11
壮馬はベッドの上に寝転がってスマホを眺めていた。謝罪のメールを何度か送ってみたが、次の日になっても返信は来ていない。あれだけ怒らせてしまったのだ。当然だと壮馬は思った。
事の顛末を姉に伝えると、最初は驚いた顔をしていたが、申し訳なさそうに謝って来た。「謝らなくていい」と壮馬は言ったのだが、澄香はずっと顔を曇らせたままだった。
結局のところ、澄香も壮馬も健常者だった。今まで一度も大きな病気をしたこともなければ、命の危機に遭遇したこともない。
そんな彼らだからこそ、女性としての雫の気持ちを必死になって考えようとはしても、病気で命と向き合っている雫の心を考えようという気持ちは薄かった。改めて、壮馬は自分と雫との間にある壁の存在を認識した。
「何でそんなことも想像出来なかったんだ、俺は」
壮馬は目を閉じ、両手で顔を擦った。
今日は「生徒会の仕事を手伝わないといけない」という体の良い言い訳があったので、病院には行かなかった。生徒会の仕事を手伝うよう頼まれていたのは嘘ではない。嘘ではないが、それは特に壮馬がやる必要のない仕事だった。結局のところは雫と顔を合わせるのが、また、否定されるのが怖くて逃げているだけだった。
自分が泣かせてしまった。傷つけてしまった。その罪悪感で胸が痛んだ。何より「プレゼントで絶対に喜ばせる」という約束を破ってしまった。雫は壮馬の言葉を信じて誕生日を楽しみにしていたはずだった。その期待を、あんな形で裏切ってしまったことを、壮馬は最も後悔していた。
昨日から殆ど眠れていない。今日も眠れないだろう。楽天的な壮馬にとって、これは初めての体験だった。それだけ雫のことが、壮馬の生活の中で大きな存在になっていた。
次の日も、予想通り眠れなかったのだが、一晩過ごして壮馬の気持ちは大分整理され、前向きになっていた。
「雫が本当に欲しい物は何だろう」と考えてみることにした。あのまま終わりたくなかった。
前回は色んな友達や家族に相談したが、今回は一人で考えることにした。歩いている時も、誰かと話している時も、頭の容量は大部分が考えることに割かれていた。
授業中、ノートに思いつく限りのアイディアを書き出した。先生に見つかって注意されたりしたが、辞めなかった。
寝ていない中で頭を使ったため、支離滅裂な文章を書いてしまうこともあった。
『スリッパでベートーヴェンのお尻を叩いたら運命を叫ぶか検証』
と殴り書きされていたのを見た時は我が目を疑った。是非やってみようと思った。
そうして昼休憩が過ぎ、五時間目は美術だった。授業は美術室で行われた。
昼食を済ませた後で眠さはピークに達しており、壮馬は絵を描きながら半分寝ていた。
その時。ふと、そういえば雫も絵を描いていたな。という思考が過った。では自分も絵を描いてみたら? そしてそれを彼女にプレゼントしてみたら?
壮馬は心の中で自嘲した。俺が描いた落書きみたいな絵で、雫が喜ぶわけ……。
「あっ!!」
壮馬は弾かれたように立ち上がった。
「どうしたんですか、加藤くん」
年配の美術教師が「またか」とばかりに迷惑そうな顔を向けてくる。壮馬は言い訳に困り、「いや、あの、世界の危機を救いに行ってきます!」と叫んで教室から飛び出して行った。急いでスマホに自分が思いついたアイディアをまとめる。
描けるかもしれない。雫が喜ぶ絵。お詫びになるかは分からないけれど、今度こそ彼女に喜んでもらえるかもしれない。
壮馬は急いで絵を描くための材料や機材をスマホで検索し始めた。