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私はアイピ!魔法使い!  作者: 如月信二
1/7

1.



「はあ〜今日も朝日が眩しいです〜」


 アイピはホウキを片手に鞄を背負っていつもの散歩道を歩いた。川辺りに桜並木のある石畳の道だ。


 太陽が登り始める時間帯が好きで日曜日にはこの散歩を日課にしている。かといって曇りや雨が嫌いなわけではない。この時間の太陽が好きで水面に反射する陽光を眺めながら歩を進めるのが好きなのだ。


 争いごとには興味がなくどちらかともいわずまさしくのんびり屋さんだ。


 そのためか魔法使いの家系なのに使える魔法はおそまつである。たとえばかぼちゃのスープを魔法の力で作ろうとしてもロールパンになってしまうし、宿題を魔法の力でしようとしてもロールパンが出てきてしまいそれを食べてはくつろぐといった具合だ。


 本人はそのことを少しも気にもせずにロールパンだとよろこびパクパク食べるだけなので、ほっぺは少しぽっちゃりしている。


 そんなアイピだが望み通りの現象を引き起こす魔法がかろうじて1つだけある「空を飛ぶ」だ。


 この魔法で散歩道を歩きながら気が向けばホウキにまたがり空を飛び道程を進む。しかしこの魔法はわずか30センチしか上空に浮かばない。


 スピードも歩くより3倍も遅いくらいだ。それでもアイピはゆったりと進むこの空の歩行が好きでよく使っている。



「アイピじゃねーか!なんだ朝の鍛錬か?」

 突然野太い、いや失礼。自称イケボの低音ボイスがアイピを襲った。


 今はまさにのんびり空の歩行を楽しんでいたアイピの瞳は虚ろで、背後から急に襲い来る言葉にはアイピを地面に落とし込む破壊力は抜群だった。


 アイピは30センチの上空から地面に叩きつけられうつ伏せに突っ伏した。


「イテテ、どこの狩人さんがこんなところにトラップを!?」


 アイピは眼をぱっちり見開き辺りを見渡した。すると後方には赤いシルエットと柔道着をまとった少年が笑顔で立っていた。タコ型妖精のタコピだ。


「アイピって結構早起きなんだな。学校じゃいつも居眠りしてるイメージだし朝は弱いと思っていたぜ」


 タコピは何故だかわからないが2本の手で襟をただし格好をつけて話した。


「はっ!貴方は熱い男タコピさん!」


 アイピは眼をぱちくりさせて叫んだ。


「ちっちっち。少し違うな正確には赤くて熱い男タコピさんだ!」


 タコピは褒められたことに喜び、さらに言葉を足して返した。何故かアイピより太陽に近い場所に移動して振り返り、8本の手足を駆使してダサいポーズをとっている。


「私は日曜日は晴れていたら散歩にくるよ〜」


 アイピはそれを気にするそぶりもなく手で頭を掻いた。魔法帽が少しずれたので被り直した。彼女は立ち上がると青いローブの埃を払い、清い笑顔をタコピに向けた。


「そうか。散歩鍛錬をしてたのか!さすがアイピだ。いや見直したというべきか。散歩も5時間あるけば立派な鍛錬だ。俺はスクワットしながら走り込みを2時間が今日の日課だ!」


 タコピはそういうと4本の足でスクワットしながら残り4本の足で身体を運んだ。


「わたしは1時間くらいしか散歩しないよ。そして帰ったらお昼寝するんだ」


 アイピはほわほわと答えた。タコピはスクワットを続けたままで目が輝いた。


「お!鍛錬の後のクールダウンだな。良い心がけだ。じゃあな!」


 タコピはそれだけ言い残すとさっそうとスクワットランをしながらアイピの視界から遠ざかっていった。残されたアイピはしばらくぼうっとしていたが気を取り直すとホウキに跨がりゆっくりと空に飛んだ。朝の光がちょうちょの影を2つ捉えている。桜は満開で暖かい春の一日だった。



「ただいま〜アテ!?」


 アイピは玄関の扉ぎりぎりまで飛行してスタッと降り立つ予定だったが、タイミングが上手く測れずにドアに頭をぶつけた。


 今思えば扉を開ける前に「ただいま」と言うのも変な話である。


「お帰り、アイピ。朝ごはん早く食べてよね」


 家の中にまだ入ってもないのに返事をする母親もただ者ではない。ちなみに今の返事はアイピの脳内に働きかけたもので声に出したものではない。


 母親の名はマドレーヌといって魔法学者の権威である。使える魔法は闇魔法や影魔法以外では苦手分野はないと言われるくらい魔法達者でダークな魔法はだめなのかと思わせながら暗黒魔法や黒魔法もそこそこ使える。


 脳内に話しかけるには少し理由がある。それは声に出してしまうと何らかの魔法詠唱に咄嗟に繋がってしまい、唱えてしまうと問題が起こったり、ディスペルするのが面倒くさいといった具合だ。


 まあ、一番は本人が口を動かすのが面倒なだけだが、そこには触れないのが周りの優しさといったところだろう。


「ただいまママ。今日はタコピ君に会ったよ」


 キッチンの扉を開けアイピは今日の散歩の報告をした。


「タコピ?ああ、タコスファミリーの長男ね。あそこの家系は苦手よ。一家そろって論理無視だからね。そんなことより早く朝食になさい」


 マドレーヌは黒縁メガネを正してアイピを見つめた。


「論理なんて私にもわからないよ。ママがいなかったら論理なんて言葉自体聞いたことないレベルだもん」


 アイピはまだ覚めきれぬまぶたをこすって席についた。マドレーヌは「はぁ」と深くため息をついた。


「本当にアイピはダディに似たわね。ダディも私に出会う前は『高等論理』や『上位論理』なんて言葉を知らなかったくらいだから」


「私もよくわからなーい」


 アイピは呆れながらも嬉しそうに話す母親を眺めながらバンザイをした。


 食卓にはトマトピザと野菜スープ、唐揚げとハンバーガーがあった。調理時間は1分ちょいといったところか。


「美味しい〜今日のピザのアレンジもいいね」


 アイピは返事を挟もうとしたマドレーヌを他所にピザを喉に通していた。


「なんか帰ってきたアイピがほんのり熱っぽかったからスパイスを効かせたけど、それがもしタコピ君にあった影響なら失敗だけどね」


 マドレーヌはタコスファミリーに皮肉を込めたがアイピは素知らぬ顔で、


「うん?全然美味しいよ。ママの料理好き」


と、頬を染めながら返した。マドレーヌは口元を緩めながら小さく頷いた。


「う〜ん。良い匂いがする。今朝はカレーライスかな?」


 グリーンの寝衣ローブに身を包んだずんぐりむっくりの男がリビングとキッチンを繋ぐ扉から現れた。「ふわー」と欠伸と伸びをし明らかに眠そうだ。


「あら?カレーライスなんてないわよ。今から作るわ」


 マドレーヌはそう言うと人差し指を空に向けハンバーガーに振り下げながら呪文を唱えた。ハンバーガーと器はみるみる形を変えカレーライスになり緑の男の席へとついた。


「うんうん。この香り、間違いなくマドレーヌのカレーライスだ」


 そう言う間もなく、どこからともなく取り出したスプーンでダディはカレーを頬張りだした。


「パパ、おはよう」


 ダディに笑顔を向けるアイピを他所にマドレーヌはそっぽを向いてフーセンガムを膨らました。


 しかしそれほど嫌そうな表情はしていない。これがアイピの家の食卓の日常茶飯事で皆がそれぞれの満足を覚えているんだろう。



 アイピは食事を終え自分の部屋の扉の前に立っている。何故か少しだけ緊張した面持ちでドアノブに手をかけた。


「えい!」


 小気味よく響いた声を残して、アイピは後方に吹っ飛び壁に叩きつけられた。


「イテテ、だからどこの狩人さんがこんなところにトラップを、って、ママンだわ」


 アイピは尻もちをついた状態のままふくれっ面をした。実はこのドアはアイピの魔力調整トレーニングにとマドレーヌがある魔法を掛けた。


 アイピの魔力が扉の求める魔力量から上下5パウンドの間でないと扉は開かない。「扉の求める魔力量」というのがやっかいで、扉はその瞬間に気まぐれに値を設定してくる。


 その値は見えるわけでもなく、触れた瞬間に解る。つまり扉に触った瞬間に扉の求める魔力量を感じとり放出しないといけない。これは普段頭の寝ているアイピにとってかなり難易度の高い問題だった。


「わたしのお昼寝の時間が……」


 アイピはそういうといつになく真剣な面持ちで扉に向きあった。



「ふぅ、やったぜ。わたし〜」


 アイピは扉を開けるとそのままよたよたと倒れ込むようにベッドに寝そべった。


「只今のアイピの記録。57回!57回!」


 机の上にあるくるみ割り人形が声を荒らげた。


「おやすみ〜」


 アイピはそれだけ言うと、幸せそうに寝息を立てた。


 窓の外はおひさまがぽかぽか陽気を放っている。窓際に咲いているラベンダーが心地よい香りをかもしだしアイピを夢の世界へと誘った。


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