01.偽物聖女と魔王
「ひっ……ひぁっ、ちょ、ちょっとまっ、まってください魔王様! 私は食用ではないと……!」
魔王が私を娶ると言ったその数分後――
気づいたらベッドの上に居て、気づいたら魔王が私を組み敷いていた。
私の心境は『――!?』言葉も出なかった。
魔王は私の首筋を、なんと赤い舌で舐めたのだ!
「嫁になるということはそういうことだろう?」
魔王は頭をかしげた。
「よ、嫁になるというのは、こういうことなんですか!?」
私も頭をかしげた。
えっと、結婚というのは、式をあげて、みんなに愛されて、キスをして。
それで、コウノドリが赤ちゃんを運んできてくれて、みんなでわいわいとお祭りをする――と姉に教わったけど……そうじゃないの?
ベッドは『寝るもの』であって、こうやってキスをしたり、抱きついたり、そういうことをするものじゃないのだと、私は知っている。
なのに、この魔王野郎は私の首を飴のようにぺろぺろと舐めやがった!
舐められると、くすぐったくて――とても身体の奥がざわざわして、落ち着かない。
「……お前、経験は?」
「剣を少々」
「……そうじゃなく、あぁ、もういい。わかった」
コホン、と魔王が咳払いをした。
なんでしょうか。私は不敬を働いたのだろうか?
嫁入りしてTHE・END。
もぐもぐ食べられてしまうのだろうか?
「……つまり、乙女と」
「そうですね。私は聖女――聖なる乙女でございます」
「……ふっ」
私の真顔の反論に、魔王は笑った。
「ふ、ふふふ、はは、まさか聖女が今まで隠れていて、しかもこんなにも初だとは」
魔王は腹を抱えて笑っていた。
なにが面白いのだろうか。私はちっともおもしろくない。
先程からずっと私は生か死か。
――まぁ、それは産まれてからずっとだから、慣れっこだけど。
「……魔王様、私は貴方たち上位種族の花嫁が何をするのか、よくわかっておりません。私の世界の花嫁の常識と、貴方の世界の花嫁の常識のすり合わせをしませんか?」
「よく回る口だな」
「ええ。生き残るためですので。不愉快ならやめますが」
「いや、良い。お前はそのままでいろ」
魔王から許可が降りた。
本当の私はこんなに多弁ではない。だが、ここは仕方がない。
「では……魔王様。ベッドは~ですね。寝るためのものなのですよ?」
「……その常識はこっちも同じだな」
「でしたら、ベッドの上では寝ましょう」
「残念だが、今は夜だ。俺にとって寝る時間じゃない」
「……えぇ~。でしたら、なんでベッドの上になんて連れてきたんですかぁ?」
「なるほど。聖女というのはそこから認識が違うのか」
はぁ、と魔王はため息をついた。
なんだろう。とても馬鹿にされたようだ。
ため息をつきたいのはこっちのほうだ。
「なら――教えてやる」
魔王はそう言って、私の髪にキスを落としました。
「……本当に長いな。この髪は」
「ええ。産まれて16年。一度も切っておりませんゆえ」
乙女の髪には魔法が宿る。
そういう言い伝えがあったから、私は一度も髪を切ったことがない、
髪は地につき、引き摺るほど長くなった。三編みにして大きなお団子にしたら、移動に不自由しないほどの長さには調整できるけれど――
「邪魔くさい。切ろう」
魔王はそう言って、ナイフを用意しました。
「だだだ、駄目です! 乙女の髪になんということを言うのですかっ!」
「必死だな」
「……えぇ! 必死でございます! だってだってだって! 髪を切ったら私は聖女じゃなくなってしまうかも――」
「そんな些細なことで聖女の資格はなくなるのか?」
私の言葉を遮って、彼は言った。
彼の瞳は情熱の炎のように赤いのに――その視線は氷よりも冷たい。
確かに。本物の聖女は髪なんて伸ばさなくても聖なる力を持つことができる。
実際『本物』であるお姉さまは、髪を腰までしか伸ばさなかった。
でも私は、一つでもそういう言い伝えがあるのなら、それに従うしかなかった。
だから伸ばし続けた。
姉のような『本物』の聖女になるために。
「……えぇ。私にとってはそうでございます」
嘘偽り無く答えた。
彼の瞳に見つめられると、嘘を見破られてしまいそうだったからだ。
「なるほど。わかった。なら切らないでおこう」
魔王はナイフをしまいました。枕の下に。
ほほう。そこにナイフがある。いい情報を得ることができた。
いざという時、魔王が眠った時――私は彼の寝首をかくことができる。
「ん゛っ……」
「何をしている?」
「き、キスを待っております。花嫁とはキスをするものだと、本に書いておりました」
私は目を瞑って、ガチガチに固まっていた。
「……そんな冷凍の魚のように固まった状態で?」
「し、仕方がないでしょう! だ、だって、キスなんてしたことないんですものっ!」
「……興が醒める」
魔王はそう言って、ベッドから降りた。
興が醒める――つまり、死? それとも生?
「口づけは――そうだな。お前が本当に俺を好きになった時で構わない。お前からしろ」
「……それは、私を試しているのですか?」
「好きに解釈しろ」
む、難しい。
上位種族の気持ちなんて、どう解釈すれば良いのだろうか。
好きになった時――?
そんな日は一体来るのでしょうか?
心のなかで神に誓いましょう。『そんな日は一生来ない』と!
魔王は立ち上がり、赤い水を飲んでいた。
「魔王様。僭越ながらお尋ねしたいことがございます」
「俺の花嫁なら堂々と、前置きなく言え」
「わかりました。では今後はハッキリといいます。魔王様、私はマリア・ルージュ・ダルクと申します」
「さっき聞いたな」
「あなたのお名前は?」
名乗る時はこちらから。
私は彼に尋ねた。
すると、彼は目を丸くして驚いた。
なにか驚くことでもあったのだろうか。
魔王――それは名前じゃなくて、肩書の名だ。
私は彼個人の名を知りたかった。
「……レスタト」
「フルネームをお伺いしても?」
「レスタト・デ・フランシス・オレリアン・ドゥ・リュシアン・ジュスタン・ルイ・ジルベルト」
――めちゃくちゃ長かった。聞くんじゃなかった。
「では、貴方のことはレスタト様とお呼びしてもいいでしょうか?」
「……いや。まだそこまでは許可しない」
すぐ頷いてくれると思っていた。
けれど、彼はそこまで許してくれなかった。
まだ、私達は出会って一日目。
二人の間には壁がある。
「でしたら、これまで通り魔王様とお呼びします。レスタト・デ・フランシス・オレリアン・ドゥ・リュシアン・ジュスタン・ルイ・ジルベルト魔王様」
「……覚えたのか?」
「えぇ。人の名を覚えることは得意ですので。何なら毎回フルネームでお呼びしても?」
「いい。胸焼けがする」
「そうですか」
よし、押し勝った気がする。
喋りすぎて喉が乾いた。私は彼の持っている赤い水に興味を持った。なんだろう。ぶどう酒かしら。
「魔王様、私も同じものを飲みたいです」
「人間の生き血だが?」
「~~~~~~っ!」
ぶるぶるぶるぶるぶると、私は全力で首を横に振った。
そうして思い知った。
私と彼の間にあるのは単なる壁じゃなく、人と別種族という大きな大きな壁であることを。
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