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「おはよう。アイピ」
教室につくといの一番に声をかけてきたのは親友のにゃんぴーだ。ギャル型ケット・シーの一族でつまりはあれだ。ネコ型妖精と呼べばわかりやすいか。とりあえずこの方を貶めてはならない。
「にゃんぴーさん。おはようです」
アイピはローブの裾を手でつまみ上げて深々とお辞儀をした。にゃんぴーはおしとやかな表情を作り赤いスカートを持ち上げて返礼する。そして、
「聞いたわよ。昨日タコピと遭遇したんだって?休日のひとときに熱血漢に会うなんてある意味災難よね。タコピは遠くから眺めてるだけで丁度良いわ」
と小声で話した。
「何!?タコピ様は遠い存在だからもっと近くで眺めていたいだと!?」
「げっ!?」
眼を細めるにゃんぴーを気にするそぶりもなくタコピは6個の鉄アレイをジャグリングしながら近づいてきた。
「タコピ!お前はもうちっと空気読めよな!」
にゃんぴーは声を裏返して少し怒鳴った。にゃんぴーはギャル型ケット・シーだからといってこういう口調になったり、態度を変えているわけではない。
この場合、タコピが異常でこれだけ強く言っても、相手に響かないことをにゃんぴーは散々しったのだ。この6年間の中で。
「おう、俺は空気を読む男、タコピだ。この柔軟な手足同様、頭も柔らかいぞ!」
タコピはジャグリングをしながら余った手足で首を捻るストレッチをして眼を輝かせた。
「タコピさん、お手玉上手です」
アイピがタコピのジャグリングを褒めると、タコピは、
「おう、やっぱりそうか!」
と顔を赤らめた。にゃんぴーはそのやり取りを見て眼が死んだ魚のようになった。その後に気を取り直して、
「アイピを尊敬するよ。よくタコピと会話が成り立つもんだ」
と言った。
「タコピには構わないのが賢いやり口さ」
サングラスを白い手でくいっと押し上げて会話に入り込んできたのはイカロスだ。イカ型妖精のため手足はタコピより2本多い。
ほぼそれだけが原因といっても語弊にならないほどタコピはイカロスに対抗意識を燃やしている。そう完全に一方通行で。
「お!イカロスも登校したか。今日は俺のほうが早かったな」
タコピはガッツポーズを決めてニヤリと笑った。イカロスはタコピから視線をそらしアイピに向き直った。
「やれやれわざわざ登校時間を競う物好きな妖精がいるなら一度会ってみたいよ。アイピもそう思わないかい?」
にゃんぴーは何度もうなずきながらアイピに目をやった。
「わー。そんな妖精さんいるのですか?アイピはよく遅刻しちゃいますから全然かないそうにないです〜」
アイピは天然だ。イカロスのタコピに対する皮肉など露ほども知らない。
「なに?登校時間を競うだと!?そんな面白い妖精がいたら是非競いたいもんだ」
タコピは天然もあるがさらに言うと輪にかけて皮肉が通じない。自分のことを皮肉られても自覚そのものが皆無なのだ。
そこが良いところでもあり、おっと、続く言葉は今は割愛しておこう。
「そうそう。風の噂には聞いたことあるよ。是非タコピ君には一度会わせてみたいものだよ」
イカロスは今度はタコピの眼を見て答えた。彼は性格上あまり熱くならないタイプなので、にゃんぴーほどタコピに対して苛立ちは覚えない。あくまでクールに生きている。
「その妖精さん。きっとタコピさんと仲良くなれますよ〜」
アイピはほのぼのと答えているがこのセリフもある意味、相手を逆なでするかもしれない皮肉がこもっている。アイピはただ無頓着なだけとそれだけはここで伝えておこう。今後誤解を招かないために。
「そっか、アイピもそう思うか!気が合うよな。ま、にゃんぴーもイカロスもそう思っているはずだが、ハッハッハ!」
にゃんぴーとイカロスはもう自分の席についていた。2人とも空気の読める妖精だ。これ以上は追及しない。2人がだした結論だった。
ここで授業開始の鐘がなる。ガラっと扉を開け先生が入ってきた。
「はい、タコピ君は減点10ね。これで100点溜まったから今日は一人で教室掃除ザマス」
白く艶のある手足をぐねぐねさせながら先生のシガレットが入ってきた。この先生はイカ型妖精でイカロスの母親にあたる。しかしプライベートと仕事はきっちりと分けるタイプなのでイカロスに対してひいきなどしない。
ま、イカロスは何も気にせずに授業を受けているが。
「お!また特別訓練を受けれるのか?任せとけ!心も身体もピカピカだ!」
「ピカピカにするのは教室ザマスよ」
タコピは授業の鐘がなっても席についてなかったことに対する減点など思案するよしもない。ただたまに教室掃除を一人でやる機会が来たら、特別授業と思って受けている。
タコピはマイペースに自分の席へとついた。
「アイピ。先週言った宿題をしてきたザマスか?」
シガレットの質問に対してアイピは目を丸くして立ち上がった。
「あ、忘れちゃったです。ごめんなさい」
「宿題をするのを?宿題を持ってくるのを?どちらザマス?」
「えへへ、両方です〜」
アイピは照れたように笑った。シガレットは眉ひとつ動かさずに伝えた。
「アイピは減点5ね。今で30点溜まったザマスよ」
「お!アイピも減点か?良かったな!」
タコピはねじり鉢巻きを巻きながら言う。どうやら授業に対しては真面目に受けるようだ。
「えへへ、タコピさんに褒められてしまいました」
アイピは横目でにゃんぴーを見たがにゃんぴーはうなだれていた。アイピは気にせずに席に座る。
シガレットも何もなかったかのように授業を始めた。
「ふう、やっと昼飯か。今日も長い戦いだった」
そう言うとタコピは頭を机に預けた。ねじり鉢巻きは汗だくになりタコピの眼は死んでいた。
「アイピ!お弁当一緒に食べよ!」
にゃんぴーがアイピの机に自分の机をつけて言う。
「はい。お食事の時間は優雅なひとときです〜」
にこやかに答えるアイピににゃんぴーも笑顔で返す。
「アイピはいつも優雅に見えるけどね。あれ?優雅というより、もっと……うん、まっ、いっか」
にゃんぴーは何かを言いかけてお弁当箱を広げた。唐揚げにハンバーグ、俵おにぎりに卵焼き、ポテトサラダと豪勢だ。
一方アイピはロールパンを3個取り出した。
「あれ?あんたまだロールパンしか作れないの?」
「はい、でもこれ凄く美味しいんですよ〜」
アイピはそう言いながらロールパンを頬張って水筒の紅茶を飲んだ。
「アイピが良いなら良いけど、魔法使いの家系も大変ね」
にゃんぴーはアイピが母親から魔法の品数を増やすように言われてお弁当をアイピ自身が作っていることを知っている。少し不憫にも思っているが、当のアイピが幸せそうなので深くは追及しない。
「アイピは魔法使いに生まれてきて幸せですよ〜。毎日美味しいロールパンが食べれます〜」
にこやかにロールパンを頬張るアイピを見つめて、にゃんぴーはなんだかほっこりした。
そのまま2人は楽しげに食事をした。
イカロスは重箱でおせち料理を食べている。イカロスの家系は忍者の末裔で格式が高い。母親のシガレットがお弁当にも手を抜かない性質なため、必然と手間が入り次第におせち料理が定着した流れだ。
イカロスはいつも一人でお弁当を食べる。家に帰ってもだ。シガレットに食事のときには隙ができやすいから静かに周囲にも注意しながら食べるように言われたが、イカロスは1人は気が楽だからと母親の常識を甘んじて受けている。
「美味い!今日のたこ焼きは最高だー!」
教室の真ん中の席で感涙の涙を流し、雄叫びを上げている者がいる。みんな気にせずにそれぞれの食事を楽しんだ。