15・
「いや、それは無理だと思うよ」
雫は笑って、首を振った。笑ったのは壮馬が冗談を言っていると思ったからだ。あの展示室の絵が多くの人に見られるのはは自分たちの描く絵とは一線を画する「プロ」の絵だからだ。もし自分たちの絵が飾られたとしても、誰も絵を見るために足を止めることはない。
確かに絵を見て貰えたら嬉しいが、仮に展示会を開いても、多くの人が進んで自分たちの絵を見に来るとは思えなかった。
それをそのまま伝えると、壮馬はあまり納得していない風に首をひねった。
その日はそのまま帰っていった壮馬だったが、次の日来ると、嬉しそうにスマホの画面を雫に見せていた。その画面は壮馬の通う高校近くにある市立美術館のHPで、「展示募集」と書かれていた。
間接照明などが使用出来て、雰囲気もかなり調整できる。
「このアトリエなら広さも手頃だし、学校からも近い。俺がクラスで頼んだら来てくれるやつも結構居ると思うんだ」
壮馬は既に絵を展示する気になっていた。雫が首を縦に振れば今にでも予約を取ろうと思っていた。壮馬の頭には、自分たちの描いた絵が立派な展示室に飾られ、それを沢山の人に見られている様子しかなかった。
壮馬は自分の絵の巧さに自信を持っていた。勿論、昨日見た油絵には遠く及ばないにしても、今は急激に絵がうまくなっていっている最中だった。すぐ調子に乗る性格も相まって、自分の才能を過大に見積もっていた。
勿論、自分より上手な雫の絵にも、人に見られる価値があると思っていた。
「でも、展示会を開くんだったら色々準備とか大変じゃない? 来たお客さんを整理する人もいるし、展示室を借りるんなら費用もかかる。それから根本的な話なんだけど私達が描いてるのはデジタルアートじゃない? これを額縁に入れて飾るためにキャンバスに印刷しようと思ったら、またお金がかかるよ。その額縁だって……」
雫の口から出てくる聞き慣れない単語の数々に壮馬は目を白黒させていた。一瞬で現実に引き戻された気分だった。それと同時に、こうもスラスラと現状足りないことを並べられるということは、昨晩雫も展示会について色々調べていたのでは、と壮馬は思った。
「大丈夫、賃料とかその他諸々の費用は、来てくれるお客さんに入場料として少しづつ負担してもらえば何とかなる」
雫の表情は曇ったままだ。
「雫は絵を見てもらいたい? それとも見られるのは嫌?」
雫は少し俯いていたが、小さな声で
「見てもらいたい」
と言った。
「ならやってみよう! こうやって俺達だけで絵を描くのも楽しいけど、昨日見た絵みたいに、色んな人に見て貰えたらもっと嬉しいと思うんだ。今はまだ実力が足りないとか言ってたら、いつまで経っても出来ないよ」
「でも、私達素人だよ? そんな絵でお客さん満足するかな」
「今満足させられなくても、展示会をするまでに感動させられる絵を描いて揃えれば良いん。それに、感動させられるかどうかはやってみないと分からない」
雫は黙っていた。というより、壮馬の熱さというか厚さに押されていた。
「大丈夫、出来る!」
壮馬は一瞬、雫の寿命のことが頭に過ったが、それを振り払うように力強く小指を立てた。
「約束する。必ず画展を成功させる」
雫は躊躇っていた。指を絡めてしまえば、壮馬は展示会をするために力いっぱい動き出すだろう。それで本当に、良いのだろうか。雫は一度壮馬の顔を見た。真っ直ぐ、千里先まで見通すような真っ直ぐな目で雫を見ている。
雫はゆっくりその指に指を絡めた。
「分かった、やってみよう。やるからには私もいっぱい協力するね」
笑顔でいった雫の顔が再び曇る。
「でも……やっぱりそんな人なんて来るのかな。私達なんてほとんど無名なのに」
「来るさ!何と言っても俺は学校で一番信用のある男だからな。俺が声をかけたらみんなホイホイ付いてくるよ」