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10・調査結果と招待状



「ジーン様、今よろしいですか? 例の件なのですが」


 中庭でクレアと一緒にハーブを摘む彼女に目を細めていたジーンは、顔ごとディノへと意識を移した。あそこには毒草も結構あるが、まぁ、クレアがつき添っているから平気だろう。


「ああ、なにかわかったのか?」


「行方不明となっている貴族令嬢で調査しましたが、該当者はいませんでした」


「……まぁ、だろうね」


 いなくなった娘の行方を表立って捜索する貴族はいない。醜聞を避けるためだ。瑕疵がついたと見做して放置する家もあることを考えれば、当然の結果だった。


 だから、ジーンはもうひとつの方を尋ねた。


「年齢は十六歳前後、真紅の髪、ミントグリーンの瞳、身長は百六十二センチ、右利き、上級貴族もしくは伯爵家以上の爵位持ち貴族の娘、訛りなし、家庭環境家族仲はおそらく劣悪、直近に病による手術経験あり――該当者は?」


「ルーゼット侯爵家のイザベラ嬢で間違いありません」


 イザベラ。愛称はベラ。呼ばれ慣れていないようだったから偽名かもしれないと考えたが、本当に愛称だったらしい。


 ルーゼット侯爵。可もなく不可もなく、社交界において特に目立った印象のない人物だ。確か、下級貴族の娘とつき合っていたが、結局親の意見に逆らえず政略結婚したのではなかったか。結婚相手である彼の妻は見たことがないが、縁戚の娘だったはず。表向き妻は療養中となっているが、噂では愛人と逃げたと言われている。その娘がベラ――イザベラというわけか。


 ジーンは一度目にした相手は、顔と名前、体型から癖まで、可能な範囲で記憶するようにしている。記憶の中からルーゼット侯爵を弾き出し、ついでに先代とその妻まで引っ張り出して見比べてみる。


(……あまり、ベラとは似ていない気がする)


 彼女は母親似なのだろう。彼女の母親とはすれ違ったこともないので残念ながら記憶にはない。


(記憶にはない、が……うーん)


「どうかされましたか?」


「いや、ちょっと気になることが……別件でもうひとつ調べてくれる?」


「ええ。了解しました」


「……ちなみに、侯爵家と王家との繋がりは?」


「今のところ、特には」


 それを確認して少しだけ肩の荷が降りた。本当になんの思惑もなくはつかねずみと夜道を歩いていた子らしい。


(それはそれでどうなのかという話だが)


 誘拐してくださいと宣伝して回っているようなものだ。見つけたのがジーンでなければ、今頃どうなっていたことやら。


 運よく友人宅にたどり着いていたら友人夫婦が保護していただろうが、それは結果論だ。そもそも誰もはつかねずみなど届けはしない。


「ありがとう。相変わらず仕事が早くて助かるよ。それで、家族の動向は?」


「お褒めに預かり光栄です。現在ルーゼット侯爵がひそかに人を使って捜索しているようです」


「へぇ。探しているんだ?」


 意外に思って片眉を上げる。彼女の様子を見れば家族から愛情を受けていないことなど誰から見ても丸わかりだ。身体的な虐待は受けていないようだが、接した感じだと精神的な虐待は受けていたと確信している。


 クレアの話では腹部の傷を除いて表だった外傷はないものの、細かな反応からして教育課程で躾と称した折檻くらいは受けているのだろう。日常的に暴力を振るわれていないが、直近で誰かに殴られたとは思っている。でなければ頭を撫でようとしたジーンの手にあれほど怯えることはなかったはずだ。


 食事などのマナーや立ち居振る舞いは完璧でも、突発的な事態に弱い部分がある。教えられた通りにしか動けないから、ジーンがしかける突拍子もない言動に対応できない。結果として断ることができずに従うしかない。抑圧して従順に育つよう教育されてきたのだろう。それこそ、ただ命令に従うだけの人形のように。


 感情表現の乏しいあの表情。ジーンは素の反応を引き出したくて、あえてちょっかいをかけている節もある。もっと内面にある普通の女の子らしい部分が自然と外に出せるといいと思って。


「ルーゼット家の内情ですが、どうも当主と先代の意思が纏まっていないようですね。現当主は婿を迎えてイザベラ嬢の子を後継に据えるつもりのようですが、先代は病を得た娘が無事に子供を産めるか不安視しているようです。イザベラ嬢はどこかの後妻として嫁がせることも視野に入れ、見向きもされなくなったとか」


「病気になっただけでも不安だっただろうに、家族がそれでは、ね。父親が彼女を探しているのなら、彼と話し合うべきかどうか……」


「いえ、父親との関係も殺伐としたものだったようです。父親は死別した恋人との間にできた子だけを可愛がり、イザベラ嬢は侯爵家の血を引く子を産むだけの存在として雑に扱われてきたとか」


 彼女の生い立ちはおおよそ予想通りだった。むしろ嫡子ということが意外だったくらいだ。


「それは逃げたくもなる、か」


 いや、逃げたわけではないのか。マーティンを返したら家に帰ることを選択した可能性もある。


 ここに来てから一度も泣かず、「帰りたい」とさえ口にしていないと、クレアから報告を受けている。それがどれほど異常なことなのか、今の彼女には理解できないだろう。


 ジーンが意図的に無害な人間だと刷り込み安心させてはいるが、精神状態が安定していれば、この状況がおかしいことだと気づくはずだが、残念ながらその片鱗は窺えない。


 従うことに慣れ過ぎているのは問題だった。ジーンが誘えばどこへでも、戸惑いながらもおとなしくついて来る。もしここで急にジーンが男の部分を出して迫っても抵抗はしないだろう。なにせ男の肌に平気でキスするくらいの無防備さだ。自分でなければとっくに傷物になっていた。


 思い出すとどうにも恥ずかしくなる。女性に迫られたことがないとは言わないが、その都度恨みを買わない程度にうまくあしらえてきたはずなのに、素で動揺してしまった。調子が狂う。


 男は危険なのだと口頭で説明したのだが、腑に落ちないという顔をしていたのできちんと理解できているか怪しい。


 もっと荒療治的に男は危険なものなのだと教えたい気持ちもあるが、せっかく懐いているのにわざわざ嫌われに行くのは不本意だ。葛藤の末、問題は先送りにした。


「もうしばらく、隠しておこうか?」


 ひとりくらいならば匿っておける場所もお金もある。今はジーンが庇護しても昔ほどの危険はない。色々と時期がよかった。


 王都に入ってから監視がついた気配はしているが、危害を加えて来る様子はないので本当にただの監視だろう。油断はしないが。


「ルーゼット家に隠しておくことは構いませんが、ご実家には隠しきれませんよ」


 ディノが一通の招待状を出した。テレーゼ公爵家の紋章のついた個人的なお茶会の招待状。気乗りしないまま中を見てうめいた。監視の半分は実家からのものかもしれない。


「姉上は一体どんな情報網を持っているんだ? ここにイザベラ・ルーゼット嬢とあるじゃないか! すでにベラの素性まで掴んでいるとか……ああ、頭が痛い」


「ジーン様は私が元々ご実家の諜報員だったということをお忘れですね? 我々の情報源は、ほぼ共通です」


「はぁ……忘れてはいないけど」


「リリーベル様はジーン様を心配なさっているのでしょう」


「もう怯えるだけの小さな子供でもないのになぁ。姉上に動かれると死人が出かねない」


「おや? お父上が動かれるよりはまだましなのでは?」


「どっちもどっちだ」


 ふたりとも、ジーンに超絶過保護なところがそっくりなのだ。ジーンも両親を尊敬し姉を敬愛しているが、彼らがジーンのために行ったこと(・・・・・)を知っている身としては楽観視できない。


 しかし招待されたのなら断る術もないのも事実で。


 それに久しぶりに家族に会いたい気持ちもあるのが複雑なのだ。


 元々落ち着いたら顔を見せるつもりだったし、個人的なお茶会ならば家族以外いないはずだ。問題はイザベラの扱いをどうするか、ということなのだが。


 林檎の木に巣を作った小鳥が気になるのか、さっきからずっと上を見上げている少女を眺めて、ジーンはめずらしく本気の困り顔になった。


「素直に事情を説明して、姉上に預けるのが最善なのだろうけども……」


 少しばかり適齢期は過ぎているが、変わらぬ美貌と生まれ持っての気品と聡明さで未だ社交界の華である彼女のそばで行儀見習いとして侍女にでもなれば箔がつくし、貴族令嬢として必要な教養がすぐに身につくだろう。母の目に止まれば、どこかから良縁を見つけ来てくれるかもしれない。父がひと言口添えをしてくれたのなら、ルーゼット侯爵は逆らえないだろう。


 それにこのままジーンのもとにいては、彼女の身に危険が迫る可能性がないとも言い切れない。


 それでも。


 自分が保護した子を丸投げするのは無責任だと言う自分と、彼女のことを考えるのなら姉に預けるべきだと言う自分がせめぎ合う。


「どうしたものか……」


 頰杖を突いて窓の向こうのイザベラを眺め見る。視線に気づいたのか、目が合った気がした。ひらりと手を振ると、どうしていいかわからないという表情で瞳を揺らしながら、真似をしてぎこちなく右手を上げて固まっている。途方に暮れた姿がなんとも情けなく、かわいかった。


「ふはっ」


 やっぱり姉上に預けるのはなしだな、とジーンは笑いながら決めた。


 せっかく馴染んできたのに、ここで環境を変えるのは彼女の精神に悪影響を与えるかもしれない。


 もし彼女が望めば姉に預けるし、周りがうるさく言うなら、当初から覚悟していたようにジーンが娶ればいい。拒否されたらさすがにちょっとへこみはするが、そのときはまたそのとき考える。


「なにから取り掛かりましょう?」


「とりあえず、服かな」


 ディノは微笑んだ。


「確かに。クレアの服はいささか味気ないですからね」


「それ、本人には絶対に言わない方がいいよ。夕食にしれっと毒草を出してくるに違いない」


「もちろん、言いませんよ。軽口ごときでまだ死にたくはないので」


 ふたりで顔を見合わせて、それから共犯めいた顔で笑い合った。



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