13・
雫に絵を見せたその日から、壮馬は本格的に絵を描き始めた。最初は今まで通り、動画サイトで絵の描き方を勉強し、練習していたが、次第に本を買ったり、雫が勧めてくれた有名な絵師のインターネット講座を受講するようになった。
壮馬は風景画の上達を目的としていたので、風景画だけずっと描いていれば上手くなるだろうと考えていた。ところが直ぐそれは過ちだったと気付く。
サッカーの試合をこなすだけでは試合に勝つための筋力やスタミナを育てるのに不十分なように、絵にも地道な練習が必要だった。
一言に風景画と言っても、写真への観察力を養うためには日々のスケッチは欠かせない。遠近法など、技法についても理解する必要がある。
そもそもの話、「真っ直ぐな線を引く」というごく単純に思えるスキルでさえ、壮馬には満足にこなすだけの実力が無いのだと気付いた。
壮馬は休み時間や、家に帰ってからの自由時間も、大部分を絵を描くことに使い始めた。これにはクラスメイトたちも両親も驚いた。休み時間、壮馬はいつも下らない話をして、輪の中心に居ることが多かったのだが、今は殆ども喋らず絵を描いている。たまに発作のように一発ギャグを披露することがあったが、場が全く温まっていない分、その滑り方はキレを増していた。
家の中でも、喋るのはご飯を食べている時だけで、後はずっと絵を描いている。いつもゲームを深夜まで続けて怒られる彼が、今は黙々と絵の練習に励んでいた。
普段は黙って食べなさいと怒る母親も、食べる時しか喋らなくなった息子に、怒るに怒れなくなった。
一体彼の身に何があったのかと周りに人々はざわついた。
「雷に打たれたんじゃないのか?」「トラックに引かれて異世界転生してまた戻ってきたのでは?」「本物の壮馬をどこへやった?」などと口々に囁いた。
しかし壮馬は周りの目など意に介さなかった。元々周りのことを気にする性格でも無かったし、何より早く雫のレベルに追いつきたいと思った。そうしなければ、壮馬の絵の上で雫のキャラクターが浮いてしまう。
全ては雫を絵の場所に連れ出すためだった。そのためには画力がいる。そして二人で一つの絵を造っていくには、自分が絵のレベルを早く上げなければならないと壮馬は思った。
幸い、壮馬の努力は功を奏し、自分でも分かるくらいに毎日上達していった。毎日一緒に絵を描いている雫も褒めてくれた。それが嬉しくて、壮馬はより絵の練習に励んだ。
練習を重ねていけば、描ける絵のバリエーションも増える。
最初は現実の風景だけを写し取っていたが、三ヶ月も経つとファンタジー系の風景も描くようになっていた。
異世界的な西洋の町並みや、和風ファンタジーの世界観にも挑戦してみた。それに伴って、雫の描いたキャラクターはより多くの場所を旅することが出来るようになった。
雫と壮馬は二人で絵を描き、壮馬が暗くなって帰るまで、互いの絵に対してアイディアを出し合った。
雫は壮馬の背景に合うようなキャラクターのポーズや服装を、壮馬は雫が旅したいと思えるような場所を描けるよう心掛けた。
二人で一つの絵を作っていく作業、自分たちの持つ技術を教え合う作業は、少しづつ二人の心が縮まっていく、通って行くものだった。その時間が本当にかけがえのないものだった。
いつまでも、いつまでも、こんな時間が続いて行けば良いと思った。