03.聖女の一日
短期集中で連載再開します! 長編から短編になりましたが、どうかお付き合いくださいませ!
「おなかすいた……」
私は耐え難い空腹感に襲われていた。
まぁ、でも聖女なので、ご飯を抜くことくらいザラにある。
ただ、今回は上位種族から逃げるために塔に立て籠もっていたので、食料も尽き、軽く3日ほど過ぎているのだ。
つまり、私は丸三日、何も食べていない。
これは結構きつい。
でも、隣で眠る魔王様ことレスタト様を起こすと、また面倒くさいことになりそうなので、私は朝食と昼食は諦め、夜食に期待し――いつもの日課の『祈り』を捧げようと思った。
彼の腕をゆっくりと払い除け、ベッドから降りる。
聖女は基本『祈り』が仕事である。
まず、神に祈る。この世界に生きていられることが奇跡なのだと。
必要なものは色々あるけれど……この部屋にあるものでできる物は……少ない。彼の机の中を探ってみる。
机の中には十字架のように祈りに欠かせない大事なものはあった。
これがあれば『祈る』ことはできる。
そして祈って祈って――大体10時間ほど祈る。昔は24時間祈りっぱなしの時もあった。
けれど今は、私の聖なる力が強くなったから祈る時間が少なくなった。
「……『本物』の聖女のお姉ちゃんなら、一瞬で終わるけど」
本当に。
……ちょっとアホらしくなるけれど。
私は『本物』の聖女であるマリアの代理でしかない。
お姉ちゃんなら一言呟けば、この国を悪しきモノから守る結界をはれた。
またその手をかざせば戦士の傷は治り、その涙は宝石となる。
でも、私は違う。
お姉ちゃんのような立派な『聖女』ではない。生まれつき性能が違うのだから、その溝は埋められようがない。
だから私は10時間祈りを捧げる。お姉ちゃんなら一瞬で終わるものを10時間かけて延々と祈る。
そうして祈り続けて――6時間が経った頃だろうか。
「……なにを、しているッ!」
鬼のような形相をした魔王様に、『祈り』を止められた。
「ふ、不愉快でしたでしょうか? ごめんなさい。ですがこれが聖女としての私の日課なので……」
「……何をしていた」
「み、見れば分かる通り、祈りを捧げておりました」
「『祈り』だと……?」
彼の血のような冷たい瞳が私を睨みつける。
身体中の皮膚が粟立つ。
「それのどこが『祈り』だ。ふざけるな。ここは魔王の城で、魔王の部屋だぞ」
「あ……あ、あーーー!」
私は何故彼が怒っているのかようやく気がついた。
「わ、私が『祈り』を捧げていたから、魔王様は怒っていらっしゃるのでしょうか! ご、ごめんなさい! しかしあのえとえと、あのー! この祈りはですね。悪しきモノを遠ざける――貴方様達のような上位種族を遠ざけるものではなく、私が『聖女』として『聖女』の力を維持するために必要なものなのです! 『聖女』とは『祈る』ものですから!」
よーく考えた。
魔王様や上位種族達から、人間たち皆さんを遠ざける結界を張っていると疑われたのではないかと。
きっと彼らに『祈り』の文化はない。
いやあるかもしれないが、私の知っているものとは別モノだろう。
だから敵意のあるものではないですよーと説明しなければいけない。
「本当によく回る舌だ」
「あのあのですね! もしも私を『聖女』として利用するのであれば、私が『聖女』で有り続けるために維持しようとおもったわけです! なので、貴方達を遠ざけるとか、そういう民のための祈りではなく、私のための祈りを捧げていただけなので、あの、敵意とかそういうものはなくてですね!」
「うるさい。寝起きざまにキャンキャンと」
「キャンキャンなど言っておりません! というか、魔王様。まだ昼間ですが起きても大丈夫なのでしょうか?」
「はぁ……?」
レスタト様は何を言っているこの馬鹿が? と言わんばかりの侮蔑の目を私に向けてきた。一応貴方の嫁ですが……と、心の中で呟くが、私の気持ちはきっと彼には届いていない。
「外を見ろ」
「は、はい」
言われた通り、カーテンを開けて外を見る。
ずっと黙々と祈りを捧げていたから気づかなかった。
まだ昼間なのに、太陽は雲に隠され、……空には赤黒い月が昇っていた。
――わぁお。
「もうこの国に太陽は昇らない。昇るのは月だけだ」
「えっ! えぇっとそれじゃあ、お布団はどうやって干すのですか?」
「はぁ?」
「お布団はお陽さまの下で干した方がフカフカになるんですよ! フカフカ布団、味わってみたくないですか?」
「みたくない」
ハッキリと拒絶された。
魔王様はずっと私を睨んでいる。
祈りが鬱陶しかったのだろうか。
独り言のようなものだし、それくらい許す甲斐性くらい持ち合わせてほしい。じゃないと、私は『聖女』として、この身を維持することは出来ない。
元々、私リリアージュは『偽』の『聖女』なのだ。聖女であり続け、聖女で死にたい。
彼らだってそうだ。そうだろう?
『聖女』だから、利用する価値があるから私を保護したのだ。
――お前を娶って、何のメリットがある?
彼は昨日それを訊いて、納得したばかりじゃないか。
『聖女』だから私は今ここにいる。
『聖女』だから彼に娶ってもらえた。
『聖女』だから嫁になれた――それなのに。
なんて酷い瞳で……この人は私を見ているんだ。
「……まぁ、そうだな。お前達、人間の常識を知らないまま否定するのは良くない。そのよく回る舌で『祈り』とはどういうものなのか、説明しろ」
「は、はい! わかりました!」
ここは虚偽無く答えたほうが良いだろう。
私は神に祈っていること。この国にいる人々を守るため、癒やすために『祈り』は必要なものである――ということは伏せて! 祈り方を滾々と教えた。
魔王様直々に褒めてくださったこの舌で。
彼らに言葉が通じるなら、言葉は私の武器だ。
――これは私だけの武器。お姉ちゃんのような『聖女』じゃない私が生きてこれたのは、このよく回る舌のおかげだ。
まず祈りについて説明をした。この身を聖女として残すために必要なものであると。
「……気持ちが悪い」
話していると、まずそこから否定された。
でも私は話を続ける。
『祈る』ことで、こういうことができますよと、自己アピールをする。売り込んで披露する。メリットを伝え続ける。
「……なんだそれは。気味が悪い」
ここも否定された。
「私達の常識が、魔王様の常識と違うことは仕方ありませんよ! だってこれは文化の問題ですから!」
私達の国はナイフとフォークでご飯を食べるが、違う国では『箸』という棒きれでご飯を食べたり、手で食べたりするらしい。
そういう異文化を『違う』と否定していたら話は進まない。
受け入れる。全てはそこから始まるのに――
「わかった。お前の話はもうわかった。祈りの話はいい」
「では祈りを再開しま――」
「それはやめろ」
魔王様は私の手をとって言った。
「お前はもう祈るな」
と。はっきりと否定された。
「い、祈ることをやめては、私は聖女としての身体を維持することは出来ませんよっ! そ、そうしたら魔王様にとっても利用価値が……」
「あぁ、くそ。なんでわからないんだ。……あの女の言っていたことは、そういうことか。やめろ。とりあえずやめろ。二度と祈るな。これは命令だ」
「し、しかし――」
「やめろ」
「は、はい……」
魔王様は私が祈ることすら受け入れてくれなかった。
だけれど、どうしよう。祈ることを辞めてしまったら私は『聖女』じゃなくなる。生まれつきの『聖女』であるお姉ちゃんなら、祈らなくても『聖女』を維持できるけれど、私は祈らないと聖女じゃなくなる。
そうしたら、私がマリアではなく、ただの出来損ないであることが彼に、彼らにバレてしまう。
そうしたら――私は死んでしまう! 食べられてしまうかもしれない!
「魔王様……一応言っておきますが、私……祈るのを辞めたらただのフツーの人間になってしまいますよ? 聖女じゃなくなっちゃいますよ? いいんですか?」
あとあと話が違うと言われたくないので、もうここは自己申告しておいた。
魔王様は私の身体を上から下まで見て、ふむ、と一人納得して、
「それでいい」
と断言した。
「『聖女』ではない私に価値などありませんよ?」
「ある。だからお前を嫁にした」
「……いいえ、聖女ではない私に価値などございません。私はただの人になります。『聖女』から、ただよく喋る『人間』に成り下がります。そうなれば――」
「うるさい、黙れ」
魔王様は私の顎をとって、私と目を合わせる。
「俺は魔王ではなく、一人の男として宣言する。――俺はお前から、聖女を奪う」
魔王様は嗤う。
私は青ざめる。
――それなら一体、何故私を嫁にしたんですか……?
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