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ヒト旅する魔王   作者: 森乃来真
7/13

3.待つ人(1)

 耳元で騒ぐラックの鳴き声に起こされ目を覚ます。どうやら朝の催促のようだ。ベッドから降りて昨日酒場から持ち帰ったツマミのナッツ類を与えると、見るからに興奮した様子で食べ始めた。


 睡眠で固まった身体をほぐすために身体を伸ばすと、窓から登りかけの陽の光の差し込んだ。窓から外を覗くと通りには誰もいない。


「少し外の空気でも吸いに行こうか」


 私は食事中のラックを肩に乗せ、彼のお気に入りのナッツをそのままポケットに入れて部屋を出た。


 部屋を出ると何処からともなく大きな音が聞こえた。廊下を歩くと次第に大きくなるその音の発信源がクルスの部屋からだとわかった。恐らくは彼のイビキだろう。野営中に同じ音を発していてレイネやゴランに口を塞がれていた。


 階段を降りて出入り口に進むが、ここでもクルスのイビキがよく聞こえる。恐らくまだみんな寝ているのだろう。受付にも人の姿はない。


 外に出るとうっすらと霧が出ていて街を覆っている。そこに差し込んだ朝日が散乱して綺麗な虹の輪が目の前に現れた。「綺麗だな」肩に乗ったラックに話しかけたが食べることに夢中で気にもとめていない。


 街に到着した際に見かけた小高い丘を目指して緩やかな坂道を登っていると、次第に霧は晴れていき丘に辿り着く頃にはすっかり消え去っていた。


 丘からは街の全体が見渡せた。朝日に照らされた街は私が今まで観てきた森とはまるで違う。人工的だが何とも言えない暖かさを感じる不思議な景色だった。


 風が森の中を通り抜けると、木の葉が揺れるザワザワとした音が森の中に響く。しかしこの街の中を風が通るとヒューヒューといった風が通り過ぎる音が聴こえる。


 街全体を朝日が照らし始めると、通りにチラホラと人の姿が見えだした。ある者は家を出るとうつむき加減で通りを歩き、また別の者は大きなあくびをしながら通りを歩き家の中へと入って行く。


 街のほぼ中央に建てられた大きな建物。そのてっぺんに備え付けられた鐘の音色が、ガラーンガラーンと大きな音を立てて鳴り響くと通りを行き交う数がさらに増えた。


 老若男女。誰も彼もが何かしらの目的を持ってどこかに向かっているのだろう。しかし、その大半は高い壁に囲まれたこの街の中を移動していて街の出入り口に向かう者は殆どいない。


「こんな所で何してるんだい?」


 背後から急にセインが声をかけてきた。だがそれに驚きはしない。常日頃から魔力感知は発動させていて半径数十メートル程度であれば常に生物の動きは把握しているからだ。


 セインは私が宿を出てからずっと、一定の距離を取って私の跡を付けてきていた。しかしこの男は恐らく私がその事に気づいていると知っていただろう。


「朝の散歩ついでに観察だよ。彼らを観ていると大して私と変わらない生き方をしているように思える。彼らの多くはこの狭い壁の中で生きているのかい?」


「観察……か。他人に少しは興味を持っていてよかった。そうだね彼らの多くはこの街で生活している。だから普段はこの街で暮らしているよ」


「私が森の中だけで暮らしていたのと変わらないね」


「そうだね。一つの場所で暮らすと言う意味では一緒かもしれない。だけど街には多くの人が訪れるからその人達との交流や、この街から出て行くこともできる。まぁずっとこの街で人と関わらず生きている人も居るかもしれないから一概には言えないけど」


「何故この街だけで暮らす者がいるんだ?」


「さぁ。考え方は人それぞれだから分からない。それに同じ場所で過ごす人の考えなら僕よりも君の方が分かるんじゃないか?」


 なるほど。セインの言い分はもっともだ。私ほど同じ地で長く暮らした者もそうはいないだろう。何故、か。


 私の場合は1人で過ごす事を望んだから。変化を求めなかったから。どちらも理由の一つ一つであるとは言える。だがそれが決定的かと言われれば恐らく違う。


 私自身が忘れてしまった何かもっと確信的な理由があったはずだが、それももう思い出せない。それほど遥か昔にその理由はあったのだろう。


「いや。私にもわからないよ。それで次は何処に向かうんだい?」


「それなんだけど、まだ少しの間この街に留まる事になりそうなんだ」


「何か用でも?」


「僕たち4人は一応この王国。『ミスカルス』お抱え勇者なんだ。だから今、任務完了の知らせを送って次の依頼のお伺いをしていてその返事を待ってる」


「『この王国』と言うことは他にも国があるのか?」


「大きな国はミスカルス含めて5つ程かな。だけど小さな国を含めれば100はくだらない。僕も全ての国を知ってはいない」


 随分前に師匠に教えられた話とは変わっていた。師匠に聞かされていたのは大国が一つあり、残りの複数ある国々はその大国に管理されている。長い年月でそれが変化したのか。


「世界とは随分と広いみたいだね」


「広いよ、とても。僕の寿命全てを旅に費やしたとしても全てを回れない程に。だけどアシスなら世界の全てを目にできるかもね」


「世界の全てを目にする……か。いいね。それはとてもいい。世界というものをこの目で見てみたい」


 セインは私が話すといつにも増して優しい笑顔を浮かべた。


「何か可笑しかったかい?」


「いや、違うよ。アシスが目を輝かせているのを見て嬉しかったんだ。ただそれだけさ」


 変わった男だ。瞳など光の反射加減で幾らでも輝いて見えるだろうに。それを見て喜ぶ。全くもってこの男が分からない。


「とりあえずアシスの目的が決まってよかった。それじゃあそろそろ宿に戻って朝食にしよう。クルスの奴が騒ぎ出す前に」


 セインの言う通り朝から騒がれてもたまらないので宿に戻る事にした。人通りが増えたのでラックを服の中に隠したが、別段嫌がるそぶりはなく相変わらず食事に夢中だ。


 宿に着くと入り口の横に置かれた椅子に昨日の老婆。ハーランが座って通りを歩く人々を眺めている。横を通る際にセインが「おはようございます」と挨拶をするが仏頂面のまま一瞬視線を向けるだけで挨拶は返さない。


 彼女は何に怒っているのだろうか。そう思いながら私も扉を通ろうとした時、ハーランは通りに視線を向けたまま手に持つ杖で私の通り道を塞いだ。


「何か?」


 問いかけるとハーランはゆっくりと私に顔を向けた。


「ボウズ。挨拶はどうしたんだい?」


「おはよう?」


 道を塞いでいた杖が私の頭にコツンッと当てられた。痛みなど無いに等しいが何やら不快ではある。


「おはようございますだろ。年長者には敬意を持って接するんだ」


 年長者。それを言い出すと例外を除いて人間は全員私に敬意を持たなければいけないのだが。そう思いながらも私が魔族だと言えないのも事実か。


「おはようございます」


 セインを真似て挨拶をすると、満足したのかハーランは杖を退けた。彼女にとってこの挨拶にどれほどの意味があるのか定かではないが、この程度のことで問題を避けられるのならばこれからは挨拶をするとしよう。


 食堂に行くと既に3人が食卓に着いて私たちを待っていた。身体を小刻みに揺らすクルスが、見るからにイラついているのがわかった。


「アシス!お前は毎度毎度、飯の時間に遅れやがって。本当に次遅れたら先に食べてるからな」


 クルスの大声が食堂に響くと周りの人達が、こちらのテーブルの様子を伺い始めた。それを見ていたレイネは深いため息を吐いた。


「クルス、あんたね。そんなに文句があるなら先に食べなさいって言ったでしょ?いちいちアシスに怒鳴るのやめなさい」


「何で1人で食わなきゃいけねーんだ。飯はみんなで食わねーと美味くないだろ。セインもセインだぞ。お前が付いていながら遅れるなんて。次は遅れるなよ」


 朝から賑やかな連中だ。「気をつけるよ」一言そういうと鼻息を荒くしたクルスもそれ以上の問答を辞めた。ハーランと言いクルスといい。何故そうも言葉を欲しがるのか。私にはよく分からない。


 テーブルに置かれた朝食はパンにスープと簡易的なものだ。私は持参したジャムを取り出しパンに塗って一口頬張った。


 美味い。去年から収穫したアンブロシアで作ったジャムだが持ってきてよかった。やはりパンにはこれがなくては。


「何その美味しそうなの」


 レイネが不思議そうに問いかけてきた。


「森の果実で作ったジャムだよ」


「美味しそうね。私にも少し分けてよ」


 それほど量がないのであまり乗り気にはなれないが、彼女には多少の恩もある手前無碍には出来ない。仕方なくスプーン一杯分のジャムを彼女に渡すとパクリと一口食べた。


「ウッ」


 その一言と共にレイネは何処かに走り去った。


「彼女大丈夫かい?顔が真っ青だったけど」


 宿の女将である年配女性が飲み物を持って私たちのテーブルに来ると、心配そうに走り去るレイネの後ろ姿を見つめていった。


 それに苦笑いを浮かべながらセインが答える。


「いやー。多分大丈夫ですよ」


「ならいいけど。はいっ、これウチの宿の名物。果実ミックスジュース。お酒飲んだ次の日の頭をスッキリさせるよ」


「ありがとうございます。昨日から他に従業員の方を見ませんけど、こちらの宿は貴女が1人で営んでいるんですか?」


「今はそうさね。昔は母さんも一緒に働いていたんだけど。あぁ、母さんってのは昨日入り口で迷惑かけちゃったおばあちゃんなんだけどね」


「あの元気のいい方ですね。今日も朝早くから椅子に座っていましたけど、毎日あそこに?」


「そうよ。……かれこれ10年になるかしらね。あそこに朝から晩まで座るようになって」


 セインは10年と聞くと少し驚く。そうか、人にとって10年とは短くないのか。


「10年も。お気に入りの場所なんですね」


 年配女性の表情が一瞬固まったがすぐに微笑み直した。


「お気に入りってよりもずっと待ってるのよ」


 セインは年配女性が一瞬固まったのを見てから、何故か言葉を詰まらせているように見える。なので私が代わりに聞いた。


「待っているとは?」


「私の娘。母さんにとっては孫か。その孫が帰って来るのを待ってるのよ。10年間ずっと」

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