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ヒト旅する魔王   作者: 森乃来真
3/13

1.孤高の魔王(3)

「ほら全員さっさと起きて朝ごはん食べなさい。遅くても昼までには出発しないと、陽のあるうちに森の外まで移動できないんだからね」


 レイネの怒鳴り声が家の中を響き渡る。自ら起きていなければこの家との別れの朝を、最悪な起床で迎えることになるところだった。


 食卓に向かうと既にテーブルには、料理が並べられていた。そしてレイネが1人席に着き皆が集まるのを腕組みをしながら待っている。


 身支度を済ませた上、朝食の準備もすべて終わらせていることを考えると、彼女は数時間前には誰よりも早く起床しているのだろう。


 それを考えらば彼女の怒りも頷ける。「おはよう」レイネの挨拶に小さく会釈をして返すと彼女はテーブルを両手でドンッと叩きつけて立ち上がり私を見る。


「お、は、よ、う」


 再度同じ言葉を繰り返す彼女。私は少し首をかしげながら「おは、よう」とおうむ返しをしてみた。すると彼女は満足したのか自分の席に座りまた腕を組んだ。


 その後、眠たそうに食卓に着く3人にそれぞれ烈火の如くレイネが説教を浴びせて、ようやく朝食が始まった。何にしろ賑やかな連中というのが今の所私が抱いている印象だ。


「ところでアシス。出発の準備はもう済ませているのか?」


 まだ眠たいのだろう。開ききっていない瞳をしたセインが尋ねてきた。


「荷物の準備なら既に済ませているよ。ただ朝食の後に私は少し出かけるが、昼までには戻ってくるからそれまで待っていてくれ」


「それは構わないが、もしかしてその身体で1人で外に出るつもりなのか?」


「そうだが何か問題でも?」


 それまでとは打って変わり目を見開いて首を横に振るセイン。


「問題も何も忘れたのか?今のあなたは力の大半を失っているんだぞ。それなのにこの魔巣と呼ばれる深緑界の最奥地を1人で歩かせる訳にはいかないに決まっているだろ」


「私がここで一体どれ程の歳月を過ごしてきたと思っているんだい?魔物達と戦わずに移動することなんて造作もないことだよ」


「例えそうだとしても、絶対安全なんてことにはならないだろ。僕が一緒に付いて行く」


 確かに力の大半を失っているが、それでも敵の位置を感知するぐらい容易にできる。それにいざとなればこの辺りの魔物の一匹二匹程度なら、何とか倒せるだけの力も残っている。


 だがこれから幾らかの時を共に旅する間柄だ。手の内はなるべく見せておかない方が得策か。そう思いセインの提案を了承した。


 食事を終えた私は小さな肩掛けカバンを担いで出掛ける用意をする。小さかった肩掛けカバンは、幼くなってしまった私には大き過ぎるカバンとなってしまった。長すぎる肩紐を目一杯短くしてようやく引きずらずに済む長さになった。


 しかし小さくなるのは悪いことばかりでもない。何せ以前の食事では一つでは物足りなかったパンも、今では一つ食べれば腹がはち切れそうな程大きくなるのだから。


 玄関に行き靴棚の奥から埃が被った小さい靴を、幾つか取り出して今の足に合う靴を探す。なかなか物を捨てられない性格がこんなところで役に立つとは皮肉なものだ。


 だが多くの靴は時の経過でとても履けたものではない。それでも師匠が生きている時に作ってくれた何足かの靴は、まだ十分に履けそうで師匠の偉大さを再認識した。


 外に出ると涼やかな風が長い髪をなびかせた。「行けるか?」既に待っていたセインが聞いてきたので私は頷いて答えようとした。しかし何故か今朝の出来事が脳裏を掠め、頷かずに「あぁ」と短く返事を言葉で返した。


 目的地に行く前に家の近くに生えている巨木へと向かった。私がまだ子供の頃には大して背丈も変わらず、枝のように細かった木が今では遠く離れて眺めなくては、その全貌を一目で捉えられないほど大きくなった。


 いつものように木の根元まで行き、カバンから木の実を取り出して手のひらに広げて屈んだ。「何をしているんだ?」不思議そうな顔で尋ねるセインに、口の前で人差し指を一本立て静かにするように伝えた。


 いつもならすぐに姿を現すのだが、見知らぬ顔があるので警戒して出てこない。恐らく最後の会う機会だっただけに少し残念ではあるが、木の実を地面に広げてその場を離れた。


「さっきのは何だったんだ?」


「いつも餌をあげていたリスがいてね。その子に会いに来たんだがどうやら不在だったみたいだね」


 わざわざ警戒して出てこないと伝えても、何の意味もないのでそこはあえて伏せて話した。私達は目的地までの道中私のお手製の山道を進んだが、途中セインが魔物の気配を察知したので道を外れて藪の中を進んだ。


「この方角であっているのか?これじゃあどっちに進んでいるかわからないぞ」


「問題ない」そう言いながらもセインが言うことは最もだと思った。なにせ私だって目的地に僅か感じる魔力を辿らなければ、藪の中を進んで辿り着くことなどできない。


 その後も魔力感知を駆使するセインの指示に従い、魔物達を避けながらどうにか目的地の高台の丘まで辿り着けた。


「戦闘がなくても結構疲れたな。僕でこれなんだ。子供の身体なのに大丈夫かアシス?」


 聞かれた通り確かにひどく疲れた。それは否めない。何せ普段なら30分程の道を1時間以上かけて藪の中を子供の身体で突き進んだのだから。


「少し疲れたが問題ないさ」


「ならいいが。それでここには何しに?」


 崖からはこの深林界を遠くの方まで見渡せる。セインはその景色を眺めながら乱れた呼吸を落ち着かす。


「師匠の墓参りに来たんだよ。きっと今来ておかないとこれから長い間戻って来れないだろうからね」


 この崖で1番景色を綺麗に眺められる場所に、師匠の墓を建てている。墓石を水で濡らした手拭いで磨き上げて、墓前に飾った花束に変わりはないか確かめる。最後に師匠が好きだったアンブロシアの果実のジャムを瓶ごと供えれば、いつあっちに行っても文句は言われないだろう。


「その変わった花はなんて名前なんだ?」


「トネリコ。たしかそんな名前だったはずだよ」


 師匠の墓前で屈んでいると、セインが隣にやって来て私と同じように屈んだ。そして胸の前で手を組み瞳を閉じた。


「それは何をしているんだい?」


「お祈りをしているんだ。ついでにこれからの旅を見守ってくださいとお願いもしているけどね。何ならアシスもしてみたらいいよ」


 この儀式にどれだけの意味があるのかは分からないが、言われた通りセインのマネをして祈ってみた。だが特別何かが起きるわけもなく。私はゆっくりと目を開けた。


「さぁ、そろそろ戻ろうか。あんまり遅いとレイネのイライラで地響きが始まるぞ」


「あぁ。戻ろう」


 墓を背にして帰路に着こうと足を一歩前に踏み出した時、突然背後から暖かな風がワッと吹いて私の背中を押した。思わず振り返り背後を見るが風は既に止んでいる。


 たまたま目に入った師匠の墓の隣で、一瞬師匠が手を振っている様な幻覚が見えた。私は手の甲で目を拭って再度確認したがやはりそこには誰もいなかった。


 だが思わず「いってきます」と墓に向かい口走ると、「何かいったか?」とセインが反応した。


「いや。……何も言っていないよ」


 それを聞いたセインは不思議そうに首を傾げた。


 私達は出発の時間が迫っていたこともあり、帰りは手作りの山道を駆け足で帰ることにした。しかし道半ばほど行ったところで私の魔力感知が魔物の気配を感知した。


 それと同時にセインは私の行く先を手で塞ぎ足を止めた。魔物の気配はどんどんこちらへと向かっていることから、狙いが私達である事は明白だった。


「今からでも藪に身を隠すかい?」


「いや。これ以上遅れたら本当にレイネに殺されかねない。本当は無駄な争いはしたくないんだけど。……仕方がない、アシスは僕の背後に隠れていてくれ」


 魔力感知から察すると恐らく、この深林界でも厄介な部類のアレに勘づかれたのだろう。「来たぞ」聖剣を身構えたセインが言った。


 山道の先には巨大な体躯をした牡鹿が一頭、鼻息を荒くしてこちらの様子をうかがっている。アレは神の時代から存在する、神源(しんげん)の生物だと生前師匠が話していた。私は魔力感知でさらに周辺を探るがどうやら魔物はこの一匹だけのようだ。


 この牡鹿は普段4頭でこの深緑界を歩き回っている。それが珍しくも一頭で行動しているのは、まさに不幸中の幸いといったところか。


 牡鹿は臨戦態勢の低い姿勢をとり、いつこちらに突進してもおかしくない。いざとなれば今の力でも一頭ならどうにか倒せる。


 そう思った瞬間。牡鹿の姿が視界から消えた。油断したつもりはないが、動体視力まで落ちていたとは予想できていなかった。


 私は咄嗟に両手で身体を守る為、守りの姿勢をとったがその行為は無駄に終わった。


 牡鹿の姿が見えなくなったのと同時に、眼前に立ち塞がっていてセインの姿も私は見失っていた。次に両者の姿を捉えた時には既に勝負は決していた。


 聖剣を振り抜いたセインの側に、首を落とされた牡鹿の身体が大きな音を立てながらゆっくりと崩れ落ちる。


 地面に横たわってようやく牡鹿の傷口から血が吹き出した。セインの衣服には一滴の返り血も付いていない。首を落とした聖剣にすら僅かな血が付着している程度だ。セインはその血痕を薙ぎ払い聖剣を鞘に収めた。


 やはりこの男の力は脅威的だ。私はこれまで数多くの相手と対峙したが、身震いしたのは師匠と勇者セインの2人だけだ。


「さぁ、早く帰ろう。またレイネにドヤされる」屈託のない笑顔を私に向けて話すセイン。果たして力を取り戻したとして、私はこの男に勝てるだろうか。戦いを望まない私にそんな考えを巡らせるとは本当に不思議な男だ。  

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