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「壮馬くん、本当にやるの?」

 雫は三脚で固定されたスマホを前に、小声で聞いてくる。

「当たり前だろ。そのために散々練習したじゃないか」

 壮馬はスマホのカメラを起動し、録画モードに切り替わったことを確認した。

「それに、雫だって俺の案を聞いた時は乗り気だったじゃん。『ここはこうした方が良くなる』とか『こんな風にして欲しい』とか。ってか殆ど雫が主導権握ってたよな。お前がこういうの好きだったのは意外だったよ」

 雫の方へ振り返って続けた。

「それはそうだけど……」

 雫は前髪を気にしたり頬をかいたり、落ち着かない様子だった。

「良いんだって。気楽に気楽に。駄目だったら撮り直せば良い。もし怖くなったら、動画を投稿しなかったら良いんだよ」

 壮馬は両肩を回し、雫にリラックスするよう促した。しかし雫の表情は硬い。尚も落ち着かないようだった。壮馬はそんな彼女の両肩に手を乗せる。

「良いか雫、これは人を集めるため必要なことなんだ。いや、これしかない。ちょっと強引かもしれないが俺達のこれを見た人は絶対に興奮する。そして展示会にも行ってみようと思うさ」

「そ、そうかな……」

「大丈夫大丈夫。じゃ、本番行くぞ!」

「う、うん!」

 壮馬と雫はカメラの前でコントを開始した。




 壮馬は動画投稿サイトにチャンネルを持っていた。そこに自分の考えた一発ギャグを自撮りして投稿していた。登録者数は302人と多くはないが、動画を投稿すれば「面白くなさすぎて草」「お笑い辞めろ」「良いカメラを使ってる」「勉強に集中しろ」「こんなのを投稿しようと思う勇気だけは凄い」など、称賛のコメント毎回付く。

 そのことを雫に自慢したことがあるのだが、彼女は

「私、時々壮馬くんが怖くなることがあるよ」

 と神妙な顔で言われた。


 壮馬が思いついたのは、そのチャンネルで雫と自分のコントを投稿することだった。壮馬の動画は毎回100回は再生されてるので、少なくとも100人には拡散されるだろうと考えたのだ。

 雫の動画として情報を発信するという方法は良いアイディアだと壮馬は思ったが、見知らぬ素人の絵の展示会の告知をただされたところで、そこの赴く人はほぼ皆無なのではと思った。


 そこで壮馬は見る人のメリットを考えることにした。動画を投稿する以上、動画として面白くなければ見てもらえない。先ずあちらの満足を引き出さなければ、こちらの要求を聞いてもらえないと考えた。

 もし面白くて目を引くことが出来れば自分たちの人となりも少しは分かってもらえるし、もし近くに住んでいるなら「行っても良いか」と思う人もいるかもしれないと思った。


 壮馬が選んだのはコントだった。


 いつも一人で二役をこなすコントをすることなどはあるが、やはり二人でやると出来る幅が広がる。いつにもまして面白いものが出来る気がした。驚いたのは雫の積極性だった。コントの台本は最初、壮馬が書いてきたのだが、至る所で雫の指摘が入り、ほとんど新しい台本になってしまっていた。実際に練習してみて、雫のボケにもキレを感じた。

 絵以外にも意外な所に才能があったらしい。


 これなら、いつもより再生数が集まって、より情報が拡散される。少なくとも1000再生はいける。壮馬は手応えを感じていた。



 ***



 翌日、壮馬は顔を横に向けて教室の机に突っ伏していた。その表情は死人のように青白く、口も常に風通し良く開いていた。ちょうどイワシの干物に似た顔だった。

 壮馬の変わり果てた姿に、クラスメイトたちも流石に心配して声をかけたが、壮馬はギョロリと目をひん剥いて

「お前ら絶対展示会来いよお前ら絶対展示会来いよお前ら絶対展示会来いよ」

 とかすれた声で繰り返すだけだった。ゾンビのような顔で呪いの言葉を繰り返す姿はあまりに不気味だったので、教師を含めて誰も壮馬に話しかけなくなった。


 昨日編集して早速投稿した雫とのコント動画は、全く伸びる気配が無かった。むしろいつもより再生数が少なかった。再生数は今日の朝の時点で32回。ここから少し伸びたとしても、到底、集客が期待できる数字ではない。

 コントの練習にもかなりの労力と期待の比重をかけていた壮馬は、一気にその労力が水泡に帰し、期待が爆発四散したことで亡者のようになったのだった。



「おい」

 壮馬はそのまま眠りに落ちてしまって、休み時間に誰かが話しかけていることに気付かなかった。

「おいこら」

 再び声がして、今度は壮馬の頭を軽く二度叩いた。目を向けてみると高橋美咲が見下ろしている。

「今日、掃除変わってあげよっか?」

 美咲は壮馬を見下ろしながら言った。壮馬は今日始めて顔を上げた。

「ああああ、ああああああああ」

「普通に喋れ」

「ありがとう。そう言ってくれるのは嬉しいけどさ、でも俺は約束を守らないといけない。そうしないとみんな展示会に来てくれない」

 壮馬は自分に言い聞かせるように言った。

「あっそ」

 美咲は踵を返し、歩いていく。その去り際

「あんたがこんなに約束を守ろうとするなんて本当に……何でもない」

 と言った。

 美咲は「何があったの?」とは聞かなかった。ただ黙って掃除を交代してくれると言った。壮馬としては女子トイレの掃除を二ヶ月引き受けてくれただけでも十分ありがたかったのに、落ち込んでいるのがわかったから気を使ってくれたのだ。

「あいつ、本当に良いやつだな」

 壮馬は美咲の後ろ姿を見ながらつぶやいた。


「加藤」

 美咲の後ろ姿を見ていると、また後ろから声がした。振り返るとクラスメイトの一人、青山が所在なさげに立っている。

「どうした?」

 青山は素早く近くの空いた席に座った後、机に肘を置いて言った。

「お前、昨日上げた動画さ」

「見てくれたのか?」

 壮馬は目を輝かせた。青山は頷く。

「面白かっただろ?」

「そんなことより」

 青山は素早くスマホを操作し、画面を壮馬に向けた。

「壮馬と一緒に展示会をするのって、もしかしてこの子なのか?」

 壮馬は青山の意図を測りかねたが一応頷いた。


 すると今度は青山が目を輝かせた。スマホの画面を穴が空くほど見つめている。

「マジかよ、俺こんな可愛い子見たこと無いぞ。俺、行くよ! 絶対行く!」

 青山の熱量に壮馬はたじろいだ。普段動画の感想を言ってくる時はこんなテンションで来ない。青山は明らかに雫の存在に興奮していた。

「なあ、その子勿論展示会には来るんだろ?」

「あー、それなんだが……」



 壮馬も雫には展示会の場には来て欲しいと思っていた。医師の話では、どうやらここ一か月ほどの間に限れば雫の容態がかなり安定しているのだという。このままいけば雫を展示場に連れて行ってあげられる。お客さんが雫の絵を鑑賞している所を、直接見せてあげられる。それが出来たらどれだけ彼女が喜ぶだろう。ただ、問題はその客数が非常に怪しいということだが。


「まあ、今のところは来る手はずになってるよ。今のところは」

 壮馬は少し明確さに欠ける言い方をした。

「本当か?」

 まだ未確定であると言ったにも関わらず、青山は右手でガッツポーズを作った。確かに雫は整った顔をしている。いつも見ていたので忘れていたが、もし雫がこのクラスにいたら間違いなく一番の美人だ。

「壮馬」


 今度は前方から声がした。声の主は同じくクラスメイトの江東だった。

「昨日の動画に映ってた子って、展示会に来るのか?」

 青山とほぼ同じ質問をされて壮馬は眉間にシワを寄せた。もしかして、彼女はひと目見ただけで男子を夢中に指せるほど可愛いのか?

 その時、壮馬の頭にある考えが閃いた。

 壮馬はそれを打ち消そうとした。これは雫を利用する方法だ。悪魔のささやきだと思った。しかし振り払えなかった。その案を実行するしか、もう展示会場を客でいっぱいにする方法を思いつかなかったからだ。


 壮馬は腕組みし、下を向いていたがやがて青山と江東を交互に見た。その顔には貼り付けたような笑顔が浮かんでいる。


「お前ら、そんなにこの子に会いたいか?」




二人がコントをするシーンは、かなりギャグの色が濃くなると思ったので省きました。

彼らが行ったコント↓

https://ncode.syosetu.com/n4351ii/

ちなみにボケ側が雫です。

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