02.聖女という存在価値
興ざめだ――そう言って、魔王は部屋を出ていった。
私はベッドに寝転んで、これまでのことを思い返した。
まず、この国には、人の『王』がいた。
そして、必ずどの時代にも聖女が存在していた。
現在の『聖女』は私の双子の姉である、マリアだった。
まず『聖女』の定義とは――
それはこの国を魔族や魔者と呼ばれる種族から守るために、大きな結界を張る存在のことを言う。
それと同時に癒やしの力を持ち、木々を生い茂らしたり、雨を降らせたりできる万能の人のことをそう称する、らしい。
一つの時代に一人の聖女。
それが当たり前だったのに――なんとも不幸なことにお姉様のおまけに双子の妹である私――リリアージュが産まれてきたのである。
私という存在は、この国にとって邪魔でしかなかった。
私のせいで、姉の聖なる力が失われたり、損なわれたりしてしまうかもしれない。
力が分断されてしまうかもしれない。
そう危惧された私は、幼い頃から塔に閉じ込められ、聖女になるための努力を重ね続けた。
私の姉、マリアお姉様はとても素晴らしい人だった。
貧しい民には救いの手を差し伸べ、毎日礼拝を欠かさない。
お姉様の祈りでこの国は栄え、救われている。
だから、お姉様はとてもとても格好いい人だったのだ。
一方で、塔に幽閉されていた私は、毎日『儀式』をさせられて、余った時間で本を読んだりして過ごしていた。
お姉様はゴミみたいな存在の私のために、毎日毎日お菓子を運んできてくれていた。
私は、そんなお姉様のことが大好きで大好きで――ずっと、憧れていた。
私のような生きる価値のない、足手まといにも、ずっとずっと手を差し伸べてくれたお姉様。
――私は、貴方になりたかった。
◆
昔の夢を見た。
「いいですの? リリアージュ。貴方はワタクシの妹。だから胸を張って生きなさいな。何も誰も恐れることありません。貴方のことを侮蔑する者がいるなら、私はそいつに右ストレートをお見舞いして、その頭を踏みつけて差し上げますわ。くふふふ」
お姉様はこんな感じのお優しい人だった。
姉が太陽なら、私も同じ太陽になりたかった。
でも、残念ながらそれは叶わなかった。
姉が太陽なら、私はロウソクの火。小さな小さな灯り。
目覚めた時――朝になっていた。
ベッドには私一人だった。
あまりに快適なベッドで、ぐっすり眠ってしまっていた。
「あれ……ここって、本来は魔王のベッドじゃ……」
一人で眠るには大きすぎるベッドから降りて、彼を探す。
「あ、いた」
魔王はソファーの上で眠っていた。魔族は基本夜に行動すると言われている。
だから今はちょうど魔王の就寝時刻なのだろう。
カーテンは完全に日光を遮断している。
私はちょっとだけカーテンを開けて外を見た。
月が沈み、朝陽が登っていく。
……とても、とても綺麗な風景。
上位種族に占領されたこの国でも、空は変わらず青色だ。
だから希望を持てる。
いつか、助けが来てくれると。
「んんっ……」
魔王の声が聞こえた。日差しがちょっと入っちゃったのかしら。
ついでだから起こしてしまおう。
「魔王様、そんなところで眠っていたら身体がガチガチになっちゃいますよ。
せっかく大きなベッドがあるんだから、そこで寝たら――」
「……ベッドには、マリアがいるから……」
魔王は寝言のように、呂律の回ってない声で言った。
……え。
気を使ってくれていた?
ちょっとびっくりした。
だって、彼は上位種族の王様。彼にとって人間なんて猿のようなもののはずなのに。
彼は私にベッドを譲ってくれた。
そして、名前も覚えてくれていた。
「――っ!」
がばっと魔王が起きる。
血のような赤い目がじーっと私を睨みつけている。
「……あぁ、お前か」
「マリアと呼んでいただけないのですか?」
「……誰が呼ぶか」
先程呼んでくれたけれど。やっぱり寝言だったんだろう。
あんまり聞かれたくなかったんだろうか。
「起きたんなら丁度いいです。魔王様。どうぞどうぞ、ベッドへどうぞ。私が使っちゃっててごめんなさい。でも別に私は床でも眠れるので、蹴落としてくださっても構いませんでしたのに」
「ふぁ……誰が蹴落とすか。そこまで外道じゃない」
外道じゃない人は人間の生き血なんて飲まないですけどね。
――という言葉をぐいっと飲み込む。
魔王は私の腕を掴み、ずるずるとベッドへ向かった。
そして、彼はベッドで寝転ぶと、そのまま眠ってしまった。
私はベッドの上でぽつんと座ったまま……。
「え……なにすればいいんでしょう……」
魔王に掴まれた腕は、離れない。離してくれない。
このまま一緒に眠れということだろうか……。
やっぱり魔王のことはよくわからない。
――というか、お腹が空いた!
私のご飯、絶対に忘れ去られているだろうなぁ……と思いながら、私は魔王の美しい寝顔を見てため息をついた。
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