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ヒト旅する魔王   作者: 森乃来真
10/13

3.待つ人(4)

「君はどうしてまだここいるんだい?」


 廃墟の二階には男が寝床にしているベッドが置かれていた。私はベッドに腰掛け、床に座らせた男に問うが口ごもりなかなか話さない。竹箒の持ち手部分を床に叩きつけ威嚇すると男はビクッと身体をこわばらせようやく口を開いた。


「どうしてもなにもここは俺の寝床だ。お前こそこんなところに何しに来たんだ?」


「言い方が悪かったかな?それとも君は言葉の真意を汲み取れないおバカさんなの?私が聞いているのは何故まだ街にいるのかってことだよ。聞いた話では君は街から追い出されたはずだよね」


 男は視線を逸らして答える。


「さ……さぁ、何のことだか。俺はこの通り街から追い出されちゃいない。お前さんが聞いた話が与太話だったんじゃねぇのか」


「なるほど。それじゃあもう一つ。その腕はどうやって治したんだ?治癒の魔法は教会の中でも限られた者にしか使えない上相手を選ぶと聞いたが、この街の教会はお前みたいな奴に治療を施すのか?」


 男はまたもや口を閉ざした。やれやれ面倒なことこの上ない。さっさと痛めつければ手っ取り早いのはわかっているのだが、その方法をとると後々に起こる出来事のほうがさらに面倒になると分かっているのでやめておく。


「口を閉ざすなら私は勇者一行に君の事を報告するよ?そうなればまた治安部隊に引き渡される。さらに勇者たちは何故君がまた街にいるの調べると思うがそれでもいいかい?」


「それだけはやめてくれ。下手すりゃあ俺は殺されちまう」


「殺されるって誰に?」


「それは……」


「やれやれ、素直に話を聞かせてくれれば私が君に手出しすることはないよ。それにここでの話を誰かに触れ回るつもりもない」


 とは言っても事と次第によっては、その限りではないのだが。それでも男は何度もその言葉が本当かと尋ねてくる。言葉での契りを頼りにするとは何とも浅はかな奴だ。そう思いながら私は「本当だ」と伝えるとようやく男は話し始めた。


「俺はこの街の偉いやつら何人かに、金を渡してるから身の安全を保証されてんだ。だから今回の騒動でもあんたらが街を出るまで身を隠しているって事でお咎めなしさ」


「腕の傷が治ったのも金を渡したおかげと?」


「あぁ、そうだ。この街の教会には常駐している治療士が1人いてな。そいつが金に汚い奴で大金を積まなきゃ、どんな怪我人も相手にしないんだこれが。まぁ逆に言えば金さえ払えばどんな奴の治療もするんだがな」


「なるほどなるほど。ところで何故勇者一行が絡むと君は殺される危険性があるんだい?」


「そりゃあ勇者一行と言えば、この王国ではあらゆる特権を与えられた存在だ。そんな連中にこの街のお偉方の粗相がバレてみろ。王族への反逆と見なされて有無も言わさず粛清なんてこともあり得るんだ。いざその危険性が増せば奴らは迷いなく口封じの一環で、俺のことなんて処分するに決まっている」


 勇者一行と旅をしてまだ短いが、少なくとも彼らがその様な手段を取るとは考え辛い。それとも私が見ている彼らと本来の彼らとでは違うのだろうか。


「そう言うことならわかった。君の事は私の心のうちに留めておくよ。……話は変わるが君は何故こんな生き方をしているんだ?」


「何故?そんなもんこんな生き方でした生きていけねーからに決まってんだろ。学もなければ頼れる人間もいねー。そんな人間が人並みの生活をしようと思えば人がやらない事をするしかねーんだよ。そうじゃなきゃ誰が好き好んでこんなクソみたいな生活したいってんだ」


 男が言う人並みの生活がどういった基準なのかはわからない。ただ生きていくだけなら、自ら小屋でも建てて畑を耕すなりすればいいのではないか。そんな単純な疑問が湧き出た。


 だがそれをこの男に伝えたところで、理解されないのは容易に想像できる。恐らく私にとっての『生きる』と彼の『生きる』は別物だから。


「君という人間を少し理解できてよかったよ。僕はそろそろ出ていくけど、最後にもう一つだけ聞きたいことがある。初めて会った時に君は私を『売る』といっていたけど、連れに聞いたところこの国ではそれは禁止されいるそうだね。一体私を何処に売るつもりだったんだい?」


「今さら隠しても仕方ねぇか。人買いだ人買い。連中各地方の街を回っては、老若男女関係なく人を買って連れて行くんだ。その後どうなるかまでは俺は知らんがな」


「そんな大層なことをしててよく捕まらないな」


「そりゃあ連中も要所要所に大金ばら撒いてんだろ。それに売られるやつの大半は、誰からも必要とされなくなった奴らしいから騒ぎにもなり難いんだ」


「人買いは今街にいるのか?」


「いるとは聞かないな。連中用心しているのか決まった日にちに街に来るって訳じゃないからな」


 連中か。男の言い方から人買いとは1人ではなく、複数人で行動しているのだろう。さらに男が金を払って自由に動けていることから、街の治安部隊とやらも買収されていると考えられる。


 私は男に「あまり悪さばかりしていると、次は殺さない程度に痛めつけるから気をつけて」とだけ伝えて出口に向かった。


「用事は済んだ?」


 外に出ると廃墟の壁にもたれかかったセインが、満面の笑みで待ち構えていた。


「確か私は君にハーランと食事してくれと頼んだはずだけど」


「もちろん食事を済ませてから来たよ。僕は約束を守る男だからね。君はどうだいアシス」


「それならよかったよ。何だか含みのある物言いだね。私が約束を反故にするとでも?もしそう思われているなら心外だな」


 セインは苦笑いを浮かべながら頭を掻く。


「そうは言っていないよ。だけど僕には君を助けた責任があるからね。いい気はしないだろうけど許してほしい」


「気にしないさ。ただ私は交わした約束は守るよ。それが私を救った者との約束なら尚のことね」


 ただし時と場合による。とは言えないが。それでも私の言葉には一定の効果はあったようだ。セインの顔にはいつも通りの優しい微笑みが浮かんでいるのだから。


 宿への帰り道。セインから次の目的地が決まった事、そして明後日の朝にはこの街を出発すると聞かされた。私はてっきり何をしていたのかを、根掘り葉掘り問い詰められるものとばかり思っていたから何だか肩透かしを食らった気分だ。


「何をしていたか聞かなくていいのかい?」


「何で?聞いた方がいいの?」


「いやそんな事はないが。……一つ私から質問したいんだが、何故人間は金なんてもののために悪事を働くんだい?」


「急に変わった事を聞くね。まぁ人それぞれ違うから確かな事は言えないけど、万人が欲するからかな。本来金は狩りができない者が肉を買う為に、服を縫えない者は服を買う為、病に罹った者はそれを治す為。そんな具合に自分じゃどうにもできないモノを手に入れるのに、金という共通の価値を持たせたモノを使っているに過ぎない。だけど気づけば盲目的に金そのものを欲する人が増えすぎたのかもしれないね」


 要は本来金とは別物交換を行う際の、代替え品といったところなのだろう。誰も彼もがその代替え品を手に入れる為に躍起になっているとは何とも滑稽だ。


 もしも金と交換は断る。なんて話になれば一瞬でただのモノになる金を、何故そこまで欲するのか私にはわからない。だがそれほどまでに誰もが欲しがるのだ、そこにはそれだけの価値があるのだろう一部の人間には。


「変わったモノだな。金も人間も。そうそう、話は変わるがセイン。君はこの国の王族に害なす者たちを粛清すると噂で聞いたが本当かい?」


「なんだいその噂は?僕は確かに王国の勇者だけど王族の使いではないよ。それにもしそうなら今アシスと一緒に歩いていないだろ」


 確かにその通りだ。セインが自分の意思を持たずに命令に従うだけの人間なら、私は既にこの世にいなかった。それが全ての答えだろう。


 さらにこの街のお偉方とやらの悪事についても聴こうかとも思ったが、私には関係のない話だと思い直し言葉を飲み込んだ。

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