蹄、タバコ
「ねえ、蹄」
彼はいつものように、誰かの死を悼むような、笑っているような声色で私の名を呼ぶ。
「どうしたんですか?」
「蹄は、どうして『蹄』って名にしたの?」
「ああ、それですか」
私はあっけらかんとした口調で答える。
「私、元々は普通だったんですよ。だから、初期の頃、私が平気だったのは、ただ単に実感がなかったからなんです」
「…僕の目にはずっとそうに見えるけどなー…」
そんな彼の言葉に、思わず苦笑いが洩れる。
「あはは。実は、名を決めるちょっと前に変わってたことに気付いたんですよ」
彼はソファから身を起こすと、背もたれに腕と顎を乗せた。そのまま無言で続きを催促する。
「それで、思ったんです。私が人の死を決めることをなんとも思えないのなら、せめて、しっかりと地面に足をつけた状態で、いつでもブレーキを掛けられるようにしたいなって思ったんです」
彼はその話を聞くと、うんうんと頷き、いつもの誰かの死を悼むような、笑っているような声色で言う。
「なるほど。やけにあっけらかんと決めてたから、適当に決めてたのかと思った」
「うるさいですー。ちゃんと熟慮した上で行動してますー」
と私が抗議すると、
「んー?別に僕は蹄がいっつもあっけらかんと、浅はかな考えだけで動いているとか言ってないよ?」
なんて言われてしまう。
「…悲しみ」
彼はあっはは、と笑うと、でも、と人差し指をぴんと立てた。
「実際、現在蹄がそういう風に行動することがあるから、気を付けてよ。この世界、そういう行動一つで命取りになるんだから」
…確かにそうだ。事実、私はそこまで腕の良い方ではない。私は息を吐く。
「じゃ、僕は行ってくるね」
彼は立ち上がり、懐からタバコを取り出した。そのまま慣れた手つきでポケットに手を突っ込み、ぴたりとその動きを止める。
「あ、これ」
私は机の上に置かれていたライターを彼に差し出した。
「ああ、ありがとう。いやぁ、やっぱこれがないとなんか締まんないんだよな」
ライターの先に灯った小さな火は、彼の仕事中のチャームポイントになるタバコに光を灯す。彼は、この小さな光が好きなそうだ。
彼は上着を脱ぎ、小さな光が灯ったタバコをくわえた。そして、ドアノブを捻る。
「…んじゃ、行くか」
彼の呟きは外の冷たい空気に吸い込まれていった。
私はソファに無造作に置かれた彼の上着を見つめた。全く、あの人はこの寒い中上着を着ずに行くなんて、相変わらず思考が読めない。この上着の中には、あのタバコが入っている。
通称、煙草。仕事中のチャームポイントだから、彼はそう呼ばれている。…私が彼をその名で呼んだことは、まだ、ない。
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