り戻させて解き放った。
壮馬はこれを毎日繰り返した。するとどうだろう。最初は全く手ごたえもなければ収穫もゼロだったのが、少しづつ誘った人が「来る」と返答してくれるようになってきて、展示会の1週間前になると、何と見込み集客数は200人を超えていた。
壮馬は改めて思春期男子のエネルギーを知った。同時に彼らを決して雫に近づけてはならないと誓った。