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ヒト旅する魔王   作者: 森乃来真
12/13

3.待つ人(6)

 朝目覚めて早々に手に入れたばかりの行方不明者名簿をセインに手渡すと、肩を落として苦笑いを浮かべた。


「こんなものどこで?……って聞いても答える訳ないか。頼むからあまり無茶な事はしないでくれよアシス」


「何を言ってるんだ?君も隠れてついてきていただろ?」なんて言おうものなら今後の監視が巧妙になる恐れがあるので勿論口にはしない。


「それは何かの役に立ちそうかい?」


 セインは神妙な面持ちで手渡した名簿に目を通す。そしてメランの情報が書かれたページを開くと、上目遣いで私を見つめた。


「そう言うことか。どうするんだアシス。この事をハーランさんに教えるつもりかい?」


「そのつもりだよ。せっかく孫がいなくなった原因がわかったんだ。黙っておく理由はないだろう?」


「それはどうだろう。誰もが際限なく全てを知る事で幸せになれるとは限らないと僕は思うよ」


 セインの言い分に納得ができない。その口ぶりはまるで事実を知ると不幸になるとでも言いたげだ。少なくとも私なら間違いなく事実を知りたい。


 何も知らないままこれからも彼女は、あの椅子に毎日座って帰ってこない孫を待ち続けるべきだと言うのか。それより一刻でも早く彼女に真実を告げるべきだろう。そんな風に考えを巡らせているとセインが話を続けた。


「アシスが何を言いたいのかはわかるよ。だけど今はまだこの事は他言しないでいてくれ。僕の方で色々と調べてみるから」


 納得はできなかったが誰でもない勇者セインが、そういうのだからと私は小さく頷いた。するとセインは渡した名簿を持って宿から出ていった。


 その後私はいつものように日課のクルスとの特訓に出かけた。相変わらず加減を知らないクルスの特訓は身体に堪えるが、不思議なものでまだ特訓を初めて短期間にも関わらず剣の技術が向上していると実感できる。


「遅い遅い。お前は亀かアシス。考えて動いてたんじゃいつまで経ってもカスリもしないぞ。感じるままに剣を振るんだよ」


 実感はできてもまだまだクルスの足元にも及ばないので、毎日の様に亀呼ばわりはされるのだが。クルスが本気で剣を振るえば斬撃が通り過ぎた後に風切り音が耳に届く。それに比べれば確かに私の剣は遅く見えるだろう。


「君の話は抽象的で分かりにくいんだよクルス。具体的にどこをどうすればいいか教えてもらえると助かるんだが」


「見てくれはガキでももういい歳した大人だろ。何でもかんでも手取り足取り教えてもらえると思うな。……だがまぁ少し教えるとするならそうだな。こうしてこうしてこうだ」


 何をどうしてどうなのだ。間違いなくクルスという人間は良く言えば剣の腕に特化した男。悪く言えば剣以外お粗末な男と言えるだろう。


「オラー。この俺がこんなに丁寧に教えてやってんだ。死ぬ気でやらねーともう一度殺しちまうぞ」


 確かに一度殺されているが、それを本人相手にこうまで悪びれる事なく言えるのもこの男の良さ。なのだろうか……。


 だが少なくとも先程まで私の中でざわついていた感情が幾分か晴れた気がする。クルスのこの雑な性格は時として必要なのかもしれない。私も少し見習ってみてもいいかもしれない。


「わかってねーな。そこはスッじゃなくてササッてやんだよ。そしたらそこからカッとやってドンッとやったらあとはズバッだろうが」


 ほんの少しにしておこう。例え見習うとしても。



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「待たせて悪かったね。早速だけど例の件で分かった事を話すけど、結論から言うとハーランさんのお孫さん。メランちゃんが帰ってくる可能性は極めて低いと言わざる負えない」


 出発前夜、私の部屋を訪れたセインが神妙な面持ちで話す。


「その結論の理由を聞かせてもらえるかい?」


「調べてもらった情報によると、攫われた人たちのその後は一切わかっていないそうだ。君にもらった名簿の記録では随分と昔から、人が攫われていた。それにも関わらず誰1人としてその後の足取りがわかっていないんだから異常な事だよ」


「あの名簿に書かれていた人たち全員を調べたにしては随分と早いけど、一体どうやったんだい?」


「これでも僕はこの国の勇者だからね。国に依頼すれば大抵の事は即座に対応してもらえるよ。まぁそうじゃなくても僕個人の友人が色んな所にいるからなんとかなるんだけどね」


 珍しく含んだ笑みを浮かべるセイン。何やらこの件とは別で思うことでもあるのだろうか。しかしこの事実をハーランに伝える意味はあるのだろうか?


 あなたの孫は人買いに売られてこの街から連れ去られた。だけど行き先や生死はわからない。なんて言ったところで何になるのだろう。


「セイン。私はこの事を彼女に話すべきではないのだろうか?」


「どうだろうね。だけど話したところで分かるのはお孫さんが誰かに連れ去れたって事だけだ。そうしたら彼女や娘さんはメランちゃんから目を離していた自分達を、今まで以上に責めることになるかもしれないよ」


「だけどこの街にいないと分かれば、街から出て探しに行くって選択肢が生まれるじゃないか」


「資金や力を持たない老婆と中年女性が、この国にいるとも限らない。ましてや生きているとも限らない人をそう簡単には探しには行けないよ」


「それは行けないんじゃなくて理由をつけて行かないだけじゃないのかい?」


「それを含めてそう簡単には行けないんだよ。アシスだっていつでも外の世界に行けたはずなのに行かなかっただろ?」


 それを言われると耳が痛い。自分に出来ていなかったことを人は何故出来ないと言っている様なものだから。そして話を聞くほどにハーランにとって伝えることが正解なのか、はたまた間違いなのか判断が出来なくなってしまった。


 1人で過ごしている時にはこの手の悩みとは無縁だった。何せ自分にとっての選択を自分自身でするだけだから。他者に対して何らかの選択を行うことが、こうも悩ましいとは考えもしなかった。



 ---------------------------------



 森を出て初めて過ごした街での生活の中心となった宿の部屋。飾り気もなく取り立ててなにか特別な思い入れがあるわけでもないはずなのに、いざ出て行くとなると何とも言えない名残惜しさを感じてそのことに驚きを覚える。


 カバンから顔を覗かせ定位置となったテーブルを、見つめているラックも恐らく同じ気持ちだろう。しかし顔を出されたままでは困ると思い、ナッツを一つ手渡すとそそくさとカバンの奥に引っ込んだ。


 相変わらず現金なやつだ。部屋を出て受付に向かうがまだ誰も待っていなかった。宿を出るといつもと変わらずハーランが1人椅子に座って通りを眺めている。


「もう出発するのかい?」


 仏頂面で通りを眺めたままハーランが言う。


「みんなが集まり次第出発するよ」


「そうかい」


 そう言ったきりハーランは口を閉ざした。私はカバンからお気に入りのジャムが詰まった瓶を一つ取り出してハーランに差し出した。


「何だいそりゃあ」


「私が暮らしていた土地で採れた果実を使って作った特製ジャムだよ。あなたには美味しいサンドイッチを何度もご馳走になったからそのお礼に」


「いらないよこんなもん」なんて一蹴されると思いきや、ハーランは差し出した瓶を黙って受け取った。


 そしてポケットから紙切れを取り出すと、それを私に差し出した。紙を受け取るとそこにはいくつかの材料の名前と分量が書かれていた。あのサンドイッチに使われているソースのレシピであることは私でも気がついた。


「秘密のソースなのにいいのかい?」


「ジャムを貰っちまったからね。だけどそのレシピを人に話すんじゃないよ。ウチの宿が儲からなくなるからね」


「勿論だよ。……ハーラン。実は話が——」


 言いかけた途中で宿の中から「おせーぞアシス。ボヤボヤしてると置いてくぞ」と大声で叫ぶクルスの声が聞こえてきた。


「ほら。連れが待ってるよ。さっさと行きな」


 ハーランに促され私は言いかけた言葉を飲み込み受付で待つ4人の元に向かうと、お馴染みのやり取りを繰り広げ全員で宿の外に出た。


「お世話になりました」セイン筆頭に全員がハーランに別れを告げる。ハーランはそれに手を挙げて答える。


「サンドイッチご馳走様。お元気で」


 そう言って背を向けると背後からハーランの声が聞こえた。


「ジャムありがとうね。またいつでもおいで。アシスボウヤ」


 振り返ると優しく微笑んだハーランが真っ直ぐ私の顔を見つめていた。それをみて思わず私も微笑んだ。


 時折振り返るがハーランは私たちの姿が見えなくなるまで、いつまでも真っ直ぐ私たちを見送っていた。


「伝えなかったのかい?」


 後ろを気にする私にセインが話しかけてきた。その問いかけに私は頷いて答えた。セインは「そっか」とだけ言いそれ以上なにも言わなかった。


 伝えられなかったがいつか彼女の孫が帰ればきっとそれでいいのだろう。今はそう思うことにした。

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