2.外の世界(3)
「あの人のこと殺そうとしていたね?」
少し悲しそうな瞳で私に問いかけるセイン。
「何かと思えば。それがどうかしたか?」
「アシス。安易に他者を傷つけてはいけない。まして殺すなんてもってのほかだ」
セインの言いたいことがわからず私の頭は少し混乱する。
「あの人間は私にとって害になると判断したんだけど。間違えているといいたいのかい?」
「あなたの基準では恐らく間違っていないと思うよ。だけどそれでも安易に相手を殺めることを僕は良しとしない」
「君がダメだと判断したからするなと?」
「そうじゃないけど、今はそれでいい。僕の為でいいから今後は人殺しをやめてくれないか?」
そうじゃないが今はそれでいい。なかなか難解な回答だ。目の前に石ころが落ちていたとして、それを指差しこれは金だと言ったとする。相手はそれは石だが今は金でもいいと言う。
今と言うことはその金はいつか石に戻るのか、はたまた石でも金でもない何かになるのだろうか。
だが理由はどうであれ今私は、勇者セイン一行に同行している。またそれと同時に私は彼らの監視下にある。さらにここは彼ら人間のテリトリーだ。ならば彼らのルールに従うのが道理だろう。
「私には理解できないが承知したよ」
私が答えると「ありがとうアシス」そう言ってセインはいつもと変わらない微笑みを私に向けた。
一行の元に戻ると3人は私たちに同時に話仕掛けてきた「何処に行っていたのよ」「俺の腹の腹はもう限界点超えちまってるぞ」「ワシは早く風呂に入りたいの」とても先ほどまで騒がしくしていた者たちの言い分とは思えない。
セインはいつもと変わらぬ様子で「ごめんごめん。アシスと少し散歩していたんだ。それじゃあまずは宿を取って、それから食事にしよう」と言って私たちを先導した。
日が完全に暮れる前に通りかかった店の店主に、教えてもらったおすすめの宿にどうにか辿り着けた。
宿に入ろうとすると入り口の扉の隣に置かれた椅子に、1人の老婆が座っているのが目に入った。
その老婆はのっそりと立ち上がり杖を使って近づいてきた。そして眉間にシワを寄せながら目を細めて私達一人ひとりの顔をマジマジと近くで見ると、満足したのか何も言わず椅子に座り直した。
「バァちゃんどうかしたか?」
クルスが椅子に戻った老婆の顔を覗き込んで、問いかけるが老婆に反応はない。クルスは何度も「おーい。バァちゃん。大丈夫か?」と繰り返す。
「やっかましー。耳ならよーく聞こえとるわ。何度も同じことを聞くな若造」
老婆はそのおっとりとした風貌に反してハキハキとした口調でクルスを怒鳴りつけた。
「聞こえてんなら返事しろよバァちゃん。そんな歳で無視してたんじゃ耳が遠いと思われても仕方ないぞ」
「馬鹿者が。アタシはお前さんのバァちゃんになった覚えがないから返事をしなかったんだよ。アタシを呼ぶ時はハーランさんと呼びな」
クルスと老婆が大声で言い合っていると、宿の中から慌てた様子で年配の女性が出てきた。
「お母さん。またお客さんに悪態ついてるの?お客さん、本当にごめんなさいね。ウチに宿泊するなら朝食サービスするから許してあげて」
「何を言っとるか。この若造がアタシに悪態ついたんだよ。そんな奴らをウチの宿に泊めんじゃないよ」
「お母さんは黙ってて。気にしないで中に入って入って」
年配女性に背中を押されるように私達は宿に案内され、それぞれあてがわれた部屋に向かった。私は二階にある一室に案内された。
部屋に入ると簡素な作りではあるが部屋の隅々まで掃除が行き届いていた。更に部屋の中央に置かれたベッドにはシワ一つない真っ白なシーツ。
窓際にあるテーブルに肩掛けカバンを置いて口を開けと、中からラックが顔を覗かせて周りの様子を伺っている。
「ここには君と私しかいないよ。安心して出ておいで」
そう語りかけるとラックは言葉を理解しているのか、素直にカバンから出てきた。カバンの中を覗き込むとレイネに貰った果実の汁で中がひどく汚れている上に随分と甘い匂いがする。
果実の残りをテーブルに置くと、ラックは自分のものだと言わんばかりにそれに抱きついて離さない。その為ラックの身体にも果実の汁が付いて汚れていた。
「エサをどうするか考えないといけないな」
1人ポツリと呟いていると、部屋の扉がノックされ開かれた扉からセインが顔を覗かせた。
「そろそろ食事に行こうと思うんだけど」
「すぐに行くから下で待っていてくれ」
「わかった。アシス……いや。何でもない。下で待ってる」
飲み込んだ言葉が何だったのかはわからないが、言わなかったのであれば大したことではないのだろう。私は果実の汁で汚れたカバンを壁に吊るし、ラックに大人しく待つように伝え部屋を出た。
宿を出ると既に4人とも集まっており、皆が私に注目する。
「遅いぞアシス。俺はもう倒れる寸前だぞ。もしも次も遅かったら置いて先に行っちまうからな」
腹を抱えながらクルスが力なく話すと、レイネがクルスの頭部を後ろから叩いた。
「アシスをいじめるんじゃないわよ。そんなにお腹が空いていたなら1人で先に行けばよかったでしょ。アシス。気にしなくていいからね」
「そうじゃそうじゃ。クルスの話など気にする必要ないぞ」
ゴランもレイネに続く。またいつものやりとりが始まりそうになっていたが、セインが間に立って何とかそれは回避された。
夕食は宿の年配女性に教えられたこの街で1番うまい酒と食事が食べられるという酒場だ。
酒場に着いて中に入ると、多くの人が賑やかに酒や食事を口にしていた。私達が空いている席に座るとすぐに店員が注文を取りにやってきた。
「酒だ酒。とりあえず大急ぎで人数分の酒と後は何でもいいから肉料理を持ってきてくれ」
「ちょっとクルス。まさかアシスにまで飲ませるつもりじゃないでしょうね」
クルスの注文にレイネが反応すると、店員も同じく「子供にお酒はちょっと」っと首を横に振った。クルスはそれでも引き下がらない。
「アシスだってもう子供じゃねぇんだ。見た目がガキだからってこいつだけ仲間外れにするなんて可哀想じゃねぇか」
「確かにそうじゃな。レイネ、シャクじゃが今回はクルスの言い分が正しいと思うぞ」
珍しくクルスの意見にゴランが同調する。さらにレイネが「だけど」と言ったところでセインが制して私に尋ねる。
「アシスはお酒飲めるの?」
「あぁ、飲めるよ。1人で暮らしている時は毎年自分で酒を仕込んでいたしね」
「それなら決まりだ。店員さん、彼こんな見た目だけどちゃんとした大人だから人数分お酒持ってきて。責任は僕が持つから」
セインは服の中から首に下げた飾りを見せてそう言うと、店員はにこやかに微笑み大きなコップに入った酒を人数分テーブルまで運んできた。そしてみんなに酒が行き渡るとセインは立ち上がった。
「ひとまずみんな任務お疲れ様。今回もみんなの力があったから無事に任務を終えることが出来た。そしてなにより今回の任務でアシスと出会えた。みんな今日の払いは僕が持つなら思いっきり食べて呑んでくれ。乾杯」
セインがコップを前に突き出すと、他の3人も同じようにコップを前に出した。そして全員揃って酒を口に近づけ様とする私の方を見つめるので、訳がわからぬまま私も同じようにコップを前に出すとコップ同士を軽くぶつけ合った。
恐らく儀式は終わったのだろう。それぞれ酒を口にしている。クルスなど一息で飲み干すとすぐに店員に新しい酒を頼んでいる。
一口飲むと果実の甘みをほのかに感じる。アルコールの強さは私が作っていたものに比べれば幾分が弱そうだ。しかし運ばれてくる料理と共に飲むには適していた。
そして私は外に出て初めての酒と料理を騒がしい彼らと共に堪能した。